2000.1.1(Sat)

謹賀新年

 あけましておめでとうございます。新世紀まであと1年、毎日更新とはなかなかいきませんが、『ひみつ日記』で今年もお楽しみいただけると幸いです。

 *

 我が家のお雑煮は、白味噌仕立ての具だくさん(野菜のみ)である。餅は丸餅で、焼かずに入れる。Licの実家では、すまし汁で鶏肉が入るという。Licの母の母が、関東出身ということで、納得。西日本にあっても、母の味は受け継がれてゆく。ちなみに、私の親父は餡ころ餅を、雑煮に入れていた。讃岐(今の香川県)では、そうするのだという。だが、私の母は同じく讃岐出身なのに餡ころ餅を入れるのは聞いたことがないと言っていた。親父の生まれ育った地域限定の風習なのかもしれない。雑煮だけでなく、親父の実家では、鰻丼の食べ方も変わっていた。鰻をどんぶりの底に敷き、ご飯を乗せ、タレを少々、とどめにお茶をどぶどぶと注ぐ。まるで鰻丼茶漬けといった感じだったが、これはこれでなかなか美味かった記憶がある。だが、うちの実家ではいずれも母方の味を継承しているのだった。…ということは、我が家の雑煮は、いずれすまし汁(Lic系の味)に変わっていくのかもしれない。

 午後、初詣に出かける。巫女さん目当てだったのだが、社務所にいたのは、おじいさん方ばかりでがっくり。おみくじは、可もなく不可もなく。みこりんが引いてくれた福引きは、南天の木でできた夫婦箸。みこりんのお嫁入り道具にしようか。人出はまばら。後で知ったのだが、明日が刀剣の打ち初め式だという。来年は、2日に初詣するとしよう。

 初売りのマーゴをぶらつく。Licが福袋を迷いに迷って、ようやく買った。何が入っているのかわからないスリルが、ギャンブラーLicの血を興奮させるのであろう。ブランドものの服が入っているのだが、サイズが心配である。入らなければどうするのだろうか。服に合わせて痩せてくれればラッキーなのだが。

 夜、WOWOWで『ディープ・インパクト』を見た。今夜が初見である。1999年も終わった今、この映画をやるのはどうかな?と思っていたのだが、クライマックスが近づくにつれ、逆に、この映画は2000年の今こそ感動が増すのではないかとさえ思うようになった。私的には『アルマゲドン』より、断然よかった。こういう映画が見たかったのだと、思わず両膝を打つ感じである。注文を付けるとすれば、接近した彗星に対する核ミサイル攻撃が失敗したあと、残存する宇宙機での作戦行動も見せて欲しかったというところか。“メサイア号”だけしか、稼働しなかったのがややひっかかる。だが、メサイア号の特攻は、淡々としていてたいへん素晴らしい演出だった。家族との最後の交信も、適度に抑えられていて嫌みに感じなかったし。
 裏では、Kids Station チャンネルで『TV版エヴァ』を録画中。最初の方をちゃんと見ていなかったので、記憶の補完用だ。元旦の夜は、平和に過ぎてゆくのであった。


2000.1.2(Sun)

サーキットの狼再び

 昨日の元旦が、冬とは思えない陽気だったので、今日の冷え込みがよけい堪える。太陽光発電装置のメーターチェックに外に出てみれば、まるで静止したかのような灰色の空。もちろん“売り電力”に余剰はなく、“買い電力”メーターが、ゆるやかに回転しているのだった。この冬の弱い日差しも、あと2ヶ月半で終わるのだと思えば、多少は気もラクにはなる。
 さて、今日はイトーヨーカドーへお出かけだ。Licはまたもや福袋狙い。私は、みこりんと遊ぶ用のオモチャ狙い。4日まで1割引なので、いつか買うものならば、今日買っておくのがよい。

 みこりんはいつものように、遊具場へと直行して、各種乗り物を吟味しているようす。1回だけだからねと念を押して置いたので、選ぶのも慎重になるのだろう。やがて決心したらしい。お金ちょうだいと言う。やがて“マリオとヨッシーのシーソー”は、ぐおんぐおん動き始めたのだった。
 その後、移動ハンバーガー屋さんの乗り物にみこりんが入っていたのだが(1回だけの約束を守って、動かしてとは言わないみこりんであった)、あとから乗り込んできた見知らぬ3人兄弟に表情の強張るみこりん。その子達の保護者と思われる初老婦人が、みこりんが乗ったままなのだが、お金を投入して作動させてしまったので、さぁ大変。3人兄弟は車内のボタンを押したりして遊び始めたのだが、どうみてもみこりん邪魔になっている。みこりんにもそれがわかるのか、口を妙な感じに尖らせたまま目を見開いて、固まったままだ。最近、人見知りしなくなったな〜と思っていたのだが、今日のはさすがに馴染めといっても無理がある。時間が来て、乗り物が停止すると、3人兄弟は来たときと同じ騒々しさで去っていった。残されたみこりんは、スイッチが切り替わったかのように満面の笑みで、遊びを再開したのだった。

 さて、みこりんと遊ぶ用のオモチャといえば、やはりミニカーである。先日来行方不明になっている4体が見つからない今、新たな車両が欲しいところだ。トミカのショーケースの前で、みこりんに1つ1つ聞いてみることにした。やはり建設用車両が良いらしい。特にショベルカーは手に持って離さないほど、気に入ったようである。緑色した小松の小型ショベルと、おなじみの黄色い大型ショベルの2種類あったが、みこりんは小松の小型ショベルに惹かれているようす。みこりん、やはり青や緑系な色が好きと見える。よし、こいつを買おう。あと2台は私の趣味が入って、ポルシェ・ボクスターとスカイラインR34。Licがポケモン仕様の大型バスと、マクドナルドの移動大型トラックを手にしていた。なるほど、いかにもみこりんが好きそうなマシンである。だがしかし、これらをすべて買ってしまうと計5台の新規参入となるが、予算的に大丈夫だろうか?…と思っていたら、Licの手には商品券の姿があった。なるほど、心配無用というわけか。

 私にはこの日、じつはもう1つの目的があった。それは、いま一度『サーキットの狼』仕様のトミカ6台セットを探し出すことである。昨日のマーゴでは発見できなかった。同じシリーズの『頭文字D』などは豊富に置いてあるのだが、『サーキットの狼』仕様はどこにも見あたらなかったのだ。もはや製造中止になっていたりして。
 今日も、2階のオモチャ売場では見つからなかった。だが、1階のオモチャ専門店で、1箱だけ残っているのをLicが発見、ついに手にすることが出来たのだった。これを逃すと二度と手に入らないかも…、そう思うと持つ手にも力が入ってしまう。今度こそ行方不明にならないように、しっかり捕まえておかなければ。

 帰り道、本屋に立ち寄る。文庫で『妖獣都市』の3が出ていたので買った。新書では2まで読んだが、はたしてこれはダブっているのだろうか。新書の3を、私が過去見逃していた可能性もあるのだが…。


2000.1.3(Mon)

思いがけずお年玉

 朝方、弱く雨が降っていたようで、庭土がしっとり湿っていた。草引きするなら、今がチャンス。さっそく庭で作業開始。
 冬の寒さをものともせず、はやくも地表には雑草がはびこり始めている。春にラクするためには、今のうちにやっておくのに限る。雑草なのか種まきしたワイルドフラワーの芽なのか不明なのは残して、あとはあらかた目立つところをやっておいた。ずた袋一袋分である。あとは石ころを拾って、天地返しすれば完璧なのだが、今日は草引きだけで腰が痛くなってしまったので、明日に延期。なんとか冬休み中に天地返しまで終わるといいのだが(明日で冬休みも終わり)。

 庭仕事を終えた頃、ポストに一通の封筒が届いていた。叔母からである。なにやら分厚いモノが入っている感触。手紙を手に、リビングに戻ると、目ざとくみこりんが見つけて、「あける〜」と言う。「これはとーさんに来た手紙だからね」となだめつつ、開封した。
 …とっ、としょけん!!中には図書券を格納する包みが入っていたのだった。しかもかなり分厚い。同封されていた手紙を読んで、理由が判明。叔母の娘(つまり私の従妹)に、以前デジカメを送ってあげたのだが、そのお礼ということだった。我が家には、新型のデジカメがひょんなことから手に入ってしまったので、その旧型機は押入に眠っていたものだ。お礼などよかったのだが、来るモノ拒まず。ありがたく頂戴することにした。さっそくお礼の電話をしておく。みこりんが、またもや受話器をくれと主張するので手渡してやる。叔母と話すのは、たぶんこれが初めて。うまくしゃべることができるだろうか。

 なにやら難しげな顔で固まっているみこりん。どうしたみこりん、いつもの愛想よいおしゃべりを聞かせてさしあげるんだ。さぁ。しかし、みこりんの口はシジミのように堅く閉ざされたまま。「??」そぉっと受話器に耳を近づけてみると……、「つーつーつー」、きっ切れとるやんか!?どうやら電話線の接触不良で、切れてしまっていたらしい。なるほど、みこりんが話せないわけだ。かけ直そうと思ったら、タイミングよく向こうからかかってきた。今度こそ、みこりんはうれしそうに叔母とお話できたのである。声質が、ばぁばと叔母はそっくりなので、みこりんはばぁばと喋っているつもりだったかもしれないが。
 図書券で懐がめちゃくちゃ温かくなったので、さっそく本屋へGO。といっても、元旦に本屋に来たばかりなので、めぼしいモノが増えているわけもなく、次回に温存。ありがたやありがたや。


2000.1.4(Tue)

冬休み最終日

 寒さも一段落で、今朝は過ごしやすい一日の始まりである。さっそく庭で、昨日やりかけの草引きと石拾いを再開した。みこりんも一緒にお手伝い。
 南側のゴールドクレストが3本植わっているあたりから、花壇の石を拾っていったのだが、握り拳2つ分はあるようなごつい石ばかりで、あっというまにバケツがわりの木製コンテナはいっぱいになってしまった。
 1本目のゴールドクレスト周辺だけでこの有様だと、花壇全部やってしまうのに、どれくらいの石が出てくるのか怖いくらいだ。どうしてこんなに石がごろごろしているかといえば、この家が出来たときから今日まで(約6年)、花壇に花や木を植えるたびに、土のなかから溢れてくる石ころどもを、目立たぬように花壇の端っこに積み上げてきたからである。最初のうちは、量も少なかったので大した不便もなかったのだが、継続の力とは侮れないもので、もはや花壇スペースの2%は、それら石ころが表面を占めるに至っていた(だから今、こうして石拾いをやってるわけだ)。

 去年、裏庭にみこりんサイズの子供が5人は隠れられるほどの大穴を掘って、そこを石捨て場にしたのだが、すでにキャパシティオーバーで、穴から石は盛り上がり、高さ30cmほどの山になってしまっている。そこにさらにメイン花壇に残存している大量の石を持ち込めば、もはや工事現場の砂利置き場と大差ないような光景が展開されるのであった。なんとか石の有効利用を思いつかないと、裏庭が廃墟と化してしまう…。今年の課題は、『石』になりそうだ。

 雑草は、昨日やってなかった東側の桜の木の下を中心に抜いておく。思ったより雑草が広がっていて、またもやずた袋1つが満杯になってしまった。油断大敵である。
 雑草と石をあらかた片づけたあとは、花壇の縁石を埋め込み直す。この縁石は、庭から掘り出した石を使っている(有効利用の1つであるが、必要数が少ないのであまり石減らしには貢献していない)。スコップで地面を掘り、石を据え付け、土で固める。この作業は、みこりんには楽しそうな遊びに見えたらしく、さっそく「みこりんも!」と真似るのだった。
 みこりん用の小さいスコップで、ぱしぱし土をひっかいたり、土をぱんぱん叩いてみたり。私が「この石倒れそう、埋め戻すか」と言えば、同じ調子で目の前の小さい石を手にとって「石たおれそうやで、うめもどすか」と、そっくりに埋め戻し始めるし。
 幼い頃の些細な経験が、将来を決める重大な記憶となることもあるらしい。なんでもみこりんにやらせてみなくては。

 それにしてもゴールドクレストの香りは強烈だ。家の中に入っても、部屋に入るなりLicから「なんか草の匂いがする」と指摘されたほどである。不快な香りではないのだが、常に自分の周囲でスパイシーな緑の匂いがつきまとうのは、なんとも妙な感じである。でも、気軽に森林浴の気分になれる利点はあるかもしれない。

再びマーゴへ

 世間では昨日1月3日が仕事始めらしいので、今日の昼間は狙い目だろうと思ったのが甘かった。マーゴは、初売りの日よりも激しく混雑していたのだった。人混みは苦手だ。なんだか頭痛がしてきたような気さえする。

