1999.12.1(Wed)

 朝、みこりんを起こしに行く。休日はみこりんが一番早起きなのだが、平日の朝は、かなり苦手らしい。ということは、みこりんはちゃんと平日と休日の区別がついてる?たんに、1週間のサイクルを体が覚え込んだだけかもしれないけれど。

 みこりんを起こすときには、まず部屋の入り口あたりでそっと呼びかけることから始める。いきなり本格的な“起こし”にかかると、不機嫌モードに突入するからだ。寝起きは、ゆったりとさりげなく自然に行われるのが心地よい…。

 「みこりん、朝だよ〜」

 大声にならず、さりとて独り言になってしまっては意味がないので、なかなかこの発声を習得するまでは苦労したものだ。何度、みこりんを驚かせて泣かれたことか。

 今朝はこの一言で、むくっとみこりんは起きてくれた。こっちを見て私を確認すると、裏返って両手をつき、座り姿勢となる。私は、そっと寝室へと脚を踏み入れるのだった。

 今朝のみこりんはなかなか機嫌がいいようだ。きょとんとした感じで、目をごしごしこすってる。私がそばにくるまで待って、みこりんは言った。
 「いっぱい食べたよ」
 唐突なフレーズだったが、すぐに“夢”のことを話してくれているのだと想像できた。みこりんの夢は、いったいどんな感じだったのだろうか。つとめて普通の調子で会話にもってゆく。オトナでも起きてしまうと、たった今まで鮮明に覚えていた夢の内容は、あっというまに四散するのだ。慎重に慎重に。

 どうやら保育園で何かを食べていた夢だったらしい。みこりんが、それを“夢”だと認識しているかどうかは、定かではない。が、おそらく、現実にあったことと区別はついていないのではないかと思う(その理由については、11月26日の日記に書いたことが参考となるだろう)。

 夢を、「これは夢だ、現実のことじゃない」と認識できるようになったのが、自分の場合いつ頃だったかを思い出そうとしたのだが、“ものごころ”ついたころにはすでに夢というものを知っていたような気がする。3歳か、4歳くらい。保育園の記憶はあるので、たぶんそのころのはずだ。
 今でも覚えている夢は、どれもこれも悪夢ばかり。親父が死に装束で延々と歩いていくのを見ている夢とか(すでに“死”の概念があったらしい)、自分が寝ているそばにおぞましい化け物が近づいてきている夢とか…。恐い夢の数と同じくらい楽しい夢もあったはずなのに、なぜかこっちはさっぱり思い出せない。そして、私をずっと悩ましている記憶のこと。

 その記憶が、はたして夢なのか現実なのか、今でもわからないのだ。記憶によれば、それは古い映画だった。おそらくモノクロ。しかも洋画のはず。たぶんTVで放送されたのを、家で見た(と思っている)。見ている状況などは一切覚えていない。ただ映画のストーリーと衝撃的な映像が、断片的に記憶されているだけなのだが…。

 黒衣のコート姿の大男が出てくる。たぶん複数。外見は、人類なのだが、じつは彼らには脇腹にもう1対の小さな腕が生えている。人に襲いかかるとき、この小さな腕がシャツを突き破って飛び出してきたような…。
 やつらは、人類をサンプリングしていた。特殊な装置を使って、襲った人間を試験管のような小さなカプセルに閉じこめていたのだ。どうやったかわからないが、人間が数センチにまで縮んでしまうらしい。黒いアタッシュケースの中に、それらのカプセルが保存されていた。

 やつらに対抗する男が一人いた。やつらの弱点は、その脇腹の腕。付け根を捻り上げると、気絶する。そうして、アタッシュケースに閉じこめられた人たちを助け出していた。

 はたしてこれは実際にTVで見たことなのか、それとも私の“夢”だったのか。もし、実在する映像ならば、もう一度見てみたいと思いつつ今日まで発見できず(意外に、古い日本の特撮モノだったりして)。なぜこれほど気になるのか自分でもわからないところが、うらめしい。もし、この内容にピンときた人がいたら、ぜひ連絡していただきたい。

スパロボ64

 ネタバレ注意!





 グレミー・トトを倒す場面。ハマーンとは、共闘ということで両方相手にするのは止めておいた。
 グレミー・トトのファンネルよりも、νガンダムのファンネルのほうが射程が長いのを活かして、ダミーはすべてアムロに始末してもらう。ダミーを破壊しつくしたところで、魂ファンネル攻撃…、のはずが、切り払いを食らってしまった。うーむ。

 それでも魂ハイメガ&ゲッタービームで沈めてクリア。ところが、イヤな予感は的中する。ハマーン登場、共闘は終了である、倒さねばならない。精神ポイントを、少し乱用しすぎたため、若干不安が残る。続きは明日、そろそろエンディングが近づいた予感。


1999.12.2(Thr)

スパロボ64

 ネタばれ注意!





 じつは昨日の夜遅く、日付が今日になってから、スパロボの続きを始めてしまったのだった。残り少ない精神ポイントなので、気力勝負である。

 ハマーンのキュベレイの射程にさえ入らなければ、特に問題とはならない展開だった。安堵しつつも、物足りなさを感じてしまう。進行途中で入る台詞から、どうやらこの面がハマーンとの最終対決らしい。いいのか?こんな手応えのないシナリオで、と思いつつ、νガンダムの遠距離攻撃でキュベレイのダミーを破壊、破壊。最後はダンクーガに経験値を稼がせて終了。結局、クワトロがいなくなったままハマーンを倒してしまった。ほんとうにこれでハマーンは終わりなのか?なんか、あとのほうで“じつは生きていた!”パターンも考えられるが。

 戦後処理を進めようとしているさなか、ムゲ野郎どもが再び来襲!『グラドスの刻印』の影響を受けないらしい。最終話は、『逆襲のシャア』パターンであると聞いているが、ということはムゲ野郎が未だに絡んでくるってことは、まだまだ先は長いのかもしれないなぁ。

 シルキーを仲間にしてないことに気づく。うーむ…、失敗した。

 ところでトールギスIIIの運動性、すごすぎる。ノーマルで190近くあったりする。ゼクスをあまり使ってなかったので、宝の持ち腐れになってるのがもったいないかも。

いつのまに

 がっちゃん!という音に、あわててそっちの方を見ると、ちゃぶ台がひっくり返っていた。そのそばにはみこりんが。ちゃぶ台を裏返しにできるほど、みこりんが力持ちになったとは思えない。…だが、状況は明らかに、『ちゃぶ台返し』の技が繰り出されたことを示しているのだった。

 それに、いつのまにかみこりんは、にゃんきちくんを怖がらなくなった。そばに来ても、平気。あまつさえ、自分からちょっかいをかけに行くのだ。この間まで、にゃんちくんが来ると、大泣きしていたみこりん。いまや、そんな情景は遠い過去の出来事になってしまった。

 保育園で移動動物園が来たときの写真を、持って帰ってきたみこりん。さっそく私に見せに来る。集合写真の一人一人を指さしながら、お友達の名前を教えてくれるのだが、20人からいるみこりんのクラスほとんどの名前を、みこりんが覚えていることに驚く。ちょっとまえまで、せいぜい4〜5人しか言えなかったのに。すでに子供の世界では、仲間意識が芽生えつつあるのかも。
 恐るべき、みこりんの成長力。


1999.12.3(Fri)

マーズ・ポーラー・ランダー

 マーズ・ポーラー・ランダーが、明日の早朝、火星に着陸(予定)。今夜は徹夜だのぅ。

 単位系の不整合で落ちたりしませんように…

 でも、航空機・宇宙機関連で使用する単位系って、あまり一般的ではないため、下請けに出したりすると、よく変換をミスっていたりすることがある。仕様書には単位を明記してあるにもかかわらず、つい、距離はメートル、速度はメートル毎秒というふうに、思いこみが優先してしまうらしいのだ。こういう不具合は、テストで明らかになってから修正ということになるけれど、すべての項目をチェックできたかといえば、なかなか完璧にはいかず………、で、さきごろ墜落した探査機のような事例が起きてしまう(のだろう)。
 成功しますように。

プッチモニ

 プッチモニがすごいらしいと、同僚が言っていた。どれくらいすごいのか?という私に、彼は「モーニング娘。の『LOVEマシーン』よりすごい」のだという。すると、プッチモニの曲も、やはりキャバクラ系音楽なのだろうか。いまだ歌っているのを見ていないので、なんともコメントのしようがないのが悔しい。“すごいらしい”にしては、椎名林檎の『本能』のように、発売まえからビデオクリップがヘヴィローテーションされている雰囲気でもない。そういう戦略なんだろうか?

 ところで、その同僚は『LOVEマシーン』のビデオクリップ集を買ったという。評価はイマイチだったようだが、ビデオクリップを効率よく見るには、やはり SkyPerfecTV! などの音楽専門チャンネルは外せないところだろう。彼も、「そのためだけに」 SkyPerfecTV! に加入してもいいかな、と真剣に語ってくれた。独身な頃なら迷わず加入したのだろうが、所帯を持ってしまえばそうそう自由に金を使えないのは、どこの家庭でも同じとみえる。

 ビデオクリップ集ということで、私が重宝している番組は、SkyPerfecTV!(DirecTV にも同じチャンネルがあるかもしれないが)の MusicJapanTV チャンネルで深夜に放送している MusicBox である。毎日、4時間〜6時間ほど深夜から朝までやっているのだが、30分単位でテーマを決めて、それに沿った曲のビデオクリップを流してくれるため、最新の曲以外(あるいはヒット曲以外)の思わぬ掘り出し物と遭遇したりする。もちろん真夜中にずっと起きるのは、休日ならともかく普通はできない。タイマー録画様々だ。しかしこれにも悩みがあって、どうしても3倍モードで録りたくない私にとって、4時間、6時間というのは現状のアナログビデオデッキではどうにも超えられない壁なのだった。

 そこで気になるのがデジタルVHSだ。モードによっては、丸々24時間連続録画も可能になるようだ。はたしてどのくらい画質の劣化があるのか気になるところだが、デジタル録画の長時間モードって、ソースのデジタルデータをさらに間引いているのか?それとも違う画像フォーマットにしているのか、要調査である。って、すぐに買えるほど、まだ価格がこなれていないのが玉に瑕。録再可能のDVDデッキが普及したとたん、自然消滅したりする危険が、なきにしもあらずだし。DATのように、大容量記録分野で細々と生き続けるのかもしれないが。

 ビデオクリップでよくみかける映像効果で、部分的にピントをぼかすというのがあるけれど、どうも私はアレが苦手である。つい、「ちゃんと見せんかぃ」とイラついてしまうのだ。1曲のあいだに、アクセント程度に使ってる状態なら、特に気にならないのだが、全編にわたり、ずぅっと画面のどこかがボケてたりすると、「他にやるこたないのか?」と、映像作家の感性の貧困さに辟易してしまうのである。これと似た思いを最初に覚えたのが、昔々の「宇宙戦艦ヤマト」だった。爆発シーンで、必ず“ガラスの割れる音”が効果音として入っていたと記憶している。「ヤマト2」からだったような気もするが、それまでの爆発シーンといえば、単調な火薬の爆発だけだったので、ガラスの割れる「ぱりーん」というのは、最初のうちはそりゃもう新鮮に感じたものだ。