 特に買いたいものがあったわけではないのだが、ぶらっとオモチャ売場を見ていると、Licがトミカの『つながる おでかけ立体マップ』が2.5割引で売られているのを発見した。トミカのミニカーで遊ぶことのできる、ジオラマセットである。私の子供時代から、似たようなコンセプトのトミカタウンは存在していたような気がする。けっこう場所をとるので、うちでは買ってもらえなかったが、友達の一人が持っていて、うらやましかったものだ。じつはこの『立体マップ』、先日ヨーカドーで売られていたのを見たときから、Licが買いたそうにしていたものだ。ただ、値段が約4000円と高価なため、踏ん切りが着かなかったのだが、今、こうして1000円引きの3000円になっている。もはや迷うことはなかった。
 Licが、すっと手を伸ばす。いちおうみこりんに「いる?」と聞いていたが、あまりみこりんは興味を示さなかったようだ。おそらくソレがどのようなオモチャか、箱絵だけでは判断できなかったのだろう。それが証拠に……

 帰宅して、Licが『立体マップ』を広げ、いつのまにか買ってきていたミニカーのパワーローダーと大型トラックを取り出したとたん、みこりんの瞳が“きらりん”と輝いたように見えた。「いっしょにあそぼ」と、「これ、みこりんの」という相反する2つの言葉を連呼しつつ、『立体マップ』で遊び始めたのだ。興奮で動転しているのだろう。
 最初みこりんは、電動機関車のトーマス君を持って来て走らそうとしていたのだが、私がミニカーをぎゅぅぅんと走らせてやったら、合点がいったようだ。保有するすべてのミニカーを両手いっぱい抱えてやってきた。だがしかし、この『立体マップ』の道路は、かなり幅がある。もしかするとトーマス君も走行可能だったりして……、と、スイッチを入れて道路に置いてみたところ、やはり“走る”ではないか。完走するには無理があったが、部分的にでも電動機関車トーマス君が走ったことで、ますますみこりんの興奮は増したようである。お気に入りのショベルカーを手に、トーマス君も巻き込んでのバトルヒート。すっかりはまってしまったらしい。

 ところで、いつのまにか我が家のミニカーは10台を越えている。そのうちの半分は、私とLicの趣味……、みこりんをだしに、オモチャ売場を長時間うろつけるようになったことが、原因だろうな、やはり。


2000.1.5(Wed)

シリアルマウス活用法

 朝、クルマのフロントガラスに霜がついていなかったほど、今日は生暖かな日和である。来週あたり、反動でドカっと雪でも降ったりして。

 今日は不思議と“休みボケ”が起きないので、あっというまに仕事モードに移行できた。昨年末にやりかけだったマウスを位置センサ代わりに使う案を、休み中も無意識のうちに頭の中で反芻していたような気もする。だからかもしれない。
 マウスを簡易の位置センサに使うのは、安価なうえに手間もさしてかからないので、PCで計測システムを組んだりするときには、わりと候補に上りやすい。PCが窓一色になった現在ではそんなこともないのかもしれないが、DOSな時代、今から11年ほど昔から、現場で機能確認試験の最中に急遽位置情報を欲しかったりした場合には、マウスを使おうっていうのは、けっこうあった。精度が数ミリ単位でOKな場合は、それでも十分役に立ったものである(球を取り外して、エンコーダ部を直接ターゲットに接触させればいうことなし)。

 ところで今回は、窓95でマウスを位置センサとして使おうとしているのだった。PS/2マウスは、本来のポインティングデバイスとして使っているため、空いているCOMポートを利用してシリアルマウスを新たに1つ接続する計画である。マウス2本挿し。本来の用途以外の利用なので、もちろんドライバ部分は自作せねばならない。
 シリアルマウスのデータ転送フォーマットは、古い仕様ならば昔の書籍で発見することができたのだが、ピンアサインやらフォーマットには数種類存在しているらしい記述がある。ラインモニタが要りそうな予感。ところがなぜかうちのセクション(研究部門)は、ラインモニタを持っていないのだ。組み込みシステムのソフトウェア開発は日常的にやっているというのに、今までどうやってRS232Cがらみのデバッグをやってたのだろう。というかそういうモノがあるのを知らない感じだった。うーむ、いいんだろうかこんなんで、と若干心配になりつつ、古巣のセクション(4年前まで在籍していた開発部門)にラインモニタが空いてるか確認してみたのだが、あいにく塞がっているという。ややピンチの予感。


2000.1.6(Thr)

古いゲーム

 1990年代の始めごろのことだ。たまたま買ってきた雑誌『I/O』の、付録ディスク(5インチのフロッピーディスクだった)に収録されていたソフトの1つが、ゲーム『レジオナル・パワー』だった。宇宙を舞台とした戦術&戦略シミュレーションゲームと紹介されていたので、さっそく当時の愛機PC-286Vでプレイ開始。翌日も仕事があるというのに、その夜遅くまで没頭してしまうくらい、私にとってはツボをつかれたゲームであった。ディスクに収録されていたものは機能限定版だったので、最初のシナリオしか遊べなかったのが心残りだった。

 『レジオナル・パワー』のどこにそんなに惹かれたかといえば、建造可能な宇宙戦闘艦の設定とデザインの良さ、艦載機を駆使した戦闘システム、オーソドックスな陣取り合戦の面白さ、敵との駆け引きなどなど。宇宙空母のカテゴリーを例に挙げれば、大型空母・小型空母・戦闘空母があり、搭載機数や足の速さ、建造費用や建造期間の違いなどを考えつつ、敵陣に合わせて艦隊構成を練り直し、燃料計算しつつ待ち伏せするか、強襲するかなど、宇宙&SF好きの私には堪えられない世界が繰り広げられたのだった。もちろん、現用兵器や過去の歴史物におけるシミュレーションゲームは、もっと昔から『大戦略』や『三国志』などがあったけれど、どうも私には馴染めなかった。SFな匂いのするものと、そうでないものとの違い。私にとって、そのことはゲームの面白さ以上に、重大事項だったのだ(今でもそうかもしれない)。

 完全版の『レジオナル・パワー』を手にしたのは、それから数ヶ月後の東京出張の時である(もちろん秋葉原巡りのついでにゲットしたのだ)。その日から、夜な夜な宇宙艦隊の司令官気分を満喫し、完全マニュアルの戦闘システムにマウスをしゃくる手首を痛めつつも、なんとか最後までクリアしたような気がする。
 1993年にPC/ATマシンを買った時、PC-286Vを弟に譲ったのと当時に、『レジオナル・パワー』も弟にやった。しかしあのゲーム画面は、今でもよく覚えている。宇宙モノのシミュレーションゲームはその後もいろいろ出ているのだが、つい『レジオナル・パワー』と比較してしまって、「メカデザインが気にいらん」とか「キャラがいまいち」などと理由をつけては、却下していたのだった。

 ここ最近、猛烈に『レジオナル・パワー』をしたい気分に駆られている。とはいっても弟はとっくに捨てたというし、どうしたものかと思っていたのだが、ひょんなことから『レジオナル・パワーIII』がリメイクされていたことを知ったのだった。しかも『レジオナル・パワーIII&III SP』まで出ているという。これはもう買うしかあるまい。幸い、定価も4000円代と手頃だし。さっそくサーチエンジンで安く通販しているサイトを探し出し、注文したのが夜の1時過ぎ。
 再びあの世界に浸れるかと思うと、腹の奥がぞわぞわ騒ぎ出しそうである。到着が待ち遠しい。


2000.1.7(Fri)

流行もの

 昨夜のことだ。真夜中、みこりんが急に数回吐いた。食べ過ぎ…、にしては、頻度が多いのが気になる。これはもしかすると熱は出ないが胃腸にくるという『胃腸風邪』ではあるまいか。たしか去年も子供達のあいだで大流行していたはず。
 そして今朝、Licが保育園にお休みする旨電話したところ、案の定、保育園では胃腸風邪が大流行しているという。休んでいる子も、けっこう居るらしい。やはり移ってしまったか。

 病院での診察結果は、やはり胃腸風邪。ここ数年、胃腸風邪が冬に大流行しているような気がする。去年はインフルエンザが派手に流行ったので目立たなかったけれど。私が子供の頃は、胃腸風邪という名称はあまり聞いたことがないように思う。ここ10年くらいの間に、定義された病名なんだろうか?


2000.1.8(Sat)

天地返しその1

 土曜の朝は、いつもワーディアンケースのセントポーリア達に、水やりすることから始まる。
 みこりんが、私が持っている小さなジョウロを使いたくてしょうがないらしい。何度も「これちょうだい」と取ろうとするのだが、セントポーリアの鉢は直径3cmなんてのもあるので、庭用の普通のジョウロでは水やりは無理なのだ。「みこりんのジョウロどこいったの?」と、オモチャのジョウロのことを思い出さそうとしたのだが、覚えていないらしい。困ったみこりんである。先日、みこりんは自分のジョウロを、家庭菜園の中にポイしたはず。わざと思い出さないフリをしてるのかも…。

 セントポーリアの水やりが終わり、みこりんにジョウロを手渡すと、次は庭仕事が待っている。冬休みからの課題、『天地返し』である。『天地返し』とは、冬の間、土を50cmほど掘り起こしてひっくり返すことで、土中の虫(ここでは植物に害を与える生物をターゲットにしている)を冷気で抹殺する手法である。その他にも、土を耕す&堆肥などなどを後ですき込むという、土壌改良の目的をも持つ。多くの植物が休眠しているこの季節、こうして土を整備しておけば、春になって植物の根や芽が動き始めたころには準備万端万事OKになっているという塩梅。今年一年の花壇の出来を左右しかねないほど、重要な作業といえる。

 どこから掘ってやろうかと見回していると、今まで意図的に忘却していた東南の隅っこの惨状がひっかかってしまった。クコの木の足下である。いずれレイズド・ベッド(煉瓦などで立体的に構築する花壇)にしようと思っていたので、雑草が残ってようが、石がごろごろしてようが平気だった…、のだが、やはり周囲を整えてしまうと、そこだけがそういう状態なのは、どうしても我慢できなくなってきたのだ。急遽予定を変更、今日はクコの木周辺を徹底的にやってしまおう。

 私の身長よりも高く立ち枯れた雑草が、奥の方に整列しているのをまず撤去。クコの枝に紛れていたので気がつかなかったが、抜き始めると大変な量である。しかも種が綿毛とともに大量に舞い落ちるのである。その様は、まるで粉雪が地表にうっすらと積もるかのよう。ほんとうに地面が白く見えるほど、綿毛は大量に降ったのだ。こいつが春になって一斉に発芽したら……。想像するだに恐ろしい。が、ワイルドフラワーの種がそろそろ芽吹きつつあったので、一気にバーナーで燃やすわけにもいかず、とりあえずそのままに。あとは地表でごろついている石ころどもを運び出せば終わり。ところがどっこい、石ころどもは地面深くまで連なっていたのだ。スコップを手に発掘作業の開始である。

 バケツ代わりの木のコンテナに入る石の量は、約10kgほど。いったい何度、石捨て場まで往復しただろうか。クコの足下は、ごっぽりと土がへこんでいる。埋まっていた石がなくなった結果である。結果的に、ここの『天地返し』が出来たわけだ。邪魔物がなくなってしまうと、意外にクコの木の下は空間があった。ここにジャガイモやサツマイモを植えたならば、我が家の分くらいは十分まかなえるだろうくらい。レイズド・ベッドにするのをやめて、菜園2号にしてもいいかな?と本気で考えてしまう。

 仕上げはクコの剪定である。枝に鋭い棘があるので手を痛めないように気をつけたのだが、結局軍手をしていなかった私の両手には、無数の傷が残ってしまった。おまけに石と土塊との選別のため、数え切れないくらい右手を握ったり開いたりしたので、もはや手の感覚がなくなってしまったかと思うほど。毎日コレをやったら、さぞや握力がつくことだろう。腱鞘炎で手首が痛いのとも相まって、なんとなく右腕全体が“笑って”いる感じだ。みこりんが「だっこ」とやってきたのだが、落としそうになったので、慌てて下ろしたのだった。

 午後5時過ぎ、私の視力をもってしても伸ばした手の先が闇に溶けてしまうので、作業を終了。夕食後、猛烈な睡魔に襲われ、コタツで熟睡。みこりんが遊んで欲しそうだったが、どうにもこうにも瞼が重くて開けられないのだった。庭の天地返しに加えて、自分の体力アップも、この冬の課題にしたほうがよさそうである。


2000.1.9(Sun)