 でも、やはり飽きてしまうのである。「ぱりーん」に各種ヴァリエーションがあったなら、こうは思わなかっただろうが、毎回毎回使い回しの「ぱりーん」では、リアルさよりも、不自然さが耳につくようになってしまったのだった。戦艦内部のガラスが、あんな安っぽい割れ方をするのか?など、そういう方面に意識が行ってしまうと、もはや陳腐なだけの効果音にしか聞こえなかった。
 度が過ぎると、何事も嫌みになる。

おばけ

 夕食後のひととき、みこりんがふいに「おばけ、みこりんのおへやにもくるよ」と言い始めた。ちょうどTV画面では、映画『ドラゴン・ハート』が流れており、ドラゴンを指さしては「おばけ!」と喜んでいたので、何か関連があるのかもしれない。どんなお化けがやってくるのかみこりんに聞いてみると、「白い」んだそうである。しかも「小さい」らしい。

 「もうきてるよ」と言って、隣のみこりんの部屋へと通じるふすまを、そぉっと開けるその姿に、なんだか異様な臨場感を覚えてしまう。みこりんが、こんな行動をするのはこれが初めてなので、よけいそう感じるのかもしれないが…。

 5mmほど開けた隙間から、じっと中を見つめるみこりん。「おった」と言う。見せてといって、私も覗かせてもらったが、「白く」て「小さい」ものは、どこにも見あたらない。「いないよ?」と、もっと詳しく「おばけ」の居所を聞いてみたら、「さんりんしゃのとこにおる」と教えてくれた。
 みこりんの赤い三輪車は、ちょうど目の前2m。暗がりで鎮座しているその姿には、特に変わったところは見あたらない。いったいみこりんは、何を「おばけ」だと主張しているのだろう。まさか、本当に私には見えないものを「見て」いたりはしないだろうな…。

 「ほら、あそこにおるやん」と、熱心に教えてくれるみこりんだったが、うまくみこりんと話を合わせるべきか、どうしようか迷っているうちに、「おばけ」はいなくなったらしい。「もう、いないよ」と、みこりんは、何事もなかったようにお絵かきを始めるのだった。

 その後、お風呂に入っているときに、再び「おばけ」のことをみこりんが話題にし始めた。だが、今度はしきりと「おばけ、こわくないよ」と言うもので、「おとーさんは?」と何度も聞かれた。「一人なら怖くないけど、いっぱい来たら怖いなぁ」と言っておいたが、何度も自分に言い聞かせるように「こわくないよ」と繰り返すところを見ると、どうやらみこりんは「おばけ」が怖くて仕方がないのではと思えてくるのだ。

 みこりんの部屋に出るという「おばけ」と、今、みこりんが「こわくないよ」と言ってる「おばけ」は、もしかすると別物なのかもしれない。そういえば、湯船で一緒に温まってるとき、こんな遊びをやった。浴槽の蓋を半分ほど閉めて、蓋で隠れたところに何かがいると想定して「手を入れたら、噛みつかれた」り、「引っ張られた」りと…。そら、怖がって当然か。すまぬ、みこりん。もうお風呂の蓋で遊ばないから、怖がらなくてもいいんだよ。って、もはや手遅れだったりして。


1999.12.4(Sat)

マーズ・ポーラー・ランダー!

 日本時間午前5時15分。地上波、衛星放送ともに、関連放送はなさそう。マーズ・パスファインダーのときとは、えらい違いである。民放には最初から期待なぞしていなかったが、こういう分野では最後の砦と思っていたNHKが、中継の1つもしないとは、やや意外。
 そういうわけで、Webで流されている NASA TV だけに集中する。公式サイトは、さすが気合い入れて構築したというだけのことはありそう。さくさくつながる。だが、こちらはあまり現在の情報がつかめない。

 さて NASA TV のほうである。日本時間午前5時30分すぎ。そろそろ着陸した探査機から信号が入るはず。だが、なにやらモニタに表示されているスタッフの表情が険しいではないか?いやな予感がする。私の“つたない”ヒアリング能力をフル稼働させて、NASA TV の音声を解読していたが、まだ信号が届かないらしいことがわかる。着陸直前までは、うまくいっていたはず。どうしたのだろうか。

 やがて NASA TV のほうも一段落。新たな情報は入らなくなってしまった。漠然とした不安だけが残る。

 ようやく午前7時になり、地上波のニュースで探査機のことが触れられるようになった。やはり、着陸後の信号が届いていないようだ。アンテナの向きが、ずれている可能性の指摘。

 正午まで、定時のニュースではその後、情報が得られなかった。進展がないということだろう。
 午後になり、探査機に対してコマンド送信が試みられたことを知る。おそらく探査機は、アンテナを移動させつつ地球を探しているはず(故障してさえいなければ)。待つしかない。それにしては時間がかかりすぎているような気もするが(セーフモードに入っている可能性も)。

 結局、今日中にこれ以上の動きはなかったもよう。明日に期待。

餅つき

 みこりんの保育園では、今日、餅つき行事がある。去年は、私とLicの両方が風邪でダウンしてしまい、みこりんは今年が最初の参加となる。

 餅つきが始まるのは午前10時から。でも、9時半から歌の遊びがあるとかで、我が家でヒットしている「おいものうた」も聞けるらしいのだ。ぜひ生で見てみたいものだと思っていたのだが、徹夜がたたってしまった。ものすごい睡魔と、今朝の猛烈な冷え込みで、すっかり気力消耗。なにしろ今朝は初氷を発見したほどである。玄関においてある睡蓮鉢の表面に、うっすらと氷が貼っていたのだ。
 結局、出かけたのはぎりぎりの時間。保育園では、まさに今、餅つきが始まったところであった。

 臼と杵を使った餅つきは、母方の実家で見たのが最後である。今から20数年前のこと。暮れの重要な行事ということで、親戚一同集まって盛大に餅をついていたのだが、だんだんと集まることもなくなっていた。叔父や叔母が、いつのまにか年をとり、私は家族といるより友達といるほうが楽しくなってきた年頃でもあった。電動餅つき器が、うちの実家に登場したのも、ちょうどその頃。なので、餅つきとは“ぺったんぺったん”というより“ぐぉんぐぉん ぴーーー”のイメージのほうがリアルである。
 我が家には、現在手動電動問わず餅つき用具は装備されていないが、どちらを選ぶかそろそろ決めねばなるまい。臼と杵というのはとても魅力的だが、置き場所の問題は重要である。それに値段、いったいいくらぐらいするのだろうか。どこに売っているのかもわからないが、一度調べてみなくては。

 さて、みこりんを1時間後、迎えに行くと、みんな花餅づくりの真っ最中であった。“花餅”というのは、この地方独特の風習らしい。手頃な木の枝に、まるで紅梅白梅が花盛りに見えるよう、紅白の餅を小さくちぎって巻き付けてゆくのである。そして正月には、それを飾るのだという。まるで粘土で遊ぶような感じなのと、見た目が綺麗なので、子供達も楽しそう。みこりんを探すと、いたいた、手に作りかけの花餅を持って、とてとて歩いていた。

 みこりんの花餅は、まだ花の数が少なかった。Licが追加の紅白餅を持って戻ってくる。さっそく枝にぺたぺた貼ってゆくみこりん。上手にハサミを使って切れ目を入れたりして、真剣に遊んでいるようす。粘土遊びそのものといった感じ。実際、みこりんによればこの紅白餅は、粘土であるらしいのだ。いくら「お餅だよ」と教えても、「ねんど!」と言う。たしかに形状は、餅というより粘土に近いのだが。
 二人とも、花餅のまえにたっぷり“できたての餅”を食べたとかで、お腹がすかないようだが、私はそろそろ限界である。園長先生が“お開き宣言”をしたのを頃合いに、帰ることにする。みこりんは、しっかり花餅を手に持って離さない。ここぞとばかりに、カメラのシャッターを切る。この映像を、年賀状の写真に使おうという魂胆である。

 家に着いても、玄関前の花壇を背景に、みこりんにポーズをとってもらい激写する。だが、なぜかみこりんはポーズのときに花餅を離してしまうので、苦労した。みこりんにとって、撮られるときの“ポーズ”とは、自分の両手でほっぺたを“ぎゅ”することのようで、それはそれで可愛くてグーなのだが、今はこの花餅を持っていることのほうが重要だ。フィルム2本分撮影したが、はたして使えるカットは入っているだろうか。

 午後、さっそくマーゴのフィルムラボでプリントしてもらった。なんとか今年のネタは確保できたことがわかり、安堵する。

今日の園芸

 昨日、サカタのタネから花のカタログが届いた。“ゴッホのひまわり”、やはり面白そうだ。花弁の縮れ具合が夏っぽくてさまになるし、半八重というのも変わっていて見栄えがする。約10粒入って315円は、通常の品種の約2倍だが、買ってもいいかなと思わせる品だ。

 あと目に留まったのは、タネではなく苗だが、“スズランの木”と“バリエガータ”という木である。スズランの木は、全体のカタチがすっきりと美しいのと、葉の色が鮮やかなオレンジ系で目立つ。バリエガータのほうは、まるで雪が積もったかのような白さが引き立っている。こいつが庭に植わっていれば、とてつもなく目立つことだろう。だが、写真で見る限り、かなり大きくなるようである。我が家の庭では、植える場所がないのが残念だ。コンパクトに切りつめてしまうと、魅力半減だろうし。

 それにしても、“グロッバ”や“ジ・スペクタビリス”などを見ていると、国華園のカタログかと思ってしまう。世界には、いまだ知らない変わった草花がたくさんあるのだろう。一生の間に育てることができる植物の数など、たかが知れているのだが、もっとたくさんの植物を見てみたい、育ててみたい、変わった花を咲かせてみたいという欲望はとどまることを知らず。


1999.12.5(Sun)

『ビッグ・ウォーズ』!

 レンタルビデオ屋が95円セールをやっていたので、借りてきた作品である。普通なら借りてまでは見ようという気がおきなかったのだが、95円ならばたとえ失敗しても、心理的なショックも少ないというものだ。

 タイトルどおり、荒巻義雄の原作をOVAにしたもの。架空戦記ものでは、第一人者といえる人だが、私はこれまで彼の作品は一度も読んだことはない。というか架空戦記と言われる小説全般に、手を出したことがないのだ。ノンフィクションの戦記ものはけっこう好きなのだが、架空ということならばSFのほうを選んでしまう。架空戦記ものに対するイメージが、なんだか“古くさい感じ”というものだったので、積極的に読もうと思わなかったのだ。
 だがこの作品は、架空戦記ものとは少々違うようである。まぁ未来の架空戦記ということならば、その通りなのだろうけれど(それをいうなら、銀河英雄伝説なども架空戦記だし)。

 さて、ビデオをセットして見始めたのが午前中。終わる頃には、ちょうどお昼という時間帯である。最初、みこりんと一緒に見始めたのだが、2歳3ヶ月のみこりんにはハードすぎたようだ。最初、飛行機などが出てくる場面では、じっと画面を見つめたりもしていたが、10分もすれば飽きたのか自分の遊びに熱中し始めてしまった。

 みこりんの遊び相手をしながらだったので、細かな描写などはだいぶ見逃したようである。だが、全体的な評価としては、もう一度真夜中にでもじっくり見たいなというもので、悪くはない。どうでもいい作品なら、少々見逃しても、まぁいいやとなってしまうのだが。それにしても『ID4』より前の作品なのだが、神々の攻撃機が乱舞するシーンは、つい既視感を覚えてしまうのだった。雰囲気的にそっくりである。『ID4』の表現効果が、この作品に影響されたとしても、なんら違和感がないくらいに。
 ただ、神々の高機動兵器に対して、いかにも鈍重そうな地上巡洋艦の砲撃は、なんだか滑稽な感じであった。そこまで戦局がやばいところにあるのだという、描写だったのかもしれないが…。でも地獄内部の肉弾戦の様子は、なかなかスピーディで良かったと思う。