天地返しその2

 昨日の続きである。クコの木周辺の最後の仕上げのあと、ようやく花壇の天地返しを始めた。
 時々見に来るみこりんに、石を拾ってくれるように言うのだが、なかなか乗ってこない。夏は面白がって真似してくれたのだが、やはり寒いので庭に出たくないのだろうか。

 黙々と独りで作業を続行する。土にめり込むクワの先端が、なにやら激しく跳ね返された。火花が散ったかと思うほど硬い感触。
 石が埋まっていた。かなりでかい予感。石というより、岩のような。

 化石を発掘するかのように、慎重に表面の土をはらっていくと、全体の輪郭が判明した。みこりんがうずくまったくらいのサイズはある。まともに腕だけで持ち上げるのは、試すまでもなくやめておいた。下手に気合い入れてぎっくり腰にでもなっては大変だ。
 クワを差し込み、テコの原理を駆使すること2分弱。ようやく岩がめりめりと地表に浮上。なんとか撤去に成功する。これを見たみこりんが、異様に興奮した瞳で駆け寄ってきて、ぺしぺし触り始めた。こんなのが土の中、しかも自分ちの庭の中にあったのが不思議でならないのだろう。私だって多少驚いているのだから。古代遺跡でも発見してしまったらどうしようかと、掘り上げるその瞬間まで可能性を頭のすみに置いていたのだ。残念ながら、邪馬台国への扉は開かなかったが。

 今掘っているのは、去年、巨大シシトウが育っていた場所だ。よくこんな場所で実をつけたなと感心するほど、固く殺風景な赤土である。これまでのズボラが如実に白日のもとに晒されるのだ。今年こそはの決意もシビアになる。

 夕方には、あらかたの天地返しは終わった。掘り出した岩が3個、ウッドデッキの手前に鎮座している。みこりんが、乗りたいらしい。どうやら物干し竿への踏み台にしたいようである。でも、まだまだ手は届かないので、私が抱き上げて物干し竿につかまらせてやったのだが、今日は昨日より腕の利きがマシのようだ。今日の方が明らかに重労働だったのだが…。慣れたのかもしれない。

 さてこれで、懸案だった庭仕事も一段落である。あとは2月に堆肥を入れるまで一休み。それまでコタツ園芸でも堪能することとしよう。世界中の野菜のカタログを手に入れなければ。


2000.1.10(Mon)

「ごめんなさい」と言う

 今日も、冬らしからぬ穏やかな晴である。爽やかな青空を見上げてみれば、今が1月ということが信じられないくらい、ただの一片も雲がない。セーターなしでも十分暖かな日差しのもとで、私は剪定バサミ片手に玄関脇のミニバラから花殻を摘んでやっている。そばではみこりんが、何事も見逃すまいという目つきで観察しているのだった。

 みこりんが花壇に足をかけていたので、「お花踏まないようにね」と先ほどから何度か声をかけていたのだが、ついにやってしまった。縁取りに植えていたスイートアリッサムの、ちょうど真ん中に足を乗せてしまったのだ。「あ!」という私の声に驚いてみこりんが下がったあとには、中心部の花茎が薄皮一枚でつながった図があった。
 まずいことをしてしまったと、みこりんもわかっているので、じぃっと折れた花を見つめている。「お花さんが痛い痛いゆぅとるよ、ごめんなさいは?」と問いかけてみると、自分でも折れた部分を指で確認してみてから、こういった。「治して、おとーさん」

 怪我をすれば薬を塗って絆創膏を巻いたり、故障したオモチャを治したりするのを、みこりんは思い出したのかも知れない。たしかに植物の新芽ならば、挿し穂にして再生させることも可能である。だが、私はあえてそのことには触れずに、植物はいったん折ってしまえば二度と治らないことを、みこりんに話して聞かせたのだった。静かに聞き終えたみこりんは、しばらく何事か考えているように見えた。そして、小さな声で  「ごめんなさい」  と、スイートアリッサムに謝ったのである。私はみこりんの頭を、よしよしと撫でてやったのだった。

 2歳4ヶ月と10日。みこりんの内面の成長は、私にも想像できないほど急速に進んでいる。

小鳥を見る

 お昼まで、まだ1時間ほどある。向かいの右手にある空き地を眺めていると、小鳥が一羽飛んできたのが見えた。距離にして40〜50m。私の視力(2.0)でも、かろうじてスズメではないことがわかる程度。
 コンビカーで遊んでいたみこりんを呼ぶ。「小鳥さんがおるよ」と言えば、興味を惹かれた様子。もっと見たいというので、そぉっと近づいてみることにした。

 コンビカーを、ががががと押して道路を横断。ちゃんと渡る前には右左右のチェックも怠りなく。
 草陰からじっと見つめるみこりんと私。だが、みこりんにはどこに小鳥がいるのかわからないらしい。たしかにここでもまだ距離がありすぎる。指さして教えてみたのだが、果たして見つけることができたかどうか。それよりも、そばの斜面を登っていた野良猫の姿に、意識をそらすみこりんであった。

 ジョウビタキのメスかと思ったのだが、観察を続けるうちにどうも違うような気がしてきた。模様はどちらかといえば、ホオジロに近い。でも私の記憶にあるホオジロとは、微妙にマッチングしない。こんなとき双眼鏡でもあればと思うのだが、はるか遠い実家の倉庫で眠っているはずだ。今度帰省したときでも、持ち帰ってこなくては。

 みこりんがコンビカーでの遊びを再開した。もと来た家のほうまで戻るというので、またもや押していったのだが、着いてみると今度は小鳥を見るのだと言って、方向転換。結局、5回くらい道路を往復したみこりんであった。田舎の団地内の道路ゆえ、ほとんど交通量がないのはいいが、反面、それが油断につながったりすることも考えられるので、みこりんが外で遊ぶときにはますます目が離せなくなる。

靴を買う

 昨日、天地返しをしていてどうも靴底がだぼだぼするなぁと思ったので、終わったあと水で底を洗ってみたところ、1層目のソールが剥がれつつあった。ブロックパターン部がすり減って、部分的に2層目が露出したためらしい。ラバーソールの1層目を失ってしまえば、いずれ濡れた路面を歩いたりすると、水が染み込んでくるだろう。買い換え時である。

 私が常用している靴は、学生時代からトレッキング・シューズである。しかもハイカット。一時は、ジャングルブーツなどにも手を出してみたが、着脱にあまりに時間を食ってしまうので、トレッキング・シューズに落ち着いたのだ。
 なぜトレッキング・シューズに手を出すようになったかといえば、学生のとき所属していたワンダーフォーゲル部の影響が大きい。初めて本格的なアウトドア・ブーツを履いてみたのだが、頑丈な造りと、がっちり足首までホールドしてくれる安定感が心地よく、普段からトレッキング・シューズを愛用するようになったのだ。もちろん値段は通常のスニーカーなどの数倍はするので、何足も揃えることはできず、その1足だけに入れ込み、あらゆるシーンで私と共にその靴はあった。今のでたしか3代目くらいだろう。メーカー変遷は2社、就職してからは資金に余裕もあったのでゴアテックスを使ったものにグレードアップした。

 やはり今回も、買い換え対象はトレッキング・シューズのみ。今日訪れた店は、アウトドア専門店ではないのでアウトドア系の品揃えはあまり多くはないのだが、安全靴なども数種類置いてあるようなあらゆる靴を取りそろえている大型店である。
 入り口の自動ドアのところに、『痩せる!』を謳い文句にした新型の靴のポスターが貼ってあって、Licが惹かれているようす。店内で実物を触ってみたが、めちゃめちゃ重いのにびっくりした。なるほど、これで鍛えようってわけか…、ん?なんか違うような。むかーし、とある少年マンガが発端となって、手首やら足首に鉛の重りをつける器具(パワーリストとかパワーアンクルとか言ってたな)が流行ったことがあるが、それの現代版のように見える。ほんとに効果あるんだろうか。

 アウトドア・ブーツのコーナーでは、HAWKINSがずらっと並んでいた。他のブランドは、厳選1種2種といった感じ。なのでかなり高価なのは否めない。じつは私はHAWKINSを履いたことがない。ニコルさんのCMなどで、一時期街を歩けば至る所にGT.HAWKINSというのがあり、天の邪鬼な私は意図的に避けていたのだ。最近はそういうのもなくなって、落ち着いたような気がする。そろそろ手を出してみてもいいかな?と思った。英国王室御用達の実力を感じてみるのも悪くない。

 ゴアテックスか革かで迷う。値段は一緒、どちらも売値¥9800。だが手入れの簡単さで、ゴアテックス製に傾き、ついに店員さんを呼んでの試し履き。脱いだ私の靴を見て、店員さんがコメントしている。さすがプロである。客の自尊心をさりげなくくすぐると同時に、自分の専門性をアピールしているのだ。
 さて、初のHAWKINSの履き心地はといえば、なんか肩すかしを食ったような気分である。なんといえばいいか、そう、安物のテニスシューズを履いた感じに近いだろうか。とても1万クラスの履き心地ではない。足元がつるんつるん頼りなく滑っていきそうである。怪訝そうな私を察してか、店員さんが「これはなかなかオススメですよ」と別の一足を取り出してきた。HAWKINSではない。ダークブルーとダークグリーンを使った、渋いやつだ。一見しての特徴は、そのラバー。士郎正宗が描く戦闘車輌によく見るような、横方向にでっぱった部分がある。
 とりあえずそれを履いてみる。足を入れた瞬間、異次元の心地よさが足全体に広がった。底からだけでなく、甲の部分からも包み込まれる一体感。靴を履いたというのではなく、素足を機能拡張した感じである。それほどのフィット感の良さであった。さきほど履いたHAWKINSのことなど、もはやどうでもよくなっていた。これ以外に私の靴はあり得ない。これを買うことを、店員さんに告げたのだった。

 定価1万7千円、売値1万円。セール特価であった。その時にはメーカーなどは特に気にしなかったのだが(履き心地がすべてにおいて最優先)、家についてから箱を確認してみた。「Danner ……」、その名前には記憶がある。“ダナーのブーツ”は高価というイメージがあったが、一般向けな製品もあったのか。思いがけず、こうして私は Danner を所有することになったのだった。いずれ DANNER LIGHT に手を出しそうな予感。

恐竜を見る

 夜、TVのチャンネルをぱしぱし切り替えていると、恐竜の映像が目に止まった。CGなのだろうが、たいへん素晴らしい仕上がりである。動きなども、本物そっくり(見たことはないが、4つ足、2つ足の生物ならばそうするだろう動きと、違和感がほとんどなかたということだ)。幸い、これから番組が始まるらしい。なんとなくビデオにも保存したほうがいいような気がして、テープをセット、録画開始。

 恐竜の生態をドキュメンタリー形式に紹介するものだったが、映像は冒頭のイメージどおり、なかなかのものである。CGだけではなく、模型なども駆使しているもよう。すさまじくリアルである。映画以外で、これほどの恐竜が動いているのを見たのは、記憶にない。映像は一級品だというのに、肝心の語りの部分がどうしようもなく陳腐だったのが対照的だ。この映像で、ナショナルジオグラフィックあたりが創るような語りが入れば、文句なし。

 途中でLicが見始めたのだが、冒頭のメイキングシーンを見ていないのを思い出し、ちょっといたずらしてみることに。

 私:「なんかね、ついに恐竜が発見されたんだって!」
 Lic:「えっ!?これ、本物??」
 私:「あたりまえやん。すごいよなぁ」
 Lic:「恐竜って、あの恐竜??」
 私:「恐竜の子孫みたいよ」
 Lic:「どっ、どこで見つかったん??」

 もっと続けてみたかったが、Licの反応がこちらの思うつぼにはまってくれたのが面白すぎて、降参した。その直後、Licパンチが飛んできたのは言うまでもない。


2000.1.11(Tue)

ドワハムころころ

 お風呂上がり、みこりんがパジャマに着替えるとさっそく「お菓子食べるぅ〜」と戸棚に走る。最近、すっかりお菓子に目がないみこりんであるが、寝る前に物を食べるのは健康に悪い。こんな場合は、お菓子よりも興味を惹かれることを提案するに限る。

 「チューちゃんにご飯あげようか」と言えば、案の定みこりんは即座に乗ってきたのであった。チューちゃんとは、我が家で飼っているスナネズミの「ちゃっぴー」と、ドワーフハムスター“ロボロフスキー”種の「あかねちゃん&ダン」の3匹のことである。動物は他にもいろいろ飼っているが、みこりんはこのちっちゃな生物達が、ことのほかお気に入りらしい。
 キャベツとニンジン、それにキュウリを3匹分切ってやると、みこりんは小さな手に握りしめて運んでくれる。数日前まで、みこりんはこれらを均等に3匹に分配するのが完全にはできなかったのだが、今夜は私の指示など一切なしで、きっちりそれぞれの餌入れに分けてくれたのだった。日々の学習の成果だろうか。

 野菜のあとは、人工飼料と穀物の種。みこりんなりに、体の小さなロボロフスキーと、大きなスナネズミとでは食べる量が違うってことを理解してくれているらしい。掴み入れる餌の量が、私が微調整せずとも適量になっていた。これも去年までは入れすぎるか少なすぎるかしたものだが、たいしたものである。
 今夜はみこりん、ほぼパーフェクトなお手伝いだった。あとは餌入れを片づければおしまい。これは私の分担である。ところが、タッパーの蓋をしようとして、やってしまった。手を滑った餌満載のタッパーは、真っ逆さまにあかねちゃんのケージ目がけて落下したのだ。「あ…」と言う私の声にオーバーラップして、「あーあ!!」というみこりんの大きな声が。

 あかねちゃんもびっくり。ケージの床一面に、人工飼料が敷き詰められてしまったのだから。これがヒマワリの種でなかったのが、唯一の救い(ヒマワリの種は、脂肪分が多いのでやりすぎてはいけない)。ケージの外にこぼれたやつは、拾うしかあるまい。先日買ってきたばかりの餌なので、廃棄するにはもったいなさすぎる。
 みこりんも拾うのを手伝ってくれた。「またみこりんがかってきてあげるから」なんて慰めてくれる。その一方で「せっかくみこりんがかってきたのにぃ」とも言ってるし、どうやらLicの口真似をしている感じである。こうやってどんどんかしまし娘に成長してゆくのだろうなぁ。


2000.1.12(Wed)

シリアルマウスを探る

 先日からシリアルマウスをなぶっているのだが、無事ラインモニタも借りることができて作業は順調に進んでいる。マウスのデータ転送プロトコルと、ピンアサインはすでに先週確認できているのだが、若干まだ分からないことがある。ちゃんとデータは取得できているので、あまりその問題に手間はかけられないのだが、技術的好奇心はどうにも抑えられないのだった。

 どうやら今つないでいるマウスは、PCからのあるデータに応答するようなのだ。マウスの中にはマイクロチップが入っているのだから、こういう芸当ができてもおかしくはないが、いったい何を返答しているのか気になってしょうがない。ヘルスモニタが動作しているのか、品質管理用の隠しコードなのか…。PCから送信するデータをいろいろ変えてみて、一覧表を作ってみると面白いかも。計測部が完成したら、やってみようかな。


2000.1.13(Thr)

『お客さん』

 今宵も家族そろってのお風呂タイムである。一緒に入れば余分な追い焚きが必要ないので、冬はこうしてイモ洗い状態に湯船につかるのが常。私とLicはほとんど身動きとれない状態になってしまうのだが、みこりんだけは軽々と移動してゆく。まるで因幡の白ウサギが、ワニ(サメ)どもの背中を軽々と渡ってゆくがごとく。

 そのとき、急にみこりんの動きが止まった。私の耳も異変を察知していた。聞こえる。なにやらちんちろりんと響いてくる、弱々しい音が。
 生物の発する音や声ではあるまい。金属的なその音は、ひどく寂しげで人工的な冷たさを感じさせる。いったいどこから聞こえてくるのか。みな一様に耳をそばだてている。

 頭上から、回転しながら“ちんちろりん”が舞い降りてくるイメージがあった。 脅威の無指向性音源である。
 まず室内から聞こえている可能性を考察した。家の中に、あのように鳴る物体があっただろうか?思い当たるのは風鈴である。だが、それは今、浴室からは距離にして10m以上離れたサンルームにあるはず。しかも窓は閉めてあるので、風にそよぐとは思えない。
 にゃんきちがじゃれつくのも不可能。風鈴であるはずがない。では他に何かあるだろうか。おぉそうだ、にゃんきちくんのオモチャを忘れるところだった。あの“起きあがりこぼし”には、鈴が内蔵されていたはず。さてはにゃんきちがじゃれついているのでは……。距離的にも、にゃんちのケージは浴室(脱衣所)のすぐ隣にあるので、聞こえても不思議ではない。脅かすなよにゃんちぃ……。

 違和感があった。今も続く“ちんちろりん”の音は、聞けば聞くほどにゃんちの鈴が鳴っているとは思えないのだ。なにより、音が聞こえてくるはずの浴室のガラス戸の向こうは、異様なくらいに静まり返っているではないか。とてもにゃんちがそこにいるとは思えないくらいに。
 その時、階段をかけのぼる騒々しい音がした。にゃんちが遊んでいるのだ。今、にゃんちは2階にいる。しかし、“ちんちろりん”は、止むことなく聞こえているのだ。やはり、にゃんちの鈴ではなかった。すると屋外から聞こえているのだろうか。どこかの軒下に吊された、季節外れの風鈴でもあるというのか!?だがしかし、それならば今夜といわず、昨日だって“ちんちろりん”は聞こえなければならないはず。風鈴を、真冬の今になって初めて外に吊すというのは非常に考えにくい。風鈴以外の何かであろう。いったいそれは何だ。

 舞い降りる“ちんちろりん”を目で追ううちに、みこりんと視線があってしまった。やはりみこりんも、聞こえてくる音に意識を向けているらしい。そこで「何の音だろう?」と話しかけてみたのだが、真剣な顔つきで見つめ返すだけであった。ははぁ、どうやらみこりんは怖がっているらしい。石焼きイモ屋さんや、灯油の配給車、物干し竿屋さんなどなど、みこりんは外から聞こえてくる“音”に敏感なのだ。
 すかさず私は、「お客さんかもしれんね、みこりん」と言ってみた。みこりんのおっきな瞳が、さらに見開かれたように感じられた。『お客さん』。みこりんにとって、現在恐いものナンバーワン、ぶっちぎりで2位以下を引き離しているのが、『お客さん』なのであった。

 ここでいう『お客さん』とは、我が家を訪問してくれるお客さんの意味ではなく、外からやってくる得体の知れない恐いモノ全般という意味になる。みこりんが外からの音を怖がるたびに、私が『お客さん』という言葉を使って、みこりんの想像力に刺激を与えてきた結果生み出された、我が家オリジナルの妖怪ともいえよう。不思議なもので、本来のお客さんとの区別は、みこりんにもついているらしい。ベルを鳴らして訪問してくるお客さんは、みこりんも大好きなのだ。
 「おきゃくさん、近づいてきたかな、みこりん?」と、さらにひそひそ声でみこりんに言えば、「ちがうよ、おきゃくさんちがう」と、これまたちっちゃい声で言いながらLicにぺったり貼り付いてしまった。いつになく怖がり方が激しい。よっぽどすごいのを想像したのかも・・・
 「なにビビらしとん」と、Licに突っ込まれたので、さっそくお客さんは去ったことにするストーリーを話してやった。『お客さん』がいなくなったとわかったとたん、みこりんは憑き物でも落ちたかのような明るさで、私との手遊びを再開したのであった。

 いかんいかんと思いつつも、みこりんの反応が面白いので『お客さん』の話は当分止められそうにない。そのうち、『お客さん』が実体を持ってしまったら…、神剣なしで祓えるかどうか…、ちょこっと心配。


2000.1.14(Fri)

猫を飼うということ

 どうも猫を飼ってる人の中には、何か重大な勘違いをしているんではないかと思うような人がいる。私だって猫のにゃんきちくんと暮らしているので、猫は好きだし、動物全般を小さいころから飼ってきた、自他共に認める動物好きである。けして猫が嫌いなんてことはない。

 私が「おかしいんでないの?」と思うのは、なぜか放し飼いにするのを当たり前と思ってる人がいる点だ。今一度言おう、田舎の一軒家でもないかぎり、住宅地での猫の放し飼いは厳禁である。『トイレの躾ができているから迷惑なんかかけてない』という態度は、猫がいかに迷惑をかける存在であるか少しも理解できていない、いや、しようとしない自分勝手なモラルの低い飼い主であると断言する。
 もちろん猫の糞害というのが最大の問題点ではあるが、それだけではないのだ。鳥かごの小鳥を襲う、爪を研いで木を痛める、ゴミを荒らす、ゲロを吐く、捕まえた獲物の血で家や道路を汚す etc.etc...

 すべて我が家でも被害にあったことである。ウズラを2羽殺され、ピーコも安心して吊せない、ウッドデッキは猫の詰め研ぎ後だらけ…。うんざりである。
 猫を放し飼いにしている人は、苦情を目にしたとき『猫が嫌いな人だから文句を言うのだ』などと勘違いしないことである。猫が嫌いなのではない、猫が与える被害を嫌っているのである。この違いは重要だ。


2000.1.15(Sat)

とことん家事

 長袖シャツを腕まくりしていても、少しも寒いと思わないほど暖かかった。太陽の日差しも、まるで小春日和。太陽光発電装置も順調に稼働しており、“買いメーター”は微動だにせず停止している。とても一月とは思えない、奇妙な土曜日の始まりであった。

 こんな日には、なにはともあれ布団干しだ。敷き毛布は思い切って洗濯洗濯。寝室一掃の布団大移動である。
 今週は雨の日が多かったので、洗濯物も溜まりに溜まって山となり、洗濯機を回すこと連続5回。夕方までかかって洗濯終了。ハンガーが足りない、物干し竿も足りない、乾いてきたやつから、とっとと取り込みローテーション。
 空いた時間に植物達への水やりを済ませ、プラムの木とバラを剪定し、ロボロフスキーのダンとあかねちゃんの小屋掃除。ついでに人間の部屋も大掃除。それが終わればお昼ご飯の準備をして……

 Licが朝から寒い寒いと訴えていた。こんなに暖かいのに、何故だろう。もしや風邪でもひいたのか。
 ついに夕方までダウンしたまま起動に至らず。みこりんも一緒にお昼寝。干し上がったお布団は、さぞや寝心地もよろしかろう。
 そして私はみんなを起こさないように、そぉっと買い物に出るのだった。

メバルを一匹

 ホームセンターで、動物用の餌を各種買う。ハムスター用、セキセイインコ用、猫用。一ヶ月換算で、どの動物がもっとも食費がかかっているかといえば…、意外や意外、トップはなんとハムスター!。ちっちゃなヤツらがたった3匹だというのに、人工飼料2種だけでも約1800円、その他にヒマワリなどの穀物類の種子と生野菜含めると、2500円〜3000円はかかっている計算。次が猫で、1週間に猫缶約500円として月に2000円強使っている。ただ、猫の場合はこれにプラスして猫砂代が2000円ほどかかっているので、食費以外のコストも含めればダントツなのだが。

 そしてもっとも食費がかかっていないのが、セキセイインコ。一ヶ月に1000円もかからない。へたすりゃ500円くらいしかかかっていないかもしれない。優れた人工飼料が、安価に売られているのが勝因だろう。やはり歴史の古いペットだけはある。

 今日はそんなハムスターの食費軽減策として、安価だが栄養価に優れた人工飼料として評判の、『ニッパイのハムスターフード』も購入した。徐々にこれに移行してゆき、完全移行の暁には、人工飼料代を月500円程度まで削減する予定である。

 さて、ペット用の餌のあとは、人間用の晩ご飯の買い出しである。ホームセンターに隣接するスーパーへ移動。ここは魚介類が豊富なので、今夜は魚で攻めてみようと思う。
 切り身ではなく、丸ごと一本を食いたい気分。何がいいかな?と棚を見やれば、そいつが鎮座していたのだった。40cm級のメバルが2本。でかい。漁師町などでは、この程度なら普通に置いてあるだろうが、ここは海のない岐阜である。こんな大物に出会ったのは、こちらに来てからは初めてだった。しかも値段は1本498円。よぉしこいつを買おう。みこりんにも、ぜひ見せてやらねば。

 家についてみれば、Licとみこりんは幸いまだ寝ているらしい。こっそり夕食の準備も済ませて驚かせてやろう。さっそく煮汁を準備しつつ、メバルをさばきにかかる。なまくら包丁では歯が立たず、腹を割くのにまたもや S.O.G のアウトドアナイフを使った。相変わらず剃刀のような切れ味に、うっとりしてしまう。
 臓物を引きずり出してみて、驚いた。魚が出てきたのだ。胃液で若干溶けつつあったが、あきらかにそれは舌平目あるいはカレイなどの底物系な薄いやつ。全長15cmほどはあろうか。こんなのを食ったのか、このメバルは。さすがに口のデカさは伊達じゃない。
 煮汁の微調整をやっていたら、Licがみこりんを抱っこして下りてきた。みこりんに、まな板のメバルを見せてやると、「おおきぃおさかな!!」と喜んでくれた。これだけ興味を惹いとけば、ご飯のまえにお菓子を食べたいとはいわないだろう。思うつぼである。