 あとで調べたところによれば、原作は『神撃つ赤い荒野に』というタイトルで1981年に登場していることがわかった。18年前のことだ、かなり古い。そもそも『ビッグ・ウォーズ』シリーズの、最初の巻が出たのが1978年である。なのに本屋でみかけた記憶がないのは、そのころはSFといえば海外作品にばかり目を向けていたからなのだろう。日本の作家で当時気にしていたのは、平井和正、小松左京、眉村卓くらいだったから。
 ちゃらちゃらしてない重厚な感じの日本SFという意味では、懐かしい思いのする作品であった。

お買い物

 夕方からWOWOWで放送される『女優霊』の録画予約を済ませてから、恒例のお買い物に出撃である。デオデオの安売り&ポイント倍増セールを逃してはならない。

 デオデオにてS-VHS10巻セットを2箱購入。年末年始と、いつもよりエアチェックの回数が増えるので、これだけ買ってもすぐになくなってしまいそう。Licは、安楽椅子(マッサージチェアともいう)で極楽気分を味わっている。3台並んだ展示椅子に、みこりんと並んで座っているのだが、みこりんに私も座るように勧められてしまった。…が、さすがに家族そろって3台とも占拠してしまうのは、気が引ける(すでに2台占有してるので、たいした差ではないかもしれないが)。なおも勧めてくれるみこりんを残し、さきにレジで会計を済ませておくことにした。

 買い物が終わると、すでにLicとみこりんは冷蔵庫方面で遊んでいる様子。我が家の冷蔵庫は、いちおう3ドアなのだが、冷凍庫が狭い、野菜室が狭い、左開きなのが不便と、かなり問題が発覚している。買い換えてもいいかなと思っている家電の筆頭なのだ。
 電気代の問題も含めて、最近の新型冷蔵庫は高機能のようである。庫内のいたるところにベンチレーションの穴があったりして、なにやらメカメカしい雰囲気。だが、価格が20万近くもするのがネックである。制御部品やマイコン、モーターなど含めても、これだけの値段になるものなのか、いまいち理解できない部分もあったりする。高性能な冷却装置が高値安定の一因だろうか。

 BOSEのカタログを手に、デオデオを後にする。次は本屋である。
 グレッグ・イーガンの『順列都市』を、ついに上下巻とも買うことにした。海外SFを買うのは、久しぶりだ。面白そうなのがなかったからではなく、文庫本の値段が高かったからだ。新書版とほとんど変わらない値段の文庫本って、なんだか違和感ありまくり。内容がハードかソフトかに関係なく、安く手軽に読めるのが“文庫本”だった時代は去ってしまったのか。
 それでもいたるところで話題にのぼるイーガンと『順列都市』は、押さえておかねばなるまいと思わせるに十分だったのだ。

 定期購読しているみこりんの絵本も、忘れずに買う。移動のクルマの中で、さっそくみこりんに読み聞かせてやった。“さらちゃんさらちゃん”という語感が、みこりんのツボにはまったのか、1回読んでやっただけで、あとは自分で音読しはじめたのだった。もちろんみこりんに文字はまだ読めない。記憶力と、絵とで補完しているらしいのだが、通しで最後まで絵本を音読したのは、おそらく今日が初めてではなかろうか。

 家についてからも、何度も何度も音読しているみこりん。そうとう気に入ったらしい。読み終わるたびに「もっぺん?」と聞いてくるので、私たちは「もっぺん読んで」と言うのだった。


1999.12.6(Mon)

マーズ・ポーラー・ランダー!!

 いやな空気が漂っている。MPL本体からの信号が来ないのはともかくとして、着陸時に切り離したはずのディープ・スペース2の2機からも、信号が届かないというのは、最悪の事態を予感させてしまう。計3機から一切の音信が途絶えているということは、着陸そのものに失敗したのではないかと思わせるに十分なシチュエーションだ。

 ま、まさかとは思うのだが、着陸高度の単位系不整合で、着陸体勢に入る前に地表に激突しちゃったとか…………………。しかし、先の探査機が落ちたときに再確認のテストは地上でやってるはずだし、抜けがあったとは考えにくい。
 なんにしても現場が火星では、遠すぎて確認のための船を出すってわけにもいかないし。真相が明らかになるのは、下手したら人類を火星に送り込んだあとになるのかも。機能停止中のローバーを、“復活”させて極までえっちらおっちら走らせるわけにもいかんだろうしなぁ。


1999.12.7(Tue)

余裕の朝が…

 いつもより、1時間も早く目覚めることが出来た。風邪気味のLicは、もう少し寝かせといてやろう。みこりんを起こさないように、そぉっとリビングへと降りる。

 日課の、お弁当作りと太陽光発電のメーターチェック、それにお魚の餌やりに、ピーコの世話までやっても、まだまだ時間が余っている。なんて清々しい朝なのだろう。なによりも、ストーブをつけなくても暖かいってのが、うれしい。ぽかぽか陽気の気分で、朝ご飯を食べていると、Licが血相変えて2階から降りてきた。

 何事!?と思ってLicを見る。慌てているらしい。まだ出勤まで余裕で1時間もあるのに、と思って時計を見る。ほら、まだ午前9時20分だ。あと1時間は大丈夫…………。

 だめじゃん。9時20分だと、もう家を出てなきゃ。どういうわけか、私は時間を1時間勘違いしていたのだった。つまり、起きたのはいつも通りの時間だったというわけだ。なぜ1時間早く起きたと思いこんだのか、今でも理由がわからない。思いこみの力とは、恐ろしいものである。何度も時計を確認していたにもかかわらず、“1時間早い”イメージによって、時計の針がたとえ9時を回っても、出勤時間が11時からであるかのような錯覚をしていたらしい。

 これまで、時間が進む錯覚ならば何度か経験している。大慌てで会社についてみれば、じつは1時間も早く来てしまっていたなど、だ。こういう場合は、失ったと思っていた時間が、じつはこれからなのだという安堵感が残るが、今朝のようなのだと、一気に大損した憂鬱気分へと急降下である。だが悔しがっていてもしょうがない。とにかく遅刻しないように急がないと。

 支度しているうちに、みこりんが熱っぽいことにLicが気づく。私も確認してみると、たしかにほんわか熱を持っている感じだった。“みみっぴ”で検温するも、室温が低すぎで検出不能。高感度なセンサがあだとなったか。Licは今、急ぎの仕事を抱えているらしい。ならば今日は私が会社を休むとしよう。幸い、仕事はそこそこ見通しが立ちつつあるので、大丈夫である。有給休暇の残りは心許ないのだが、いつか休日出勤して振り替えればよい。

 Licを会社へと送り届けたあと、みこりんをかかりつけの小児科に診せに行った。待合室は、みこりんサイズの女の子とそのお母さんペアが3組と、赤子とお母さんペアが2組という状況。比較的空いているといえる。しかも若いお母さん達は、みんな美人であった。なんという幸運。
 美人に囲まれた(いや、単に同室してるだけなんだけど)おだやかな空間を堪能していると、ほどなくみこりんが呼ばれる。すっかり診察慣れしたみこりんは、『ひくっ』とも泣かなかった。さすが日頃からキティちゃんの診察セットで遊んでいるだけのことはある。

 風邪ではなかったようだ。だが、咳と鼻水が長引いているということで、それぞれお薬が出ていた。市の福祉政策により、幼児の診察代は払わなくても良いので、実費分(水薬用の容器代)50円だけ看護婦さんに渡して帰宅する。みこりんが、クルマの中で「おとうさん、かいしゃいかなくていいの?」と言ったのが印象的だった。書き言葉にすると、さらに大人びた感じであるなぁ。

お留守番

 病院から戻ったのが、午前11時。まだまだ時間はたっぷりある。いい天気なので、布団でも干そう。シーツも洗おう。洗濯物も干さなくては。
 布団を上げたあとは、お掃除お掃除。部屋の片づけもしないと。

 なんだかやることが多い。みこりんが、良い子で一人遊びに熱中しているのをいいことに、ちゃかちゃか家事を片づける。たまに、みこりんが「みて!」とか「これつくって」と呼びに来るので、そちらの対応も忘れずに。

 2階の窓を全開にして風を入れる。冷たいけど、心地良い。今日は風が強いようだ。
 がんがん洗濯してから気が付いたが、干すところが一杯だ。乾いてきたものから順次取り込み、収納する。みこりんもお手伝いしてくれた。以前から、みこりんがビニール袋など大きくて薄っぺらいものを持っては、ぶんぶんぶんと上下に振ることがあるのに気づいていたが、お手伝いしてもらってようやくその出典が判明した。洗濯物を干すとき、取り込むときに、ぱんぱんとしわを伸ばす動作をするが、あれをみこりんは真似ていたのだ。我々の動きをよく見ているなぁと感心する。

 さて、午後になって布団を取り込む時間。シーツと布団の間に潜り込む子供ならではの遊びを、みこりんはやってくれた。私も覚えがあるが、干しあがったばかりの布団で遊ぶのは、たいへん気持ちのいいものだ。お日様の匂いで脳天がくらっとしたりするのも、たまらない。思わずみこりんと一緒に、布団にダイブしたくなったが、「これはみこりんの」と領土宣言するみこりんによって阻止されてしまった。残念無念。

 すっかり昼間の家事が一段落したころ、ちょっと早いけどLicのお迎えに行くことにする。クルマに乗せれば、みこりんもお昼寝するだろうし、との魂胆あり。
 装着3分で夢の中のみこりんを乗せて、どうやってLicの退社時刻まで時間をつぶそうかと考える。みこりんが寝ているので、やはり本屋がいいだろうとの結論に至る。じっくり本屋を散策するには、みこりんが寝ている今がチャンス。だがしかし、チャイルドシートから降ろすときに失敗して、みこりんを起こしてしまったので、目論見は達成できず。時間が余ってしまったので、ホームセンターに花でも見に行くことにした。ところが、夕方が近づくにつれて、風の冷たさがハンパではなくなってきており、寒さでみこりんも押し黙っているようすなので、近くのスーパーまで待避することにした。ちょうど小腹も空いてきたことだし。

 店内では“2割引セール”のオンパレードだった。そういえば、昨日CMで言ってたような記憶がある。何のセールかは忘れたが、安いことはいいことだ。ふと目に付いた子供服コーナー。ひときわ輝いて見えるワンピースを発見!手にとって手触りを確認する。やはり流行のフリースだ。しかも裾にはヒョウ柄模様。胸にもヒョウ柄のぼんぼりが2つ。みこりんが指さして「さくらんぼ!」と言った。
 こいつを買おう。値段は?と値札を探り当て、1900円というのに安堵する。安いではないか。だが、ここで重大なことに気が付いた。同じ柄で色違いのワンピースも吊ってあったのだが、それにはこのもこもこした柔らかいセーター(というのか、シャツというのか、薄手の毛織物だ)がくっついてないようだが?
 どうやらワンピースと、中身のセーターは別売りであるらしい(当然か)。しかしながら、このブラウン系で統一された組合せは、まるで最初からセットになっているかのようにはまりすぎている。中身の値段は1600円。二つ合わせると、3500円か。カスミチョウ1匹相当……、と考えれば、安いものだ。よぉし買おうではないか。この組合せで。