 ひたひたの煮汁で落としぶたをして、煮込みに入る。内臓と、食われた魚はにゃんきちくんの晩ご飯にしよう。さっそくこちらも煮込んでやった。猫に余分な味付けは不要、煮干しと鰹節だけで十分旨い。
 できあがったメバルの煮付けは、我が家でもっとも大きな皿に盛り、豪快に食ったのだった。じつに食いでのある魚であった。ところでにゃんきちくんだが、魚の内臓の煮物をじつにおいそうに平らげてくれたのである。猫缶よりも、味に変化があって旨いのかもしれない。いずれにしても、魚の内臓を捨てずに済むというのは気分がよいものである。

 食後、にゃんきちくんに新しく買ってきたオモチャを試す。起きあがりこぼしのボールに、ネズミのぬいぐるみがくっついたやつだ。じゃれついてくれるだろうか?わくわくしながら成り行きを見守っていると……。にゃんちはそろそろっと近づいてきたかと思えば、手よりも先に口を出し、首を45度に傾げ、そのままかぷっと噛みついてしまったのである。そしてネズミ部分をくわえたままケージへと戻り、悠然と獲物を捕らえた肉食獣といった面もちで、寝床へと入ってしまったのであった。にゃ、にゃんち…、それはそういうふうにして遊ぶんではないと思うぞ…。まぁ満足そうだからいいけど。また別のじゃれつき用オモチャを買ってこなければ。


2000.1.16(Sun)

早起きのあと

 みこりんに起こされたのが午前9時。遊ぼうと誘ってくれるのだが、寝たのが午前4時過ぎとあっては、なかなかしゃきっと目が覚めない。もはや5時間の睡眠では体がついてこれないのかも…。いつもは寝起きのよい私だが、今日は起きあがるまで約10分を要してしまった。

 リビングに下りてすぐ、電話が鳴った。なにかと思えば“黒猫ヤマトの宅急便”からだ。5分後に、代引きでお届けしますという。ついに注文していた『レジオナル・パワー III & III SP』が届くのだ。こいつは朝から縁起がいい。ベーコンエッグを作る速さを20%ほど増して、到着を待つこと3〜4分。表でトラックの止まる音がした。みこりんも「なに?おとーさん」と、やや興奮気味である。なにしろみこりんは、ちゃんと来てくれる『お客さん』は大好きなのだから。しかも宅急便屋さんは、みこりんの『お気に入りお客さん』ランキングの上位3位内が指定席。「黒猫ヤマトの宅急便が来たよ」と教えてやった。

 みこりんはすかさず「くろべとななのたっきゅうびん!?」と大声で繰り返しながら、玄関の外までついてきたのである。おぉ、そこにはまさに緑の車体に黒猫マークのトラックが止まっているではないか。みこりんの興奮インジケーターが、瞬時に振り切った雰囲気。「くろべとななのたっきゅうびん!!!」。叫ぶみこりん。照れ笑いしている宅急便屋の兄ちゃんに、約束の金を端数まできっちりそろえて手渡すと、ブツは私のものである。一人、箱を手にしてほくそ笑んでいると、走り去るトラックにむかってまたしてもみこりんが「くろべとななの……」と絶叫しつつ、バイバイと手を振っていた。

 ゲームを手にしたとはいえ、真っ昼間から遊ぶなんてことはできない。お日様が出てるうちにしかできない作業は、キャンセル待ちの列ができるほど詰まっているのだ。
 さっそく今日も庭仕事に精を出す。だが今日は、それ以外にも特別スケジュールが組まれているのだ。昼飯を食ったらすぐに、お出かけである。昼飯が出来るまでの間、みこりんのおままごと遊びにお呼ばれした。2.5号の素焼き鉢を7つほど、どこからか探し出して積み重ね、それを食器にみたててご飯を作ったり食べさせられたり。みこりんの口調が、ますますLicと瓜二つになっているのに、少々とまどう。

 で、午後は買い物である。

Licを飾る

 何を隠そう、今日は私の三十三回目の誕生日である。となれば、私の望みはただ一つ。Licを飾るのだ。

 みこりんが生まれてからは、やはり汚し魔の子供を世話する関係上、Licの外観はどんどん地味になっていったのである。ややもすると実年齢よりも、10は老けて見えたりすることに、私の焦りは頂点に達しつつあった。なんとかせねば。今ならまだ引き返せるはず。そんな悲鳴のような叫びが、日々、私の脳内を駆けめぐっていたのだ。

 外見なんか関係ないと言う人もいらっしゃるかもしれないが、内面にプラスして外面が良いことに、なんの不都合があるだろうか。少なくとも私は、中味が同じなら美しいほうを取る。
 ちょうど冬物衣料は、安売りの真っ最中であった。まずはスカートをグレードアップだ。最初はあまり乗り気そうではなかったLicだが、だんだん買い物に熱中し始めたようである。よしよし、そうこなくては。みこりんは私が見ているので、存分に買い物を楽しんでくれたまえ。
 Licが試着室に消えるたび、みこりんは「かくれんぼしとる〜!」と喜んでいたのだが、だんだん飽きてきたのか口数も少なくなってきた。もうちょっと辛抱してくれ、みこりん。

 スカート2着に上着1枚をゲットしたLic。シックな色合いが素晴らしい。あとはウエストサイズをもう2ランク下げられれば、いうことなし。私も一緒にダイエットしようではないか。3年前の体型を、再び取り戻すのだ。

 次はコートである。道行く男の10人に2人(目標が低すぎるだろうか?)は振り返るような、そういった雰囲気を醸し出すようなのがいい。そうなるとやはり白系であろう。Licはあまり背が高くないので、余分な飾りがないシンプルなのがいいかもしれない。などとLic以上に熱心に物色してしまう私であった。結局、Licの選んだのが一番よさそうだったのでそれに決定。その時みこりんは尿意を訴え出たので、トイレへと急行する。私がいない間に、Licはさらにもう1着上着をゲットしていたもよう。そうだ、その意気込だぞLic。

 最後は靴である。幸い私とLicの好みは一致しており、ショートブーツだけに狙いは絞られていた。黒いショートブーツに私がいかれてしまったのは、たぶん10年以上昔のポカリスエットのCMによるところが大きい。黒い三角ビキニの女が、砂浜でハンマーをふるっていたアレのことだ。素足にぴったり吸い付くように、黒のショートブーツが怖いくらいに似合ってた。
 ショートブーツも無事決まり、次は美容室に予約を…、これは来週末の予定。Lic改造計画は、初日、なかなかの成果を収めることに成功した。

 夜、Licがケーキを焼いてくれた。甘さ控えめ、イチゴの乗ったバースデーケーキ。ロウソクは3本である。みこりんとちょうど30違い。覚えやすいが「みこりんが何歳のとき自分はいくつ」ってのが計算しやすいのは、いいんだか悪いんだか。とにかく、今年のテーマは肉体改造ってことで、がんばってみようと思うのであった。


2000.1.17(Mon)

お絵かき

 夜、みこりんが便秘で苦しんでいた。オマルに陣取ることはや1時間以上、もうじき時計の針は明日になろうかという時刻。
 「じじ、とって」とみこりんが言う。“じじ”とは、みこりん用のカラフル・サインペンのことである。紙も一緒に渡してやると、「ちゅーちゃん描いて」とリクエストがあった。自分で描くのではなく、私に描いて欲しかったのか。よしよし、描いてあげよう、ちゅーちゃんを。

 ミッキーマウス風の耳が大きなネズミの絵を描いてやったところ、「これ、ちゅーちゃんじゃない。これ、ねずみさん」と泣かれてしまった。うーん、そうだった、みこりんにとって“ちゅーちゃん”とは、我が家のハムスターのことだったのだ。うっかりしていた。さっそくドワーフハムスターの顔を描いてやったところ、またしても怪訝そうな顔で「これ、きつねさん!ちゅーちゃんちがう」と泣く。きっ、きつね!?そうかなぁ、きつねには見えないけども…。
 顔の細いラインが気に入らないのかなと思い、ややふっくら気味に描き直したのだが、やはり“ちゅーちゃん”とは認識してくれなかったのである。その後、5〜6匹の生物の図を描いてみたところ、最後に描いたやつを見て、ようやくみこりんに笑顔が戻った!OKの出た“ちゅーちゃん”の図とは、全長1cmほどの小さな物体で、横向きで、かつ、頭と胴体の2つのパーツに大別されており、ぱっと見には雪だるまが転んだのと似ている。四肢や目鼻の記述は不要らしい。ただ、尻尾はあったほうがよいらしい。

 あかねちゃん描いてと言うので、さらに横倒しの雪だるまを追加。これもOKらしい。ちゃっぴー描いてと言われたときは、尻尾を長めに描いてやった。これはとても好評だった(砂ネズミには、ふさふさの毛がはえた長い尻尾があるのだ。対照的に、ハムスターの尻尾はほとんど目立たないくらいに短い)。
 ついにみこりん自らペンを手に、なにかを描き始めた。ミミズがのたくったようだが、四角形っぽいイメージである。それを指さしてみこりんは言った。「これ、あかねちゃん!」

 その後も、どんどんみこりんによって抽象化された“ちゅーちゃん”が生み出されていったのである。丸に点だけ描かれたやつを「ちゃっぴー」と指さされたときには、この子はきっと将来素晴らしい絵描きになるであろうと確信したものだ(親ばか)。
 結局、この夜、みこりんの便秘は解消せず、翌日へと持ち越されたのであった。


2000.1.18(Tue)

脳内接続

 The Dobelle Instituteが開発中の Dobelle Eye は、なかなかスリリングである。

 カメラで撮影した映像を輪郭線を強調して画像変換し、そのイメージを視神経に送ることで、人工的な目の代わりをさせようというもの。カメラ映像は、ただのデータの集まりにしかすぎないことから、風景だけにとらわれず、意図的に作成したイメージを視野に表示させることも可能というあたりに、なんだか新しい発展がありそうな予感。究極のヴァーチャルリアリティも夢ではないかも。
 五感のうち、視覚、聴覚は比較的研究が進んでいるような気がするのだけど、残りの嗅覚、触角、味覚の神経接続は現在どうなっているのか気になるところだ。

夜、眠れずに

 寝ようと思えば思うほど、目が冴えて困ってしまう夜。思い切って布団を抜け出し、録画しておいた『伝説巨神イデオン』でも見ることにした。今週分は、第25話、26話である。金田伊功ばりの動きが、時代を感じさせて懐かしい。

 1時間後、やっぱり眠くならないので、地上波にチャンネルを切り替えてみると、懐かしい『バイファム』の13人の姿が飛び込んできた。だが記憶にあるのとは、だいぶ雰囲気が変わっている。これはもしや例のアレでは、と思っていたら、やはりそうだった。『バイファム13』……、噂に違わず悲惨なデキである。睡眠薬代わりにはちょうどいいかも。と思ったが、あまりの下手さに眠気もすっ飛んでしまい、結局カーグラTVが終わるまで起きてしまっていた。こんなに遅くなるなら本でも読んでりゃ良かった……


2000.1.19(Wed)

読み聞かせ

 みこりんが寝る前には、必ず絵本を読んでやっている。いや、“読んでやっている”のではなく、みこりんが自発的に「えほんよんで」と言うのだから、正しくは“読まされている”になるのだろう。最近では、ストーリー性のある本格的な“お話”の方を好む傾向があり、将来が楽しみな今日この頃。

 今夜もみこりん、読んで欲しい絵本を持参してきたのだが、絵本にしてはヤケに薄っぺらいけれど?と思ったら、それは見開きの“写真”だったのだ。移動動物園が保育園に来たときに撮った集合写真が1枚と、みこりんがヒヨコを手にしたアップのやつと、その2枚だけが台紙に貼り付けられている。躊躇する私におかまいなく、みこりんはにこやかに「よんで!」と差し出すのであった。

 “写真を読む”、なんと型破りな発想をするものよ。これがアルバムになってるタイプの写真集ならば、それほど違和感もないのだが、わずか2枚の写真をもって読んでやらなければならないのである。私は困惑しているのを悟られないよう、いたって平静に見せつつ、“写真を読む”にはどうすればよいか日頃使っていない脳の領域まで駆使して考えたのであった。時間にしてわずか数秒。答えは、それこそ天から啓示があったかのように思い浮かんだのである。

 並んで布団に入り、写真を開く。集合写真の端っこに写っている男の子を指さしながら、私はみこりんに聞いていた。「これ、だぁれ?」
 ようするに、みこりんはお話ができればOKなのである。架空のものにしろ、実在の写真であっても、そこで交わされる言葉にみこりんは興味を惹かれるのであろう。それさえ押さえておけば、“写真を読む”ことも可能なはず。いかに写真から物語りをつむぎ出せるかが勝負である。

 保育園での日々の遊びや、大好きな先生のこと、さらに、一番仲の良いお友達のことなど、お話はとどまることを知らず、次々に語られてゆく。20人からいるクラスメイト全員の、名前と顔が私にも一致し始めたころ、ふいにみこりんが写真を指さして言った。「みこりんねー、たいちゃんがいちばんすきぃ」
 いっ、いきなり何を言い出すかと思えば、好きな男の子の報告であった。だが、まてよ、たしかみこりんは“こうちゃん”が一番好きだったんじゃないのか?ただちにみこりんに確認してみると、「こうちゃんも、すきぃ」と言う。「あれ?一番好きなの“たいちゃん”じゃないの?」と突っ込んでみれば、さすがにみこりん悩んでいる様子。でもやっぱり「たいちゃんも好き」ということで落ち着くのであった。「そうそう、そうやって手広くいろんな男の子を知っておくのはいいことだよ」という私のアドバイスを、みこりんは何歳まで覚えていてくれるだろう。

 2歳5ヶ月とはいえ、やはり女の子なのだなぁとしみじみ思った夜だった。


2000.1.20(Thr)

コタツ園芸

 ストーブは燃えさかっているというのに、冷気があとからあとから湧いてくる夜。天気予報では明日は雪だという。そっとカーテンをめくってみれば、すでに外は一面、銀世界。サンルームで越冬中だった寒がる植物達を、部屋の中へと避難させた。

 今夜は、国華園の園芸カタログを念入りにチェックしている。今日届いたそのカタログは、去年と同じく大判2冊にチラシが2枚。特に注目すべきは、やはり“世界の変わった野菜”のコーナーである。
 去年は“レモンきゅうり”“巨大シシトウ・ユニコーン”の種を買い、育てることに成功した。一風変わった野菜を育てるのは、思った以上に刺激的であった。なにしろ生まれて初めて見る“生物”の、発芽から開花、そして結実、枯死と、その一生をあますことなく観察できるのだから。

 今年のカタログには、変わったキュウリの種類が増えているようだった。レモンきゅうりが好評だったのだろうか。球形もしくはラグビーボール状の実をつけるキュウリが、3種類も載っている。あとは定番となった花形のズッキーニ以下、これまた様々な形状の実をつけるズッキーニがずらっと並ぶ。巨大シシトウ“ユニコーン”の姿が見えないが?と思ったら、別のページにこれでもかっとピーマン、シシトウ、唐辛子の特集があり、去年以上の充実ぶりである。もちろんそこには“ユニコーン”の姿が。他にも目を引いたのがいくつかあるが、中でも“激辛”と分類された“ハバネロ”という唐辛子がすごい。『人類が知り得る最高の辛さを持つ超激辛トウガラシ!!あまりの辛さで失神者続出!!ご注意下さい!』なんて書いてある。妖しげな通販グッズの売り文句かとも思えるほどの、ベタなノリが妙に似合っているから不思議。いったいどれほどの辛さなのか。怖いものみたさで、つい買ってしまいそうである。まさに思うツボ。

 この夏、我が家の庭で育っているのは、いったいどんな野菜であろう。あれやこれやと想像するだけでも、たっぷり1週間は楽しめそうである。


2000.1.21(Fri)

第一次審査

 真夜中、地上波で『ガンヘッド』など流しつつ、国華園のカタログから第一次候補をリストアップし始めた。数が多いので、頭の中だけで記憶しておくのは無理がある。やはり紙に書いてから、あれがいい、これがいいと、書き足したり、また消したり。

 Licもいろいろ選んでいるようだ。花の種1袋50円シリーズから、花びらとんがった系のやつを数種類。あとは実用野菜の種。
 今年の花壇のイメージカラーというか、テーマを決めてから選ぼうとおもったのだが、考えれば考えるほど煮詰まってしまいそうだったので、今年もやっぱり本能の赴くまま。とりあえず値段のことは考えずに、好きなやつを選別するのだ。国華園のカタログでは、やはり野菜が中心となるのだが、今年は多品種少量生産で行く予定である。種はだいたい4〜5年は保存がきくものが多いので、今年お気に入りを買っておけば、残りの数年はタダで楽しむことができるというわけだ。

 ゴボウを除いて、あとはほとんど実物になってしまったのだが、ジャガイモ、サツマイモ、ヤーコン、ヤマイモあたりも興味をそそる。ただ、こいつらは種ではないので今年限り。慎重に選ばねば。


2000.1.22(Sat)

ゆきだるまん

 溜まった洗濯物を洗濯機が腹一杯詰め込んで、低いうなり声を発している。庭にはまだ、ところどころに雪が残り、気温はかなり低い。みこりんが「ゆきだるまん、みる!」と言っている。私の手を引き、庭の真ん中で群生するラヴェンダーのところまで。その足下に、厚さ5mmほどの雪が残っているのだ。

 どうやらみこりんは、雪のことを“ゆきだるまん”と呼んでるらしい。私が「雪だるま作ってあげようか?」と言ったら、なにやら怪訝そうな顔だった。みこりん的な解釈だと、私の言葉は「雪、作ってあげようか?」という意味になってるからか。ま、細かいことは気にせず、胴体部分を1つこしらえてみたところ、「おだんご?」と興味を惹かれているようす。もう1つ雪団子を作って重ねてみれば、「ゆきだるまん!」の完成だ。

 ようやくみこりんも、この雪団子2段重ねが“雪だるま”であることを思い出したらしい。「おてて、つけて」だの「おくち、つけて」だのと、矢継ぎ早に指示を出し始めたのだった。
 なにしろ直径3cmという雪団子で作った“雪だるま”なので、手をつけたり、目鼻をつけるのは、なかなか細かい作業であった。それでも、みこりんには好評で、さらにもう1体リクエストされてしまったのである。が、2体目が完成すると、最初の1体を、おもむろにつかみ、地べたにポィして靴で平らにしてしまったのだった。なんと大胆な。というか、凶悪な?かも。

 残った雪だるまと写真撮ってあげようと言うと、ちゃっかりカメラマン(私)に写す場所まで指示するみこりんであった。雪だるまと並んでしゃがみ、両手でほっぺをつかんで「はい、ポーズ」。すっかり写され慣れしているなぁ。
 写し終わると、さっきまで寄り添っていた雪だるま2号を、これまた地面に平らに潰してしまうみこりん。なにかストレスでも溜まっているのだろうか。

拡張計画

 昨夜の第一次審査を突破した野菜達は、現状の我が家の菜園では明らかにキャパシティ・オーバーである。そこで、午後から東側の菜園を長さにして2倍に拡張する作業に、とりかかった。
 菜園の北側は、およそ4mほどの空きがあり、これまでまったく有効活用していなかった場所である。もちろん鍬を入れるのも初めてなので、がちがちに締まっている。深さ40〜50cm、幅80cmに耕すのは、花壇を天地返ししたのよりも重労働になりそうだった。

 実際に鍬で耕し始めたところ、土が硬いのに加えて、異常なくらい石ころが多くてさっぱり前へと進めない。一撃ごとに溢れ出す石ころを撤去するのだが、わずか30cm進めるのに30分はかかってしまった。まるでこの土の下に、瓦礫の層でも埋まっていたかのような有様である。はるか先の予定ポイントに、はたして今日中に到達できるかどうか。

 それでも単純作業の利点である“時間に比例した確実な進捗”によって、2m近く耕し終え、予定ポイントの半分を微妙に超えることができたのだった。冬は落日が早い。体力的にはまだまだ余裕があったが、土と石の判別ができなくなってきたので今日の作業は終了である。このペースで行けば、明日には完成するだろう。あぁ、なんだかとてつもなく楽しい作業である。


2000.1.23(Sun)

冬の雨

 みぞれ混じりの冷たい冬の雨が降る。見ているだけで、体温が2〜3度下がってしまうような、寒々とした光景である。
 今日の庭仕事は来週まで延期せざるを得ないだろう。耕すだけなら合羽でも着れば可能だが、石ころだらけの土砂を選別するには、やはり乾いた土でなければうまくない。3月になれば、気の早い植物は活動を開始するだろう。冬の間にやっておかねばならない作業は、まだまだ多い。天地返ししたあとに堆肥や肥料、それに腐葉土をすき混み土壌改良。菜園2号の開墾と同じく土壌改良。バラの移植。花壇の土増量計画などなど。この1週間の遅れが、あとで響いてきそうな予感。

 去年の夏がそうだった。雨が多くて、なかなか苗をポット上げできずに、かなり育ちに遅れが出てしまったのだ。今年も週末ごとに雨ってことになるのかな。ここ数年、ずっと週末を狙い打ちにするように雨だったような気がする。来月にプラスされる閏年の一日で、雨のタイミングが1日ずれれば……、などと勝手なことを期待するのであった。

去りゆく本

 気合い入りまくりで菜園2号の開墾をする予定が、雨でぽしゃってしまったため、今日は本棚の整理でもすることにした。階段の手すりにまで置き場を探して溢れた本を片づけるには、もはや読む頻度の極端に低い本を、本棚から撤去するしかない。ターゲットとなったのは、古い科学書の類である。

 10年以上昔の人工知能の本や、生物の本、計算機工学の本。あるいは7〜8年前のファジィ理論、ニューラルネットワーク関係の本。なんだかとてつもなく古びた感じに見える。あの当時、たくさん勉強していたにもかかわらず、開発業務では一度も使うことがなかったのだった。「研究部門に転属すれば…」と何度思ったことだろう。だがそれは、私にとって宇宙開発分野から離れることと同義であったため、究極の選択でもあった。

 数年後、結局、研究部門に転属してからも、これらの本は一度も開いていない。因果なものである。
 本棚から撤去してしまえば、二度と存在を思い出さない可能性もある。少しだけ心にさざ波が立ったけれど、やはり段ボールへとしまっておいた。新しい本に、場所を譲ろう。

お守り

 お風呂上がり。みこりんにパジャマを着せていると、ふいに洗面台の棚を指さしみこりんが言った。「あ!あいとるよ」

 扉が、すこーしだけ開いていた。こういう細かいところに、みこりんはよく気がつく。サイズがちっちゃい分、小さいところまで見えるのだろうか。ちーさいゴミとか、かすかな汚れとか、少しの違和感とか。
 「お化けが中に隠れとるかもしれんね」と私が言えば、「みこりん、こうやってめかくしするで、こわくないもん」と両手で目を塞いだのだった。いったいどんなお化けが潜んでいるのを想像したのか。半開きのドアとか窓、鏡などは、恐怖映画の必須シチュエーションともいえるため、みこりんが怖がっても当たり前といえば当たり前ではあるけれど。

 布団に入るときにも、「みこりん、ミキサーしゃもっとくで、こわくないもん」と、夏に王子動物園で買って貰ったミキサー車のオモチャを握りしめるのだった。「早く寝ない子は、お化けが連れに来るよ」という私のお話が、怖さを倍増させてしまったかもしれない。みこりんがこうしてオモチャをお守り代わりに持ったのを見たのは、今夜が初めてである。こうした動作は、無意識のうちに形成されるのか。お守りとか、魔除けといったものは、こうやって大昔からあらゆるものが試されたのだろう。

 ところで、ヒト以外で“お守り”を使う生物っているのだろうか?私が子供のころには、ヒトとそれ以外を区別するのに「道具を使う」「言葉を話す」ってのが世間一般の定説だったけれど(でも図鑑には“シロアリを食うのに長い棒を使うチンパンジー”とかが紹介されていたりして、これはれっきとした道具じゃないのか?と子供心に違和感を抱いていたものだが)、今では道具を使う動物はかなり多いことが知れ渡っている。だが“お守り”はどうだろうか。獲物を狩る直前に、お守りをぎゅぅっと握りしめるキタキツネとか……。ほんとにおったらすごいかも。


2000.1.24(Mon)

ぱいがぽろり

 みこりんが凄いネタを持ち帰ってきた。なんと保育園で、先生の「ぱい」を見たというのだ。しかも二人分。「みこりんも、ついとるよ、ちっちゃいの」なんて言っているので、かなり信憑性は高いといえよう。いったいどこでどういうシチュエーションで「ぱい」がこぼれ出たのか、非常に気になる。可愛い先生の「ぱい」が“ぽろり”と思うと、明日からみこりんを保育園に送っていくのが、微妙に楽しみである…。