 念のため、みこりんに「これどう?」と見せてみると、自分から胸をそらして両手を下にぴんと伸ばし、合わせてくれといわんばかりの姿勢をとってくれた。さっそく合わせてみたが、みこりんのためにここにあったかのごとく、それ以外の用途が思いつかないほど、みこりんに似合っていたのだった。もはや迷うことはなかった。

 ふと、背後から店員のお姉さんが声をかけてくる。「サイズわかりますか?」
 無論である。我が子のサイズくらい暗唱できいでか。「90です」
 「こちらにいいのがそろってますよ」と言う。すでに購入を決定しているのだが、もうしばらく会話しててもいいかな、と思わせるほど心地よい声のお姉さんである。しかし、そろそろみこりんのトイレタイムだし、お腹もぐぅぐぅいいだしているので、遺憾ながら早めに切り上げることにした。目的の品を指し示し、「これがよさそうなのだが」と言うと、色違いもあるんですよ、とのこと。中身のセーターが紅茶色と白。ワンピースで茶色と黒という、全部で4種類の組合せがあるらしい。店で独自にアレンジしたもののようだ。
 お姉さんが1つ1つ組み合わせて、みこりんに「どう?」と聞いているのだが、みこりんは、じっとお姉さんを見上げて、固まっていた。相変わらず人見知りなみこりんである。
 それらの組合せの中でも、やはり最初に目に付いた茶色のワンピースに紅茶色のセーターというのが、最適に見えた。ということで、購入。梱包してくれた袋を、さっそくみこりんが持たせてというので、渡してやった。だが、みこりんが持つにはヒモが長すぎるため、ずるずると引きずってしまう。やはり私が持とうと手を伸ばすと、「みこりんの」と右手を高くあげて引きずらないように持ち直すみこりんであった。見るからに重そうだが、本人が満足しているならOKである。

 そのままマクドナルドでベーコンレタスバーガーセットをテイクアウトし、Licのお迎えに向かった。みこりんは、大好きなポテトをむさぼり食っており終始無言であったが、ときどき「はい、どうぞ」とポテトを食べさせてくれる気づかいを見せる。ほんに、よく気の付くお嬢ちゃんである(親ばか)。

スパロボ64“ムゲの宇宙へ”

 ネタバレ注意!





 地球に再び来襲したムゲ野郎どもは、あっさり殲滅した。
 ムゲの宇宙まで侵攻するか、地球にとどまるかの選択肢が出る。どうせやるなら徹底的にと、“ムゲの宇宙へ行く”を選んだ。がしかし、付いてくるのはスーパー系な方々と、ガンダムWの面々、それにレイズナー。スーパー系は、ダンクーガとゲッター以外、ぜんぜん育てていないため、明らかに戦力になりそうになかった。ガンダムWのほうは、トロワとヒイロだけがなんとか2回動き可能というレベル。主人公の戦力が際だっている状況だ。なので主人公だけをつっこませる戦法となる。

 ここでようやくダイターン3が使えるようになったが、精神攻撃で気力低下してしまってはまったく役に立たず。
 主人公と主人公メカの独壇場であった。極力精神コマンドを温存するようにしたが、デスガイヤー破壊後、ムゲ帝王が出現してしまったので(HP約6万)、使わざるを得なくなる。案の定、一度倒しても復活するし。結局、ダンクーガのフル改造熱血断空光牙剣2発で完全破壊。ムゲの最後は、なにやらOVA『ゴッドブレス・ダンクーガ』を思い出す。

 ほっとするも、謎の敵が出現。例のゲッター自爆のイベントで出てきたヤツだ。必中が使えないスーパー系は、みんな役に立たず、頼みの綱のダンクーガの熱血一撃も、命中率90%でかわされてしまい、目の前真っ暗。クイックセーブ技が現在使えないため、たいへんスリリングである。が、犠牲を出しつつもHPを1万まで削ったら撤退していってくれた。ほぅ。

 こうしてムゲの宇宙は消滅した。わずか1話分だったが、それまでの地球人同士の戦闘に飽きつつあったので、よい中休みであった。
 無事ムゲの宇宙から帰還すると、…おお、シャアが復活している。『逆襲のシャア』の再現ってことは、これが最終話(前編)なのか?クエスがいる。彼女は説得できると聞いていたが、好感を持ってないキャラなので、問答無用で潰しておく。ダミー相手には射程外からの遠距離攻撃の戦術。デビルガンダムも、ダンクーガの覚醒による連続攻撃で、あっけなく潰し、残るはシャアただ一人。
 ダミーを全部潰したあと、ぐるっと包囲して、さぁ誰でとどめをさそうかと考える。やはりここはダンクーガであろう。努力を使って、稼がせてもらおうではないか。

 結果、ダンクーガが49と最高レベルになった。そろそろ2回動きできるといいんだけど。
 このまま後編へと入ると思わせて、まだ続きがあるようだが、今夜はもう遅いので、明日にしようと思う。


1999.12.8(Wed)

初霜

 朝から太陽光発電装置が1.2kWの発電量を示すほど、いい天気だった。だが、一歩外に出ると、あまりの寒さに打ちのめされる。クルマのフロントガラスには、うっすらと霜が降り、庭の草花も、なんだか飴色に見えた。おそらくこの冬初めての霜である。

 霜が降りると何が嫌かって、フロントガラスに貼り付いた霜を溶かす作業である。出勤前の慌ただしいさなか、なかなか溶けない霜&氷はフラストレーションの元凶なのだ。
 じょうろで水またはぬるま湯をかけて溶かすのだが、寒さが厳しい朝など、溶かした先からまた凍結してしまって、よけいひどくなったりもする。来年こそは、ガレージに天井をつけなくてはなぁ。

ダンシング・サンタ

 ダンシング・サンタが流行っているようである(正式名称は“Jingle Bell Rock Santa”であるらしい)。私も先日、マーゴで円陣を組んで踊り狂う彼らを目撃した。
 みこりんも、すっかり釘付け状態でやつらの妖しげに単調な踊りを見つめていた。まるでメトロノームのごとき繰り返しは、もしかすると催眠攻撃であったのかもしれない。なんと、昨夜みこりんが突然に、やつらと同じ踊りを踊り始めたのだ。人形のようなやつらの顔が、いっせいに“にやり”と笑ったようなイメージが、強烈に脳裡に浮かんだ。

 だが、見よ。みこりんの踊りを。やつらの踊りが悪魔の舞踏とすれば、みこりんのは天女の羽衣である。サイズ的にやつらのちょうど倍しかないみこりんが、ゆらゆら腰を左右に振る図は、絵的に似通ってはいるが、受けるイメージがぜんぜん違うのだ。しかもみこりんは、やつらと同じく両手を頭上に掲げ、髪の毛をしっかと握っているのだが、その奥で輝く黒い瞳には、魔を一掃するかのごとく幸福に満ちた光があった。

 みこりんによって、我が家の平穏は何者にも脅かされることはないであろう。むうぅぅ、怨敵退散、悪霊退散。あ、いま、にゃんきちくんが、人間みたいな顔して“にたっ”と笑ったような…

科学技術諸々

 “地上で無重力状態を作る”装置を、東北大金属材料研究所と通産省工業技術院大阪工業技術研究所の共同チームが開発したとの報道あり。強力な磁力によって、重力と反対方向に物体を浮上させることで、合力0の状態にするらしい。
 東北大といえば、1989年だったかに、ジャイロの左回り(右回りだったかな?)のほうが軽くなるという研究結果を発表して驚かせてくれたのを思い出す。今回の研究が、安価に大規模なシステムとして完成可能なものなら、これはかなり画期的なことのように思うのだが、どんなもんなのだろう。

 “H-II 7号機、開発中止”の報道あり。やはり、という感じ。H-IIAに人とモノと金を集中したほうが、現実的なのは確か。それにしても、新聞各紙の科学担当記者が書いた記事の中に、H-II が先月のを含めて過去8回打ち上がったことになってるのがあるのは何故だ?基礎的な下調べもせず、適当な記事を書くだけで飯が食えるとはねぇ。

 関連してロケットシステムが大幅なリストラ策を発表。この会社がまだ設立されていなかったころ、研究室の教授に「設立当初から参加できれば、面白いよ」と就職先として勧められたことを思い出す。私が宇宙関連の仕事を指向していたのを、考慮してのことだった。結局、商社的な仕事には興味がなかったので辞退し、開発メーカーの道を選んだわけだが、あの当時、HOPE(宇宙往還機)の想像図がいたるところに登場し、まさに宇宙は未来そのものであった。より現実的になったということは、夢の実現に近づいた事でもあるのだが、このまま沈没してしまわないようにふんばらねばなぁ。


1999.12.9(Thr)

臼と杵

 どうやら金物屋さんで買えるようだ。Webを探ってみたところ、『餅つき道具』のページを発見した。一式揃えると、通常ならば約9万5千円(2升5合用)ほどかかるようだが、このページでの販売価格は6万9千円という。一生モノと考えれば、買えない金額ではない。

 ちなみに、電動餅つき機の場合だと約2万円程度らしい(1升以下)。餅を気軽に食うということから考えれば、電動のほうが明らかに便利そう。3人家族だと、3〜5合程度で十分だろうし。しかも餅つき機には、餅以外に、パン生地をこねるという技も装備しているらしいのだ。
 なんか、すでに結論は出ているような予感もするが、Licと相談してみようと思う。

D-VHS

 こういうページを発見したので、最近のAV(アダルトではない)事情のおさらいをしておく。D-VHSの24時間モード、思ったよりは酷くなさそうな感じ。危険な香りぷんぷんである。

怖い事例

 琉球新報『春奈ちゃん殺害・大都会の事件のようだが』(1999年11月30日(火) 朝刊 社説)

 報道によって、いかようにも事実がねつ造されるということの見本。恐ろしや恐ろしや。


1999.12.10(Fri)

ふぉふぉふぉふぉ

 昨夜から、Licが編み物を再開している。先日完成したみこりんの着ぐるみに続く、自作第二段ということになる。今シーズンまでに間に合うといいのだけれど。ちなみに、編んでいるのはセーターのようである。

 模様のサンプルがいろいろ載っている本などを、寝る前に見ていたので、横から覗いてみた。すると、スペシウム光線を放つウルトラマンの姿がそこに!。ハサミを構えているのは、バルタン星人。次のページも、その次のページも、我らがヒーロー、ウルトラ兄弟勢揃いであった。ウルトラマン特集の、編み物の本であるらしい。

 どれがよい?と言うので、「セブンがいい」と即答したのだが、セブンのサンプルはほとんどないようだった。なぜだ。なぜセブンがこんなに少ないのだ。タロウは、こんなに充実しているというのに。耳飾りをとったら、そっくりさんだというのに。

 ふと、リアルタイプのバルタン星人模様が目に止まる。かなり良い。ダークな雰囲気全開である。さっそくバルタン星人をリクエストした。みこりんも、“バルタン星人”という単語に、敏感に反応しているようす。そこで、お約束の両手をハサミ状に構えて「ふぉふぉふぉふぉ」とやってみたところ、みこりんに「ちがうよ」と言われてしまった。そして、みこりんがバルタン星人のお手本を見せてくれたのだった。

 その姿を、いったいどう表現すればよいだろう。頭の高さに持ち上げられた両手の先は、まるでカマキリのように曲げられており、「うらめしやぁ〜」と言えばそのまま“幽霊”にもなり、「踊る阿呆に見る阿呆」と音楽が流れれば“阿波踊り”とも言える構えであった。そして、みこりんは「おふぉふぉふぉふぉ」と言いながら、手の平を「おいでおいで」するかのように、ひらひらと振ったのだった。

 こっこれが“バルタン星人”!!大胆なアレンジである。このような動きを、少なくとも私はやったことがない。みこりんが自力で編み出したのか。それにしても、そのきゅっと曲げた口元は、面白すぎるぞみこりん。この映像は、ぜひともビデオで残しておかねばなるまい。

信じられん

 長らく子供ができなかった夫婦に、やっと兆しが見えかかった場合、普通そっと見守るもんだろう。できたできた!と周囲が大騒ぎするのは、当事者の女性を追いつめるだけだ。できたかどうか確実にわかってないのに、できていたとしても安定期に入るまでは予断を許さない状況が続くというのに、「産まれる」のを当然のようにはしゃぎまくるのは、人間として最低な行為だと、私は思う。なぜ待てないのか。

 日頃、女性の権利向上を説き、セクハラを糾弾するのは、やはりただのパフォーマンスということなのだろう。この国には、まともな報道機関は皆無ということに、今更ながら暗澹たる気持ちになる。

スパロボ64“リアル系コンプリート”

 ネタバレ注意!





 再開したのは昨夜遅く。
 ドモンがアクシズ内部に突入する、後編からの続きである。通路に整列しているサイコガンダム&MkII を、1機づつ遠距離攻撃で潰してからは、どんな増援があるのか、どんなイベントが発生するのかと、期待しつつちびりちびりと進めてゆくのであった。…が、特に変わった仕掛けもなく、奥の広間まで到達。“触手”の中央が、いかにもなグラフィックだったが、やはりそこにデビルガンダム出現。HP回復の隙を与えず、波状攻撃で破壊したが、やはり復活する。新スパロボのときも、3回くらい復活したような記憶があるので、そのつもりで精神ポイントを温存しつつ、なおかつHP回復させないよう1ターンで沈めてしまう戦法をとる。

 だが、復活はこの1度きりだったようで、やや肩すかしを食った気分。特にイベントもなく、デビルガンダムをあえて最後に絡ませたにしては、存在感がないシナリオだった。Gガンダムに思い入れのある人には、こういうのが受けるんだろうか?どうもデビルガンダムがらみの話は、“デビルガンダム”さえ出てくれば万事OKみたいなノリを感じてしまってしょうがない。特に、今回のスパロボ64におけるデビルガンダムの扱いは、無理に登場させて、結局うまく消化しきれなかったような印象である。“ムゲの宇宙”に行かず、地球に残っていれば、何か重要な絡みがあったのかもしれないが。

 さて、いよいよ次が『逆襲のシャア』本番のようだ。つまり、これが最終話直前ということなのだろう。『逆シャア』を模した前振りのあと、戦闘開始である。今回の勝利条件は2段階。まずはラー・カイラムを、アクシズに乗せなければならない。それも、指定された場所にアクシズが到達するまでに。とはいえ、その後の勝利条件が“敵の全滅”になることはわかりきっているので、今のうちから布陣にも気を遣っておく。

 敵の命中率がかなり上がっているので、“かく乱”を惜しみなく使う。ゼクスのトールギスIIIが、異様な活躍である。移動直後に使える武器が、強力でかつ射程がほどほどに長いというのがポイント。
 今回もクエスは説得せず破壊。おぉ、ギュネイが怒っている。ガトーがようやく2回動き可能で登場していた。コウをぶつけると、何か会話イベントがあったのだろうか。

 最終話直前ということもあり、各種イベント&増援を期待していたのだが、何事も起きる気配がない(ビグザムがちょこっと増援で登場したくらい)。淡々と撃墜していき、最後に残ったのはシャアとガトー。主人公の遠距離砲でダミーを破壊しつくしたあと、結局トールギスIIIで両名とも、宇宙の藻屑となってもらう。ダンクーガを温存しておいたのだが、無駄に終わってしまった。
 アクシズの破片の一部が、結局地球落下軌道に入ってしまった!というイベントを、少しだけ期待していたのだが……。アムロに「νガンダムは伊達じゃない!」と言わせつつ、落下阻止イベントに入るとか……。

 リリーナの演説を最後に登場させるのならば、もっと早くからシナリオに“活きた”カタチで絡ませておかないと、あまりに唐突な感じで違和感ありまくり。でもまぁ、これでとにかく地球圏には平和が……、と思っていたら、例の謎の敵が出現する。“銀河を護る者”という設定か。安易なネタではあるが、スケール感を出すにはそこそこ成功してはいるかな、と思う。スパロボの戦闘マップで、銀河系外っていうのも目新しいし。
 ただ、“相手の破壊”という以外の道があれば良かったのにとは思う。スパロボのシステムのままでは、それが難しいのはわかるのだが、シミュレーションRPGというわりには、戦闘ばかりというのも、そろそろ限界なのではないかな。

 3体の“銀河を護る者”は、それぞれ1回復活したが、すでに我が軍の戦力はほぼMAX値に改造してあるので、わりと簡単に攻略することができた。ダンクーガが2回動き可能になっていれば、さらに楽勝であっただろう(結局、レベル52まで上がったが2回動き可能にはならなかった)。

 エンディングである。
 語りの背後に、ちょっとしたカットが入ってれば、もっとよかったのになと思う。黒字に白の語りだけでは、スケジュールとカネの都合でエンディングにまで手が回らなかった、どこぞのアニメーション映画のようではないか……。

 などと言いたい放題しているが、今回のスパロボ64は、かなりがんばっていると思う。特に中盤付近(グラドスの刻印発動のあたり)には、ぞくぞくするような緊張感があり、“たかが”ゲームと思っていた私の認識を若干改めさせることに成功している。戦闘システム主体で、会話イベントなどもほんの少ししかないというメディアでありながら、背後に流れる“物語”の存在をしっかり感じ取ることができた瞬間は、じつに爽快な気分だった。惜しむらくは、その勢いが終盤、ほとんど感じられなくなってしまったことだ。淡々と既定路線を踏襲しているかのようで、躍動感は消えてしまっていた。
 惜しい。だが、大化けはしなかったが、まるでスパロボ・シリーズに一区切りついたかのような作品には仕上がっていたので、よしとしよう。


1999.12.11(Sat)

『スタートレックまるごと24時間』

 『スタートレックまるごと24時間』が、スーパーチャンネルで始まった。今年も『ヴォイジャー』が連続で流されるわけだが、レギュラー放送枠で過去に放送された22話以降の、24話分が対象である(22話付近のサブタイトルリストで比較すると、若干食い違いがあるようだが)。

 もちろんS-VHS標準録画の準備は万全。すでに12本分の空きテープは確保してある。去年は、録画中にブレーカーが落ちること数回というありさまだったが、今年は太陽光発電装置の導入に合わせて電源回りを強化してあるので(50Aへの移行、配電盤の交換など)、そちらの心配も無用である。炊飯器が炊きの佳境に入ろうが、電子レンジを使おうが、もはや何の憂慮もない。視界はすべてクリア、システム・オールグリーンな心境で、ゆったりとその時を待つのみ。

 明日の午後5時まで、長い長い時間の始まりである。


1999.12.12(Sun)

『スタートレックまるごと24時間』鑑賞中

 午前4時。あと1時間で小休止が入る。2時間の中断のあとは、再び午後5時までノンストップ。

 ホットカーペットに寝ころんで、TVモニターを見上げるカタチ。部屋の灯りは、先ほどすべて落としておいた。どうして今回は“灯りを消す”ということに、最初から思い至らなかったのか。暗闇に浮かび上がるヴォイジャーの姿は、見違えるようにリアルさを増したのだった。不覚である。

 Licとみこりんは、すでに寝室で熟睡中だ。こうして一人、闇の中で宇宙空間を飛翔する滑らかな船体を見ていると、つい、独身寮にいたころのことを思い出す。あの頃も、こうして真夜中、スタートレックシリーズ(当時はTNG“新スタートレック”)を見ていたものだ。平日だというのに、おかまいなく、翌朝のことなど考えもせずに、ただひたすら“SF”を堪能した。エンディングが終わると、開け放した窓から、じっと夜空の星々を見上げ……。そのまま夜明けまで起きていたことの方が多かった気がする。いろいろと悩み多き時代でもあったし。

 独身寮を離れて5年が立つというのに、こうして今、同じようなシチュエーションでスタートレックシリーズを見つめていると、時間感覚が消失しそうな予感を覚える。忍び来る“睡魔”によって、脳の一部はすでに半覚醒状態にあるのかもしれない。危険なくらい、“快感”である。

 ところで、ヴォイジャーにはこれまでのシリーズにはない、どこか猟奇的怖さがある。人体への改造ということならば、TNGにおける“ボーグ”が代表的エピソードとなるのだが、あれは機械と人体との融合という意味で、どろどろとした“溢れる血”を感じさせないものだった。ところがヴォイジャーには、臓器移植で生きながらえている異星人“ヴィディア人”が登場する。去年、初めてそのストーリーに触れたとき、久しく思わなかった“純粋な怖さ”というものを感じた。今回の放送では、まだ奴らが登場していないが、それ以外でも例えば“限界速度ワープ10”のエピソードもなかなか恐い。急速にヒト遺伝子が進化するのだが、その形態描写が、かなり生々しいのだ。しゃべっている最中に、進化の結果不要となった“舌”が、“ぐぼっ”と吐き出されたりする。さらに、はるか未来へと進化した図は、一見“サンショウウオ”なのだが、よく見れば前足しかない。しかも体色は肌色。“あの”艦長が、そいつになってしまったのだと思うコミカルな笑いよりも、不条理な怖さのほうが大きかった(ただ、このエピソードでは、産まれていた子供を現地に放置するという、およそ「艦隊の理念」に反したことをあっさりやってしまったので、脱力はするのだが)。

 さて、午前5時。これから2時間休憩が入る。午前7時からの2時間分を録画予約しておけば、4時間の自由時間だ。一眠りするとしよう。無事、目覚ましで起きられればよいが・・・。

そして朝

 平日も、これほど目覚めがよければいいのにと思うくらい、目覚ましが鳴ったと同時に意識が戻る。午前8時45分。予定通りだ。さっそくヴォイジャーの続きを見るため、階下へと急ぐ。録画テープも入れ替えなければ。

 『2つのヴォイジャー』で、ついにヴィディア人が登場した。射殺後(麻痺させてるだけかも?)、すぐに臓器を取り出せとか言ってるのが、いよいよ恐さを倍増させる。出産直後の女性を発見して、赤ん坊がいるはずだと、探す……、や、やめて。そのネタは、私の鬼門である。赤ん坊を“どうにかする”のだけは、自分が死ぬのを想像するより、はるかに恐い。

 『ケイゾン総攻撃 前後編』。ケイゾンによってヴォイジャーが奪取されてしまう。それを奪い返すために動き出す緊急用医療ホログラムのドクターと、殺人者として監禁されていたスーダ、それにシャトルで脱出していたパリス。おいしすぎるシチュエーションだ。こういうエピソードに、私はかなり弱い。特に、スーダには注目である。何に出ていたのか覚えていないのだが、たしかスーダ役の俳優さんには見覚えがある。その時も、どこか異質な殺人者として描かれていたような…。はまり役といえる。ツボックとの精神融合の結果、殺人衝動を抑えることに成功していた彼だが、艦を取り戻すために、再びヴァイオレンスの世界へと戻らなければならなくなる。どう料理してやろうかと舌なめずりするほど、料理のし甲斐のある設定だ。