 だが現実は、そう甘くはないのであった。「ぱい」を披露したのはどうやら園長先生と、若くはない先生らしい。まぁ、園長先生というのも、ある意味とてつもなく意表を突いてはいるのだが。ますますどういう状況だったのか知りたくなってしまうではないか。
 Licと二人で、みこりんを誘導尋問しようと何度か試みたのだが、なかなかみこりんはぐらかすのが上手い。肝心な答えを、教えてくれないのである。いたずらっ子な顔つきは、明らかにこちらの反応を楽しんでいる気さえする。明日になれば、みこりんの気が変わってお話してくれることを期待しつつ、一晩眠ればすっかり忘れている可能性もあったりするので、真相は永遠に闇の中…、かもしれない。


2000.1.25(Tue)

こっそり食う

 お風呂から上がり、みこりんも寝かしつけて、さぁこれから自由時間!というわけでリビングへと舞い戻ってみれば、遊んでいたはずのにゃんちくんの姿が見えない。テーブルの下やらカーテンの後ろなど探してみたが見つからない。そのうちLicが戻ってきて、「あそこに、ほら」と窓の外を指さしたのだった。

 リビングの外、サンルームの真ん中あたりに、そっとお座りしたにゃんちくんの姿があった。闇の中で、ぼぉっと白い姿が妖しすぎる。まん丸に見開かれたライトブルーの瞳が、こちらをじっと見据えていた。
 いったいなにをやっているのだろう。今夜もすさまじく寒い。サンルームの床はウッドデッキなので、隙間から寒気が容赦なく侵入してくるというのに。
 お入りと、窓を開けてやったら、つつっと逃げた。閉めるとまた戻ってくる。そんなことを何度か繰り返してみたが、埒があかないので、しばらくそのままにしておくことにした。気が向いたら、戻ってくるだろう。

 ところが、いくら待ってもにゃんちくんは戻ってこない。だんだん心配になってくる。あまりに静かすぎるから。
 そぉっと窓を開け、サンルームに入ってみると…。そこには猫の子一匹、気配がないのだった。夜の冷気に溶けてしまったかのように。

 にゃんちの名前を呼びながら、隅々をチェック。しかし、返事はない。テーブルとデッキチェアしか置いてないサンルームの、いったいどこに隠れてしまったというのか。観葉植物の鉢の1つ1つまで、調べてみた。
 一番奥まったところにあるステビアの鉢植えのところに、なんだかぼんやり灰色の影が見えた気がした。「ん?」さらに接近して、目を闇にさらすように凝らしてみれば、ひっそりとステビアの葉っぱを囓っているにゃんちであった。

 「しゃりしゃりしゃり……」
 美味そうである。

 ステビアの葉っぱは、甘味料の代わりに使われるほど、ほどよい甘みがある。ハーブティや、カクテル、お菓子などに、ステビアの甘味を取り入れるために、Licが育てているのだ。生で食べても、もちろん甘い。にゃんちが狂ったように食べていても不思議ではない。
 だが、このままではステビアが丸坊主にされてしまう。そっと手を伸ばし、にゃんちを抱き上げ、連れ戻した。腕に触れた肉球が、ひんやり冷たい。

 Licによれば、洗濯物を干しにサンルームに出ていたところ、にゃんちがするっと入り込んできたのだという。そして、鉢植えの葉っぱを、あれこれ試食するかのごとく、食べていたらしい。トックリラン・ノリナ、デュランタ、ゼラニウム、ジャックと豆の木、そしてステビア。「しゃりしゃり」という小さな咀嚼音が、しんと静まり返ったサンルームに響いていたという。

 猫の草とかいうのを、買ってきてやったほうがいいかもしれない。

今日の雑感

 総務庁のサイトが書き換えられていたという。
 TBSのニュース23では、案の定、日本民族を中傷する書き込み内容を、逐一日本語に変換して紹介した。犯罪者の主張を、わざわざ宣伝してやる必要がどこにあるか。まったくこいつらの正義とやらは、屈折しとるのぉ。ちなみに、ワールド・ビジネス・サテライトでは、書き換えがあったという事実だけの報道であった。まったく朝日といいTBSといい、どうして左巻きの人々は、こうした低俗な報道しかできないかねぇ。


2000.1.26(Wed)

改造のあと

 今週の月曜から、Licの装いが一新している。日曜に髪を切ってきたので、おにゅぅの洋服を着る条件がようやく整ったからである。私の希望としては、髪の色も明るめの茶系にしてほしかったのだが、スーパーストレートパーマと毛染めは併用できないらしい。となれば、やはりさらさらストレートヘアだろう。

 周囲の反応は概ね好評のようである。お世辞にしても、似合ってないものを誉めるのはたいへん高度な技を要するため、そこそこの評価と考えてもいいだろう。やはり白のコートが、これまでのイメージを大胆に払拭しているのではなかろうか。さらに髪である。癖ッ毛で重たそうな感じだったのが、ばっさり軽くカットしてあるため、見た目にも涼しげである。
 ところで今回の髪型だが、ぱっと見、「あ、○○に似てる」というのが第一印象。「○○」の部分に、どんな名前が入るのだったか即座に思い出せなかったのだが、とにかく知っている誰かにイメージがだぶったのである。もちろん今はちゃんと思い出せているのだが、改めて比べてみると、じつは髪型はそれほど似ていないことがわかった。でも雰囲気は似ている。人間の記憶の不思議なところである。イメージの場合、正確さよりも、全体の雰囲気のほうに、重みをつけているらしい。もちろん個人差はあるのだろうけど。

 Licの髪型が新しくなったばかりだというのに、私の煩悩に溢れた脳味噌のなかでは、次なるテーマがはや生み出されている。次回は Do As Infinity の ヴォーカル“伴 都美子”な髪型を希望することにしよう。かなり『大胆不敵』かもしれないが、いいのだ。幸運にも似合ってしまえば言うことなしだし、不幸にも似合わなかったとしても悔いなしだから。と、人の髪型で遊ぶのは、たいへん楽しいものである。

謎の呪文

 まえぶれもなく、突然に思い出してしまったのだが、こんな呪文に心当たりはないだろうか?

 ハーリ ワーリ セーェ コー リ
 ワーリ セ サァ ヨーィヨィ

 私がどこでこの呪文を覚えたかお話しよう。それは小学生低学年のころだったと記憶している。
 秋祭りで、初めて地元の太鼓台に参加できることになり、いろいろ練習していたときのことだ。私の故郷は四国は愛媛県、燧灘に面したところにあり、秋祭りといえば『太鼓台』が激しく練り歩くものだった。「太鼓台とは何だ?」と思われた方は、こちらの『太鼓台』のページをご覧頂きたい。大勢で肩に担いで動かすが、御輿のように完全に持ち上げることはあまりない。重すぎるのだ。ちゃんとタイヤが1対備わっていて、ごろごろと転がしてゆくのである。そういう意味では、山車などに似ているかもしれない。もちろん、タイヤを外して完全に担ぎ上げる場面もある。その様は、見ているこちらにも底力と気力、それに熱気が伝わってきて、がくがくと震えがとまらなかったものだ。

 その太鼓台を引っ張っていくときに、延々と呪文を唱えるのである。この呪文には、地域差があり、太鼓台によって微妙に違っていたりもする。私の地域では、上記のような呪文を教えられていたのだ。
 最後の「サァ ヨーィヨィ」は合いの手だろうが、それ以外の部分はとても日本語とは思えない。いったいこの語源は何なのか。何語なのか。ずぅっと謎であった。結局、今も解明できていないのだが、もしご存じの方は、ぜひ教えていただきたい

ハッカーねぇ

 再び科技庁のサイトが書き換えられたらしい。書き換え内容は、総務庁のとほぼ同一とか。このほか人事院のサイトにも不正アクセスを試みた形跡があるというが、ファイアウォールを突破できなかったもよう。被害にあった科技庁と総務庁のWebサーバにはファイアウォールがなかったという。開いた口が塞がらないというか、なんというか。中央省庁のサイトが丸裸だったわけかぃ。そら、侵入されて当然。でも、ほんまかいな。書き換えられた Webサーバは、科技庁なり総務庁なりのLANに接続されてるんじゃないの?だとすればファイアウォールがないってのはあり得ないのでは?。どういう構成になってるんだろう。まぁ技術系の新聞ネタほど信用できないものはないからなぁ(他のネタもたいがい偏向フィルタがかかって、胡散臭くなってるけど)。

 で、この書き換え犯がみんな同一集団と考えると(真似っこしてるだけのやつも混じってるかもしれんが)、報じられている通りならファイアウォールを突破できないような技術力の低いやつらということになるが、そんなのを“ハッカー”などと報じるのは止めといた方がいい。ということは、以前から言われていることだが改まる気配なし。『言葉』に慎重に、敏感でなければならない文人が、そういう鈍感なことでは困る。
 今日の報道を見ても、昨夜のTBSの全文翻訳がいかに奇異だったかがわかる。まるで、「我々はこの主張に同意する」と言わんばかりの演出だったし。恐い恐い。


2000.1.27(Thr)

科技庁って

 人材不足なんだろうか。『被害後も外部アクセス可能に 甘い危機管理意識--科技庁』(Mainichi INTERACTIVE インターネット事件) によれば、サーバのディレクトリが丸見え状態になってたことがわかる。まさかそれはせんやろぉと思ってたことを、ほんとうにやってたようである。ファイアウォールの外に置くんだったら、もっと設定をちゃんとしとかないとあかんやろ。技術に明るいハズ(明るくなければならないハズ)の科技庁が、この有様ではなぁ…。

 技術音痴の官僚といえば、私にも苦い思い出がある。某宇宙関連の開発のさなか、システムの詳細設計が完了したので、監督官庁の役人達が審査のためにやってきたのだ。ソフトウェア関連の専門家と称する役人も数人いた。自分で「私はソフトウェアの専門家なので」と言っていたが、それがとんでもない妄想であることがわかったのは、審査会が彼の指摘で紛糾してからだ。
 ソフトウェア詳細設計書に対する彼の指摘は、こうだ。「“コンストラクタ”や“ディストラクタ”と言う関数が、あちこちに見受けられる。同じ名前の関数は、1つにまとめてくれ。どうしてこんなに同じ名前の関数があるんだ?」こんなものは評価に値しないと言わんばかりの、にがりきった口調だった。

 彼は事前に私が用いた開発手法である“オブジェクト指向開発”について、「私はよく知っています」と大口叩いていたはずだが、どうも“オブジェクト指向開発”をまったく知らない(あるいは中途半端に聞きかじっただけという)可能性が出てきたのだ。何度、オブジェクト指向開発のイロハを説明したところで、彼の頭にあるらしい「自分流オブジェクト指向開発」を譲ろうとはしなかったのである。このままでは審査が終了せず、開発スケジュールに重大な遅れが生じてしまう。どうやったらこの石頭を溶かすことができるか、私と上司は脳味噌を雑巾のように絞り尽くしたものだ。

 結局、メソッド呼び出しの形態が、“オブジェクト名+メソッド名”となるので、同じ名称の関数ではないのだということで、納得してもらった。とてもソフトウェア技術者どうしの会話とは思えない。自分で言ってて、情けなかった。こんな下らない説明で納得するなよ、とも思った。だが、審査を終了させるのが、すべてにおいて優先するのだ。我慢であった。

 審査が終了して、上司がさりげなく彼の経歴を確認してみたところ、実務経験は一切ないことが判明した。大学時代に簡単なプログラムを少し書いたことはあるが、それ以外に仕事で何かソフトウェアを開発したことはないのだという。我々の基準では、そういうのは「ソフトウェアの専門家」とは呼ばない。「アマチュア」というにも、微妙に違う。「専門外」というのが、もっとも妥当なところか。だがそんな経歴であっても、当の監督官庁ではれっきとした「専門家」で通ってしまうのである。
 私がたまたまハズレに当たっただけだろうか。そうであることを願いたいが、どうも現実は恐ろしいことになっていたりするのではあるまいか。


2000.1.28(Fri)

長風呂

 いつものように風呂の蓋を上げ、掛け湯をした瞬間、灼熱の鉄球に股間を痛打された気がした。じん、と痺れて動きが止まる。“おっ、おのれ、なにやつっ”などと古風な言い回しが、頭の中をぎゅんぎゅん飛び交っていた。
 尋常ではない熱さに、温湯設定の液晶パネルを睨み付けてみれば、『46度』。むぅ、いつもより2度も高い。しかも悪いことに、今夜は雪が降ってもおかしくないほど冷え込んでいる。体表のあらゆる突起物は、極めて低体温な状況であった。どうどうと流れ始めた血液で、先端という先端が内部から吹き破れるイメージがリピートしていた。