 期待が高かった分、ラストには少々不満が残るものとなった。スーダは生かしておいてこそ、あとあとエピソードを膨らませることができたと思うのだがなぁ。それに裏切り者のセスカも死んでしまった。もっともっと悪どい所業に出て欲しかったが、残念だ。

 そして午後5時。長かった『まるごと24時間』終了。24話分あれば、佳作、秀作から凡作、駄作まで、いろいろあるのは当然なのだが、今回のセレクトでは、比較的良作が多かったように思う。TNGよりも冒険活劇の色合いが濃いという点も、うれしいところだ。自爆指令が頻繁に出されるほど、緊迫する局面が多いっていうのも、いい感じ。今後ますます面白くなっていきそうな予感である。

小屋掃除

 『まるごと24時間』を、ただひたすら堪能していてもよかったのだが、年末が迫っていることもあり、あとで地獄を見るよりは、分散処理しておいたほうが得策。というわけで、今日は砂ネズミ&ロボの小屋掃除である。保温されているリビングに置いてあるので、冬とはいえ油断大敵。敷き詰めたチップが、いい感じに香っている。こいつをなんとかせねば、いずれ正月は獣の香り充満するなか迎えなくてはならなくなる。

 まずはもっとも強烈な香りのチャッピー小屋から。古いチップを捨て、ケージを洗い、タオルで拭いて、さぁ新しいチップを入れようとしたときだ。なんという失態。あると思っていた替えのチップが、どこにもないのだ。記憶のなかでは、たしかにバックアップを買ったように思うのだが…。
 録画中の『ヴォイジャー』は、テープ交換まであと1時間。それまでに新しいチップを買って、帰ってこなくてはならない。街まで車で20分なので、寄り道しなければ大丈夫。

 私が出かけるのを敏感に察知したみこりんが、一緒に行くと言い始めた。昨日から『まるごと24時間』モードに入っているので、みこりんとあまり遊んでないのだった。よぉし、連れていこう。
 短いお買い物タイムだったが、みこりんは買い物袋を持ってくれたりして、楽しそう。帰りのクルマの中では、満足したのかぐっすりお昼寝。チューちゃん達にも、はやく新しいチップの布団に替えてやらねば。


1999.12.13(Mon)

『激しい季節』

 WOWOWの日本映画特集ということで、なんとなく見てしまった作品。田辺誠一と高橋理奈が主演。

 薄幸そうな線の細い女ということで、高橋理奈はなかなかいい感じである。ケバくないのが、よい。
 ふとした交通事故で加害者と被害者として出会った男女が、互いに惹かれ合うのだが、じつは女の方はヤクザの親分の妻であった、という設定。男の方が、女のために会社を辞めるところまでは、まぁそこそこ違和感もなかったのだが、だんだんズレてくる。
 ヤクザが自分の女をそうそう簡単に手放すはずもなく、男の家族や婚約者にも被害続出。たまたま高校時代の親友“タケシ”が、そのヤクザ組織にいるのだが、彼もまた、男のために(女にも密かに思いを寄せているので、彼女のためにやっているとも言えるが)ヤバイことになってしまう。

 そこまで周囲に迷惑をかけていながら、男は自分勝手な正義とやらを貫こうとする。「逃げない」などとカッコつけて、親分に「彼女をください」と直談判。阿呆である。妻と話しをするから待っていろと言われて、ぼうっと待つ男。その間、女はぼこぼこにされ、タケシは命を落としながらも、親分どもと差し違えるのだった。タケシは、最後まで“男”であった。
 それにひきかえ、主人公のほうの男は、結局何だったのか。ワガママ放題の、お坊ちゃんとしか見えない。結局、棚ぼた式に、女をゲットしたわけだが、「なにやっとんじゃ、おまえ」という思いだけが残る終わり方だった。

 禁断の愛を貫き通すのだという設定にしては、男と女の“離れがたいどろどろとした愛”がまったく描かれていないのが、致命的である。そこまで大迷惑をかけても、なお、「おぉしょうがない、おまえらは一緒にいたいのだな」と、こちらを納得させるだけの動機付けが欠けていた。
 おざなりなベッドシーンでお茶を濁すようなハンパなことをせずに、もっと激しく激しく獣のようにむさぼりあうような演出が随所に入ってれば、かなり説得力はあっただろうに。精神的なつながりの重要性を見せたいのかといえば、特にそのようなシーンもないし、結局、主演の二人の役者を、ただ“出したかった”だけという程度にしか理解できないのである。

 脚本の永原秀一はかなりのベテランのようである。松田優作主演の『蘇る金狼』も手がけているのだが、あれは原作に助けられたということか。今回の原案は加納佳代。どうも新人っぽい。だが、やはり監督である君塚匠の力量不足が、失敗の最大の原因なのだろう。君塚匠か、覚えておこう。二度とひっかからないために。


1999.12.14(Tue)

年収査定

 昨日のことだ、私宛になにやら大きな封筒が届いており、Licが興味津々で「開けてよい?」と言う。カタログの申し込みはしてないし、送り主に心当たりもなかったのだが、思い当たることといえば、『無料年収査定』というページで申し込みをしたことくらいか。先週の金曜日のことだ。こんなに早く結果が届くかな?と思いつつも、開封してみれば、まさしくその『無料年収査定』結果が入っていた。

 別に転職願望があるわけじゃなく、ただの好奇心だった。自分の時価がいかほどなのかっていうのは、気になるところだ。特に、職歴や専門性に基づいた算定になるので、研究開発職に従事する身としては、自分の専門分野が世間一般ではどの程度の評価になるのか、だいたいの把握もできそうだし。もちろん、算定基準となるサンプルの偏りなどがあるはずなので、精度をあまり期待してはいけないけれど。

 さて、私の年収査定結果はといえば、1.5倍にはなるらしい。だが年功序列の典型的日本企業では、これほどの差は出ないだろう。やはりポイントは外資系か。あるいはベンチャー企業か。具体的な企業名を挙げて、ここならこのくらい、という一覧表も欲しいところ。
 ところで、技術者の値段を考えるとき、いつも思い出すのが『パトレイバー劇場版』である。その中で、レイバー用OSの開発部門に属するから収入も多いみたいな台詞があるのだが、現実の総合重工業では優秀なシステムエンジニアであろうが何だろうが、等級に応じた収入になっており、成績の査定結果がマックス値であっても、それによる上積みは微々たるもの。そして、等級には、専門性はほとんど考慮されることはない。
 ヒット商品の開発者に、特別ボーナスを与えるくらいはあるかもしれないが、重厚長大産業では悪しき平等主義は容易に崩れないだろう。特許を取得することで報奨金があったりもするが、特許収入による配当分が年収に多大な影響を及ぼすなんていうのは、非常に稀だ。

 技術立国・日本などと言ってみたところで、巨大システムを支えるメーカーの技術者への待遇など、特別なものではない。本人のやる気だけに依存したシステムじゃ、遅かれ早かれ破綻するのは、ある意味、必然ともいえる。技術バブルがはじけて、本当の意味で技術立国となるのは、横並びの給与体系が崩壊するまで待たねばならないだろう。技術への正当な評価を怠ってきたツケが、出てきてるんじゃなかろうか。


1999.12.15(Wed)

言ってみるもんだ

 昨日は職場のお偉方との懇談会があった。定時のあと、およそ3時間あまりのタダ働きである。晩飯が豪華という特典もなく、会社指定業者による仕出し弁当は、あいもかわらず「よくぞここまでまずいものよ」と感動すら覚える品だったし。だが、こういう機会でもないと、上層部に意見することもできないので、存分に活用した。

 職場環境への不満ということで、いわゆる“事務椅子”に長時間座ってのソフトウェア開発は意味のない苦行であり、ちゃんとしたOAチェアを導入してほしいというのを申し入れておいたのだが、驚くべき事に、今朝出社してみると、どこかに死蔵されていたと思われるOAチェアが、私の机にセッティングされていたのだった。言ってみるものである。トップが交代すると、このように職場環境は快適になるものか。

 たしか数年前に、同じような要望を出した人がいたのだが、椅子の体裁に極端なこだわりのあるらしいトップには受け入れられなかったようで、自腹を切っての持ち込みさえ禁止というありさまだった。もちろん、OAルームと称する、共用マシンの部屋にはちゃんとしたOAチェアが装備されているが、いまでは開発用のマシンなぞ一人一台以上という時代である。わざわざOAルームで、割り当て時間を気にしながら開発するようなことはしない。自席で、ほとんどの作業ができてしまうのだ。結果、いつも無人のOAルームには快適なOAチェアが転がって、常に作業をしている各自の椅子が、ただの事務椅子という、どうみたっておかしな光景がまかり通ることになる。

 係長になれば肘掛けが付き、課長以上になれば、クッションの分厚いカバー付き、というのが一種のステイタスと感じる人もいるのかもしれないが、現場じゃ職務内容に応じた設備を使うのが当たり前なのだから、オフィスにあっても、きちんと適用しなくちゃね。

明日から出張

 今日の夜から、移動である。しばし、みこりんともお別れ。保育園に連れていったとき、ぎゅーしておいたが、毎日抱き抱きしていないと禁断症状が出そうな予感。

 行き先は、新入社員研修で3ヶ月ほど過ごした場所だ。偶然というのか、運命というべきか、11年前のそのとき、Licもちょうどその街にいたという。Licとは2ヶ月ほどのニアミスだったが、Licの妹がこの年から高校生としてその街にいたそうなので、そちらとは遭遇していた可能性はある。なにしろ小さな街の出来事だから。

 中学・高校・大学の期間よりも、働きはじめてからの年月の方が長くなっていることに、ふと気づく日々。何気なく日常を送っているが、少年の頃想像していた30代とは、はたしてどんなだっただろう。もっと激しく“オッサン”かと思っていたような気もするが、あまり実感がない。そうしているうちに、みこりんが自分の少年時代と同じくらいの年頃に育ったりするのだろう。当たり前なのに、なんだかとても不思議な気持ちである。


1999.12.16(Thr)

研修初日

 今日から2日間、朝から晩まで研修漬けとなる。普段10時出勤しているので、8時半からの開始に間に合うように起きられるかが、最大の不安材料だった。そのため、わざわざ愛用の目覚まし時計も持参した(たしか前回の記憶では、宿泊用の部屋には目覚まし時計が用意されていなかったはずだし)。幸い、部屋には目覚まし時計が1つと、ラジオ付き時計まで装備されていたので、計3個の目覚ましにより、無事6時半に起きることができたのだった。枕が固くて寝苦しかったのも、よかったのかも(いいのか?)。

 ここの研修センターで何が楽しみかといえば、“三度の飯”である。私が所属している岐阜の事業部で出される飯は、殺人的にまずい。だから相対的に美味く感じるというのでもなく、絶対値で“美味い”のだ。この研修センターだけでなく、兵庫地区の事業所の飯は相対的にレベルが高いのは、やはり『食い倒れの街』が近いからか。
 ところがである。朝飯はともかくとして、昼飯に異変を発見!おかず2品にラーメンとご飯というメニューだったのだが、麺の質が明らかに落ちていた。それでも岐阜で出されるものよりははるかに美味いが、以前のような滑らかな口当たりの良さがない。ここのラーメンは、記憶に残るほどうまかったはずなので勘違いとは思えない。イヤな予感が浮かぶ。

 6時間後、ようやく晩飯タイム。期待と若干の不安で、お盆を取る手にも力がこもる。
 1品目。刺身である。ハマチ、マグロ、イカの3種類が盛られているが、さすがに鮮度は良さそうである。なにしろ岐阜でごくまれに出される刺身は、凍っていることのほうが多いのだから。海がすぐそばにあるというのは、それだけで価値がある。
 2品目。豚の生姜焼きである。む?以前よりも薄くなったような気がする。しかも熱くない。油がはねるほどの焼きたてを食わしてくれてたはずだが…。
 3品目。豚汁である。さきほどの生姜焼きに意識を取られていたのですぐには気がつかなかったが、具が少ないようである。あふれんばかりに盛られていたはずなのに、これではただの味噌汁ではないか?
 続いて4品目……、え?これで終わり!?まだお盆には15cm四方の空きがあるのに?お盆に乗りきらないほど品数を誇ったあの勇姿は、いったいどこに!?

 何度でもおかわりOKの飯を茶碗によそい、空いた席を探す。とにかく、食って確かめてみなければなるまい。
 一番奥まったテーブルに陣取り、いざ、勝負。

 飯粒の1つたりとも、汁の1滴たりとも、残すことなく腹に収めた。心地よい満腹感である。あと1品でも増えていたなら、やや苦しんだことだろう。30も過ぎるとこのくらいがちょうどよい。年齢構成にあわせてメニューを変えている可能性は、十分に考えられることだ。
 食材の質はたしかに落ちている。イカの歯ごたえに、かなりの落差を実感した。しかし、素材が悪くなった分を、作りの丁寧さと味付けでカバーしているように感じられた。さめてもべとつかないとか、濃い味付けでごまかしていない、などなど。

 経費節減の余波を受けても、料理人の意地は頑として動かず。なんとありがたいことであろう。どこぞの業者のように、質の向上を名目に値上げしておきながら、どんどんまずくなる一方なのとは雲泥の差だ。会社の食堂以外でも、岐阜と神戸では食へのこだわり具合が、根本的に違うような気さえする。
 岐阜に来てからは、週末ごとに大阪出身の同期のやつと食い物屋めぐりをしたが、ハズレの割合が非常に高かったのだ。味付け具合が、関西出身の我々とは合わないのだ、という同情的な見方もできなくはないのだが、箸でつまんだらぽたっと切れるようなのを、“うどん”とは呼ばないぞ、普通。海の幸に不自由している分、山の幸、川の幸が充実しているようでもないし、食い物のことより大事なことがいっぱいあるのだろうか、岐阜地方って。それがなんなのか、ちょっと簡単には思いつかないけれど。


1999.12.17(Fri)

研修最終日

 ところで研修内容だが、発想法の訓練をやっている。『スパーク発想』というらしい。いろいろアイディアを出すとき、無意識のうちに“もし、これが○○だったらどうだ?”とか“使う立場の人に立ってみると?”などとやることと思うが、これを体系だてて技法にまとめているのが特徴である。この方法論に従ってアイディアを考えていけば、何もせずに思いつきでやってるよりも、確実に多くの考えを巡らすことができる(らしい)。

 昨日は例題ということで、一般的なテーマについていろいろアイディアを考えていたが、今日は実際に担当している実務をテーマに、アイディアを出さねばならない。ちょうどいい機会なので、方法論を駆使してさまざまにアイディアを出してみているのだが、なるほど確かに行き詰まることが少ない感じだ。いろんな方向から見方を変えているので、堂々巡りに陥ることもほとんどない。純粋な技術的問題にはあまり役に立たないだろうが、突破口を開くのには使えそうだ。

 この研修は、今日考えたアイディアの成果を2ヶ月半後に提出することで終了となるのだが、問題は講師が社外の人ということだ。あいにく私の仕事内容は、社外秘なのだ。ぜんぜん関係ないテーマで逃げるという手もあったが、限られた時間でテーマ設定からアイディア出しまで完了しなければならなかったため、それもできず。結局、伏せ字だらけのテーマとアイディアになってしまった。なんだかとってもいかがわしいものを開発しているように見えるではないか。うーん、これならまだ“趣味の海水魚飼育”からテーマ選定したほうがマシだったかも。
 なんにしても、いちおうアイディアは出たので、仕事に役立てられれば儲けもんである。


1999.12.18(Sat)

行方不明

 ない。どこにもない。みこりんに聞いてみたところ、「お庭におった」というので、さっそく二人で捜索開始。

 だが、寒い思いをしただけであった。いったいどこに消えたというのか。
 いなくなっているのは、サーキットの狼仕様ミニカーのうち、カウンタックとストラトスと、トヨタ2000GT、それに加えて後から買ってきたHONDA S2000である。先々週、みこりんがウッドデッキのデッキチェアの上に、ずらっと並べていたのは覚えている。その後、数日間はそのままになっていたはずだ。

 ロータスとミウラ、ポルシェの3台は、Licによって保護されたらしい。きちんと棚に戻ってきていた。このときはまだ、残りもそこらへんに落ちているのだろうと、さして心配していなかったのだが、今日になっても残りが姿を見せないことに不安になって、こうして大捜索を開始しているのである。
 座敷を筆頭に、部屋掃除と片づけも兼ねながら、すみずみを探しているのだが、その姿は杳として知れず。どこぞでカメの背中に乗っていたりすれば、それはそれで興味深いが、この世界が誰かの夢なんていう可能性はかなり低い。行方不明のミニカー達は、この家のどこかにいるはず。

 結局、午後いっぱいかけて探しても見つかることはなかった。あり得ない。我が家にあるのだとしたら、発見できないはずがないのだ。……ま、まさか。みこりんは、たまにスプーンや食器などを、ゴミ箱に入れてしまうことがある。大部分はちゃんと流しに戻してくれるのだが、何らかの判定基準によって、ゴミ箱行きになる場合があるのだ。
 行方不明になってから、すでに2週間。ゴミ箱も、少なくとも3度は換えた。もし、万が一そこに入っていたのだとしても、もはや我が家には残っていないことになる。

 年末の大掃除がおそらく最後のチャンスである。そのまえに、みこりんが思い出してくれるといいのだが。


1999.12.19(Sun)

あっぷ・だうん・だうん・れふと・ちゅー

 何度かみこりんが起こしに来たように思ったが、ようやくしゃきっと目覚めてみれば、すでに午後1時過ぎ。夜更かしがたたってしまった。それにしてもこの寒さはハンパではない。部屋ごと冷蔵庫になってしまったかのような“陰鬱な冷気”が籠もっているではないか。

 「雪!雪が降ってる」と、Licの声。玄関を開けてみれば、低い空の上から、ちらちらと細かいものが舞い降りてくるのが見えた。背骨まで凍りそうな寒気を感じた。

 4時ごろまで、ごろごろと過ごす。ちょこっと水槽の水換えをしたほかは、ほとんど実働なし。寒いと何をするにも、おっくうになる。そろそろ買い物に行かねばと準備を始めると、タイミングよくみこりんがお昼寝から覚めてくれた。マーゴに行くのを、幼児の恐るべき勘で察知したらしい。今日は5%オフの日なので、クリスマスプレゼントを買う予定だ。

 さて、みこりんへのクリスマス・プレゼントは何がいいだろう。漠然とイメージしていたのは、ショベルカーなどの大型建設機械のオモチャである。最近のみこりんのマイブームは“ショベルカー”らしく、朝晩のお迎えのとき、途中の工事現場でたたずむそれらを指さしては「ねんねしとる」とか「うごいとる」と報告してくれるのだ。

 売場を探索していると、Licが「これは??」と持ってきたものがある。そっ、その迷彩色の威風堂々たる勇姿は、陸上自衛隊『74式戦車』ではないか。ラジコンらしい。ぐらっと心が傾いた。「こいつはいい。いいよ、うん」と心の中で相づちをうつ。少年時代、ほとんどの男の子が憧れるように、私もラジコンにはまっていた時期がある。
 リアルタイプのカウンタックやセリカを保有し、友達のF1とレースさせたりもした。既存のマシンに飽きたらホバークラフトに改造したり、技術の授業で偵察車輌を作ったりもして、遊び倒したものだ。戦車のラジコンも、当時、かなり食指が動いたのだが、多チャンネルのプロポの値段の高さに、断念したのだった。Licの持ってきたやつは、スケールもディテールも、かなりのレベルにあると思われた。砲塔も旋回すると書いてあるので、少なくとも3ch以上のプロポを使うのだろう。これで値段は1万を切るという。かなり魅力的だ。
 しかしみこりんにラジコンを操作できるかといえば、まだ早いような気もするのだ。自力で「ぶっぶー」と動かす方が、楽しんでくれそうな予感。

 別の棚を探してみることにした。ゴジラ2000の巨大な人形がハバを効かせていたが、子供向けというより、マニア向けの商品っぽい。なんとなく場違いだな〜と思いつつ、ふと後ろの山を見ると、ショベルカーがあった。かなりでかい。全長40cmはあるだろう。子供向けとは思えないほどリアルな造形である。思わず手にとって舐め回すようにチェックする。

 私もこういう“リアルタイプ”の、可動ギミックが随所に織り込まれたオモチャが好きだった。小学生の時、フォークリフトのリモコンを買ってもらったことがある。
 ところがフォークの上下運動に使われていたチェーンが、よく外れてしまい、あまり遊ぶことなく別れたような。分解できない構造だったので、自力では修理できなかったのだ。
 あれの操作もかなりマニアックだったが、このショベルカーも相当複雑そうである。ぱっと見に、4ch分の操作スティックが確認できた。パッケージは、いかにも直輸入な雰囲気ぷんぷんの英語オンリー。日本語の注記が貼り付けてあるのはお約束。定価9800円のところが3.5割引の6370円! はぁ…、なんでこんなに安いのか。マニアックすぎて売れずに、在庫処分になってるのかも。だがやはり、みこりんにはまだ高度すぎる。こいつが来年もまだ商品化されていることを願いつつ、別の道を探ることにした。

 みこりん的には、シルヴァニア・ファミリーの人形やら小道具に興味を惹かれているようなのだが、植毛加工の人形ゆえ、よだれでべとべとになることが予想される。これも来年以降におあずけだろう。いよいよどれにするか、お手上げ状態になってきたとき、Licが「これは?」といって指さしたもの。ポケモンのガシャポン・マシンであった。まさに暗雲から、さっと光が差し込んだような気がした。そうだ、たしかにみこりんはこういう自販機が好きである。ついさっきも、本物のガシャポンを見つけて、取り出し口に手をつっこんでいた。これならみこりんでも存分に遊べるだろう。よぅし、これに決定だ。
 こうして無事、みこりん用プレゼントを確保したのであった。