 だが、いつまでも洗い場でたたずんでいては寒さに凍えてしまいそうである。極寒地獄と灼熱地獄、どちらか選べと言われれば、迷わず熱いのを取るほど私は寒さに弱い。大きく深呼吸し、気合いをあらゆる先端に充実させて、いざつからん、湯の中に。

 一気に肩まで行くには、やはりちょっと躊躇いが出てしまった。ぬぅぅと、タイミングを計っていたら、みこりん登場。「あつい?おとーさん」じつに明るい声である。このあとみこりんを襲う悲劇のことなど、いったい誰が予想し得たであろう。
 ようやく肩までつかることに成功した私に、みこりんは洗い場から顔を突きだしながら「あついで、ふーふーして、おとーさん」と、いつものようにお湯の表面をふーふーするのだった。こうすればお湯が冷めるのだと、みこりんは信じているのだ。私がごぅごぅと息を吹きかけるのを見届けると、みこりんは浴槽に手をかけ、身を乗り出してくる。惜しい、もう少しのところで足が届かない。「みこりんもお風呂入りたいで、だっこして」と両手を差し出してくる。私は油断していたのだ。熱さに体が慣れつつあったのもまずかった。みこりんをちゃっぽんと漬け込んだ瞬間、私は己の誤りに気がついたのだった。

 ようやく泣きやんだみこりんを、再び湯船に戻すのに軽く10分かかってしまった。湯の温度は、ちょうどよい具合になっている。私はすっかりのぼせてしまって、みこりんと入れ替わりに洗い場に上がった。今夜はみこりん、異様にハイである。“胡麻擦り器”の空き容器と、小型の泡立て器が、みこりんのお気に入り。よく飽きないものだと思いつつ、みこりんといろんなお話をした。
 保育園で行方不明になっているウサギのこととか、遊んでいて転んだこととか。ウサギが山の穴の中におったという、みこりんの新情報に、興味を惹かれたりしつつ。たっぷり1時間半は風呂に入っていただろうか。頭がぼぉっとなってきた。のぼせている。これ以上入っていたら、意識を失うかもしれない。だが、何故みこりんは平気なのだ。あんなにちっちゃい体なのに、あっというまに茹だってしまいそうなのに。
 限界である。Licを呼んだ。

 私と入れ替わりに入ったLicから、呼び出しがあったのがさらに1時間後のことである。がらっと戸を開けると、みこりんは泳いでいた。ずぅっとお湯につかっていたという。2時間半だ。なぜ、のぼせないのか。みこりんの特技?あるいは、新陳代謝が激しいので熱が籠もりにくいとか。他の幼児もみんなこんな感じなのだろうか。調べてみなくては。


2000.1.29(Sat)

種採り

 待望の極上の天気である。ところが菜園2号の近辺では、土がかなり湿っていたのだった。恐るべき水はけの悪さである。もうしばらく水が引くのを待ってみよう。その間に、布団でも干してと。
 お昼過ぎ、だいぶ表面は乾いてきたように見えるが、少し掘るとまだまだ水がしみ出してくる。どうやら今日の開墾は無理っぽい。15時から出かける用事もあることだし、明日にまわすか。

 菜園で立ち枯れている巨大シシトウ“ユニコーン”に、1つだけ種採り用の実が残っている。あわせて5つの実を残して置いたのだが、どれもこれも途中で腐ったり落ちたりして、結局種を採り逃していたのだ。最後の1つ、そろそろ“収穫”してみてもいいころあいである。
 全長30cmに熟したオレンジ色の巨大なシシトウ。かなりしぼんでいるものの、ぶにぶにとした手触りだった。指の先に、こつこつと硬いものがあたる。種に違いない。腐ってはいないようだ。ゆっくりと指で実を裂いてみた。つんと、トウガラシ系な匂いがする。青い実だったときには、こんな匂いはしなかったはず。赤くなってからだと、辛みが出てくるのだろうか。

 種は、およそ50粒ほど入っていた。去年届いたのと同じ様なカタチと大きさ。水で洗い、籠にのっけて乾燥させる。今年もきっとたくさんの実をつけてくれることだろう。

食いっぱぐれ

 Licは歯医者へ、私は友人宅へとお出かけである。みこりんが歯医者で独り待てるとは思えなかったので、私が連れていくことにした。どこに行くのか興味津々のようすである。
 着いた先では“お姉ちゃん”が出迎えてくれたので、みこりんは固まっていた。今日の予定とは、彼女のPCを調整することと、彼女の友達の、これまた“お姉ちゃん”が持ってくるノートPCをセットアップすることであった。
 みこりん、ダブルパンチである。二人の“お姉ちゃん”を見上げたまま、じっと正座して背筋を正したまま、みょーなカタチに口をひんまげていた。パニックに陥ったとき、みこりんはこうした口の動きをする。困っているのだろう。どう対処すべきか、みこりんなりに必死で考えているに違いない。

 15分ほどしたころだろうか。みこりんはすっかりアイドルであった。我が家でくつろぐのと大差ないほど、うち解けていた。人見知りは、予想よりだいぶ治っているようである。それにしても出されたお菓子一式と飲み物、ほとんど平らげてしまったのには驚いた。保育園でも、お弁当やお昼ご飯はかなりよく食べるそうなのだが、家だとなかなかきちんと最後まで食べてくれないのだ。もしやみこりん、余所だと食い物がいつなくなるかわからないので、一気に食ってしまっているのではあるまいか。その点、家では食い物に困ることはないので、余裕かましているのだ。きっとそうに違いない。逞しき幼児の知恵である。


2000.1.30(Sun)

小雨決行

 先週に引き続き、日曜は雨。ざんざん降りでないのがせめてもの幸い。菜園2号の開墾のため1枚余分に服を着て、庭に出た。
 あいかわらず石ころの多い地面を、快調に掘り進む。冬眠中のムカデやらハサミムシやら、ありんこどもが、ごろごろ出てくる。ムカデは発見と同時に瞬殺である。それにしても、ミミズがいない。いくら放って置いた場所とはいえ、周辺にはしっかり木や花が植わっているというのに、なんとしたことだろう。それほどここの土は、枯れているということなのか。ミミズも通わぬ不毛の大地…。難敵かもしれない。

 11時頃から初めて、2時間あまりで耕すのは完了した。なかなかのペースである。いったん休憩してから、次は土壌改良材の投入だ。
 耕した土を、すべて菜園の脇に取り出さなければならない。底の部分に元肥を仕込むのだ。菜園2号の寸法は、幅約2m、奥行き約80cm、深さ約40cmなので、シャベルですくい出した土の量は約640リットルほどである。
 クルマのトランクから、昨日買ってきた鶏糞3袋とプランタの土8袋を運び出す。それに加えて常備してあるバーク堆肥を3袋、以上を菜園の底に投入し、有機石灰を混ぜながら、元の土とよく攪拌するのである。石を拾うのより、荒れ地を耕すのより、のび放題の草を抜くのより、こうしてシャベルで土をかき混ぜる作業が一番キツイ。降りしきる雨も加わって、全身が蒸気で蒸れたようになる。なま暖かい汗が顔中に噴き出し、気色悪いことこのうえない。寒い冬にかく大量の汗には、真夏の滝のような汗とは対極の、どんよりした重さがあった。

 すべての作業が終わったのが、さらに2時間後のことである。ところが、菜園はいまだ未完成であった。あろうことか、土の量が足りなかったのだ。土壌改良材を、さらに今日の倍は投入しなければ間に合わないほどに。石ころの量が、ハンパではなかったということだろう。さらに、菜園は地面よりも数cmは高くする必要があるから、なおさらだ。来週こそ、来週こそは菜園2号を完成させようと思う。

今回は“ミュシャ”

 夕方、マーゴへ買い物に行った。Licが何か企んでいるらしい。トイレ用品方面へと、さささっと消えてゆく。

 みこりんと『絵』を見たりしていたら、Licが戻ってきた。お目当てのものはなかったらしい。Licが探していたのは、オレンジ色のトイレ用スリッパだという。もともと風水に興味のあったLicが、ここ最近、風水の本を新たに買ってきていたのだが、それによれば我が家のトイレにはオレンジ色が合うのだそうな。

 風水といえば、方角とか色とか小物などをすぐに連想するが、じつは“整理整頓”というのが基本と私は解釈したので、それは普段の生活にもおおいに貢献すること間違いなしというわけで、ここのところいつにもまして部屋の掃除と片づけを心がけるようにしている。部屋の中には、長年にわたって蓄積された“デッド小物”が意外に多い。何かの空き瓶やら、使わない道具類などなど。それらを取り除き、埃をさっぱりと落とせば、確かに雰囲気ががらっと変わる。たんに綺麗になったというだけでなく、空間が生き生きしてくる感じなのだ。部屋の中に、“観葉植物”などを置いたイメージに似ている。そうして部屋を整理整頓したうえで、色彩や小物のコーディネイトなどを行えば、相乗効果で家の中は普段の数倍、心地よいものとなるのであろう。

 さて、オレンジ色のスリッパが手に入らなかったので、今日は久しぶりに『絵』を買うことにした。だが今回は、あまりコレというのが見あたらない。そこでポストカードにしようかということになり、雑貨コーナーを3カ所ほど物色。Licがミュシャ(Alphonse Mucha)の作品が印刷されたものを発見したもよう。今日のお買い物は、これに決定。ポストカードそのものは1枚500円なのだが、額入れサービスをやってくれていたので、追加2000円でちゃんとした額におさまってくれた。

 家に帰ってから、額をかけるためのフックを買い忘れていたことに気づく。Licはひどく残念そうだが、絵を飾るスペースを整理整頓するにはよい待ち時間である。きっと明日には、冷蔵庫手前の壁は、美しくすっきりと絵を迎え入れられるようになっていることだろう。

隙あらば

 真夜中、国華園のカタログを前に唸っている。そろそろ候補を絞り込まねば。
 みこりんは、夕方から熱っぽかったので、早めにLicが寝かしてある。静かな夜であった。

 コタツに入っていると、にゃんちくんがするするっと忍び寄ってくる。膝の上に乗りたいのだ。後方斜め下から、じっとこちらの隙をうかがっているようす。だが今は、カタログを広げているので乗られるわけにはいかない。飛び乗ろうとするにゃんちを、開いたカタログで牽制しつつ、前回選んだ野菜の1つをリストから消し、新たに葉っぱものを付け加えていった。キャベツとレタスは最低でも2種類ずつは欲しいところだ。

 にゃんちがしぶしぶ椅子の上に戻ってゆく。諦めたのか?いいや、そうではない。にゃんちはこちらの油断を待っているのだ。猫はかなり執念深い。

 さらに30分。まだ私は選んでいた。費用対効果や、インパクトなどを考慮しつつ、さらにリストに修正を加えている。一瞬、にゃんちのことを忘れていた。無防備に脇を空けてしまった。この瞬間をにゃんちが見逃すはずもなく、あっと思ったときには膝の上。カタログを押しつぶして、「なぁ」などと鳴く。
 膝からどけると、不服そうにこちらを見上げつつ、再び椅子に戻るにゃんちくん。またあとで遊んであげるからねと、心の中でつぶやきながら、それを見送る私。3秒後には、カタログの世界に没頭である。

 ようやく満足すべきリストになったころ、時計の針は真夜中の3時を過ぎようとしていた。さすがに眠くなってきた。にゃんちをケージに戻す前に、約束通り、たっぷり遊んでやった。にゃんちは楽しいと、ちろっと舌先を見せる。そして喉をならしながら、何度も何度も頭をすり寄せてくるのだ。あいかわらずの甘えん坊ぶりであった。


2000.1.31(Mon)

ミシンの音

 今宵Licが製作しているものは、みこりんの『通園カバン』である。最近のみこりんは、何をやるにも自力でやりたいらしく、前回Licが作った『お着替えバッグ』を、どうしても自分で運ぶといってきかないのだそうな。もちろんみこりんサイズにはできていないので、バッグはずるずる地べたを引きずられているらしい。そこで今回、みこりん専用保育園カバンを作ってやることにした、ということのようである。

 昨夜熱っぽかったみこりん、やはり扁桃腺が腫れていたようで今日は保育園をお休みした。今夜もすでに熟睡中。静かに時が過ぎてゆくなか、ミシンの作動するくぐもった電動音がなにやら心地よい。じっと聞いていると、思わず睡魔が忍び寄ってきそうな予感。

 ただ、このミシン、やや不調のようで、先ほどから何度も急停止しているもよう。貰い物ゆえ、贅沢は言えないのだが、これほどLicが自作に燃えるのならば、新型機導入を検討してもいいかもしれない。そうすれば、カントリー調ふりひら服だってLicは作れるようになるだろう。しかもみこりんとお揃いで。ぜひぜひ作ってもらわねば。


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