 残るはLicへのプレゼントである。「ドリキャスでよい?」と問えば、「それは自分が欲しいんやろ」と突っ込まれはしたが、根っからのゲーマーであるLicが、ドリキャスを却下するはずもなく、結局、私とLicの共用ということで、購入を決定。キティちゃんヴァージョンと、ノーマル仕様とで若干の迷いはあったが、値段の安さでノーマル仕様に落ち着く。我が家では、インターネットをわざわざドリキャスでやる必要もないという、当たり前な理由もあるが。
 もちろんソフトも一緒に買う。Licは『スペースチャンネル5』。私は『サンライズ英雄譚』。Licが『スペースチャンネル5』を選んだのは、やや意外。というのも、秋頃に私が「モロ星人に踊らされる人々を、踊り返して救出する面白いゲームがあるんだよ〜」とネタ振りしても、ほとんど興味を示さなかったからである。
 どうやらLicは、私が出張に行ってる間、TVでレビューを見たらしいのだ。うららちゃんの踊りをモーションキャプチャで取り込んだ時のモデルとなったお姉さんが、コスプレして出ていたのだという(うーん、それは見たかった!)。あの動きと音楽を見れば、たしかに購買意欲はそそられることだろう。

 夕食後、さっそくドリキャスのセットアップを行う。みこりんも興味津々でお手伝い。おそらくコイツが何者か、知っているもよう。手にはコントローラが確保されている。さすがLicの娘である。
 ヴィジュアルメモリを初期化して、『スペースチャンネル5』を起動した。デモムービーなどを期待したのだが、コントローラの主導権はみこりんにあり、あっさり STARTボタンでスキップされてしまった。いきなりゲーム開始である。
 いわゆる“音ゲー”なのだが、モロ星人の踊りとタイミングを完璧に記憶に頼ってトレースするので(画面に指示などは出ない)、けっこうスリリングかもしれない。それにしてもうららちゃんの踊りというか動きというか歩きは、独特の魅力がある。一昔前のCGにありがちだった、重力感のない歩き方とは、隔世の感を禁じ得ない。厚底靴で、じつにリアルに歩みを進めるさまは、感動的でさえあった。

 だがやはり、私的にはうららちゃんの“声”に、急所をつかれた思いだ。素人臭さを残しつつ、じつはかなりできるなと思われるその声は、今も耳に残っている。「ちゅーちゅちゅちゅー」と頭の中をぐるんぐるん回っているのだった。宇宙スーパーモデルのファンキーな踊りも、かなりきてるけど。

 『サンライズ英雄譚』のほうは、結局ドリキャスを寝室まで持ち込んで、布団に寝転がりながらのプレイとなった。スパロボのようなイメージを持っていたのだが、ぜんぜん違う感じである。中途半端なRPGといおうか、むかーし(15〜6年前)あったような紙芝居型アドヴェンチャーゲームのような雰囲気がする。
 第2話で、いきなりクラウドシップを放棄(あとで復活するか?)したのに驚く。アムロが一年戦争当時のキャラで登場。ヒイロやデュオとのギャップが大きい。まだ模擬戦闘しかやってないが、戦闘システムは戦術シミュレータのようで、慣れるのに時間がかかりそう。まだほんの“さわり”しかやってないのでなんとも言えないが、タイトルに『サンライズ』と入れてしまう開き直りに、ちょっとだけ期待である。


1999.12.20(Mon)

触ってみる

 心地よい目覚めであった。たった1枚、敷き毛布を追加するだけで、これほど寝心地に違いがでるとは。“ほこほこ”で“もこもこ”なラブリーな手触りの布は、カラダにも気持ちよいということか。
 みこりんも起きたようである。私を確認すると、ちっこい手足を“うーん”と伸ばしたあと、うつぶせになって両手をついた。腹筋がまだ弱いみこりんは、いつもこうやって起き上がる。が、今朝は手をついた姿勢で固まっているもよう。怪訝そうな顔だ。

 みこりんは、「なんだこれ?」と言いたげな顔つきで、何度も敷き毛布を撫でているのだった。昨夜みこりんは、お風呂から上がった後、リビングで寝入ってしまったため、寝床がこのように改良されていたことは知らない。だから、いつもと違う手触りに興味を惹かれているのかもしれない。なにしろ昨日買ってきたこの敷き毛布は、にゃんちくんの毛皮よりも柔らかく、いったん触れてしまうと二度と離れられない快楽を与えてくれるのだから。

 やがてみこりんは、敷き毛布に手を触れたまま、私の方に顔を向けた。口には出さないが、「なぁにこれ?」と台詞の入った吹き出しが浮かんでいるシチュエーション。「敷き毛布だよ」と教えてやると、「そうか、しきもうふか」と納得するみこりん。未知との遭遇を終えた開放感か、いつになく晴れやかな顔で立ち上がり、「だっこ」と手を広げるのだった。

ダンシング・サンタ再び

 お風呂上がりに、しばらくリビングでTVを見ていると、画面の端っこにオブジェとして使われている“ダンシング・サンタ”が踊っていた。みこりんも気づいたようだ。なにやらうずうずしている感じ。

 「サンタ踊ってたね」と言うと、「おどっとる、こうやっておどっとる」と両手を頭上に掲げ、くぃっくぃっと腰を左右に振ってくれた。Licが夜なべして作った着ぐるみを着ていたので、ほどよくほわほわ感があり、みこりんはまさに動くぬいぐるみのように見えた。

 それからしばらくして、ふいに気になったのでみこりんに聞いてみた。「サンタって何する人?」
 みこりんはクリスマスも知ってるし、サンタも知っている。けれど、両者がどういう関係にあるのか、これまで教えたことがなかったような気がしたのだ。はたしてみこりんはサンタが何者か知っているだろうか?
 じっと私を見上げてみこりんは、答えてくれた。

 「こうやっておどるひと〜」くぃっくぃっくぃっくぃっ。

 な、なるほど。絵本以外で見たサンタって、ダンシングサンタしかないもんな。…サンタが実は地球外生命体で、超テクノロジーを駆使するってことを、どうやってみこりんに告げればよいか、悩むところである。


1999.12.21(Tue)

積雪

 いつものように起床。いつものように、ふすまを開けて、一歩脚を踏み出そうとして異変に気づく。尋常ではない寒さが、横たわっている!

 咄嗟に階段の窓から外を見やると、一面の銀世界。この冬“初”の積雪であった。昨夜の天気予報では、日本海側は雪になるが太平洋側は晴れと言っていたので、すっかり油断していた。まずい。非常にまずい状況だ。なぜなら、時刻はすでに8時半を回っているのだから。

 雪が積もると、道路は“のろい”クルマで大渋滞となる。しかも、今日のような突発的、かつシーズン初となれば、雪道仕様にしていないクルマが大多数なので、よけいひどい有様となることが予想された。我が家のクルマも、まだスタッドレスには換装していないのだ。とにかく、路面の様子を確認しなければ。

 窓から道路を見下ろしてみる。ふむふむ、かなり溶けているもよう。この分なら、幹線道路だと雪の影響は考えなくてもよさそうだ。しかしながら、最悪の事態も考えられるので、早めに出た方がいい(事故渋滞の可能性はある)。
 急いで支度したが、10分しか短縮できなかった。間に合うだろうか。やや心配。

 日陰の路面は、うっすら積雪が残っていて、なかなかデンジャラス。思いっきり徐行する。こんな状態ばかりだと、確実に遅れてしまう…、と焦っていたが、大きな道に出れば雪の影響は皆無に近く、ほっと一安心である。ところが、快調に進むと思わして、思わぬ伏兵が登場した。
 すっかりドライな路面になっているというのに、やたら減速して走るクルマに前を塞がれてしまったのだ。40km/hも出ていない。しかも、不必要にブレーキングするので、追従するのも危なっかしい。ちゃんと路面を見てるのか?こいつ。雪の名残なぞ、どこにもないってのに。
 いらいらしつつ、約10分。ようやく交差点で抜け出すことができた。急げばまだ間に合う時間。

 無事、10時前に到着することができたが、冬はこういうアクシデントがあるので心臓に悪い。早起きにはもっとも適さない季節に、早起きの必要性が一番あるっていうのが、じつにうらめしく思ってしまうのであった。

ひみつの椅子

 こんな寒い夜には、ぽっかぽかのお風呂で温まるに限る。高温のお風呂では、死亡の可能性があるらしい(ゆるやかな失神による溺死)のだが、今夜も湯の温度は44度で入れておいた。こうしておいても、入るころにはかなり温度が下がってしまうので、物足りないほどである。やはり浴室そのものを保温するシステムが必要かも。

 さて、今夜はみこりんにとっておきのプレゼントがある。何かと言えば、“椅子”なのだが、湯船の中に沈めて使おうというのである。みこりんの身長では、お湯がたっぷり入った湯船では、座ってしまうと沈没する。ゆったり座れるようになるのは、いつもお湯が減って、ぬる〜くなった頃で、なんか見ていて不憫な気がしていたのだ。

 みこりんが見守る中、おにゅうの椅子を、湯船にゆっくりと沈めてみる。ん〜、ちょうどいい高さ。これならみこりんも座ってお風呂に入れるだろう。さっそくみこりんを入れてやろうと、椅子から手を離したとたん、なんということだろう、ゆらりと椅子は浮上し始めたのだった。うむぅ。同じような材質の洗面器は沈むので、安心していたのだが…。微妙なところで、椅子の材質は比重が水よりも軽いらしい。ま、でも、座ってしまえば浮くこともあるまい。みこりんは、浮き上がってくる椅子にとまどいながらも、なんとか座ってくれたのだった。よしよし。でもなんとなく尻が落ち着かない感じはあるのか、警戒した座り方になってるような。
 やや改良の必要あり、か。


1999.12.22(Wed)

クリスマス会

 保育園は、今日がクリスマス会だったらしい。みこりんがしきりと「サンタさんにプレゼントもらった」とお話してくれている。サンタさんが何をする人なのか、みこりんにも漠然としたイメージができつつあるのかも。試しに「サンタさん踊ってた?」と聞いてみたところ、「くっついとった。かばんにくっついとった」とのこと。はて?サンタのコスチュームの一部に、“ダンシングサンタ”が使われていたのだろうか。詳細を聞き出そうとしたが、それ以上は語ってくれないみこりんであった。
 保育園の先生がサンタに扮したのかと思ったのだが、みこりんによれば「知らないおじさん」だという。先生の扮装が完璧すぎて、みこりんには見破れなかったのかもしれないが、この時期はボランティアでサンタになりきる人たちがけっこういる。彼らの一人が、保育園をターゲットに選んだとしても不思議はない。

 ところでアメリカでは、サンタのバイトをクビになった女性が、現在訴訟中なのだとか。サンタと遊んでいた子供に、「女」であることがばれてしまい、その親から苦情が入ったため、雇い主が彼女をクビにしたという。「女」と見破られた原因は、「乳房」であったという。遊んでいるうちに、ふと胸に触ってしまって発覚したらしいのだが、男女差別云々以前に、このバイトの女性は“扮装”を軽く見過ぎていたと、私は思うのである。“サンタのおじさん”に扮装するのであれば、サラシで胸をぎゅぅぎゅぅに固めるのは、最低限やっておかねばなるまい。ぱっと見には、サラシなしでもOKと思ったかもしれないが(欧米ではコルセットがサラシの代用か?)、“扮装”とは“外見”だけ真似ればいいってもんじゃない。身も心も、なりきってこそ、はじめて一人前のコスプレイヤーと言えるのではないか。…って、コスプレとサンタのバイトは違うっていうかもしれないが、扮装するのは、楽しいんである。おざなりにサンタやるより、なりきったほうが自分も相手も、ハッピーになれるんだってことを忘れてはなるまい(そういう問題とは違うような気がするって?いやいや、一度でも扮装すればきっとわかる)。

 さて、今日はさらにみこりんへのプレゼントが届いていた。大きな郵便物、緑と赤に塗り分けられて、いかにもクリスマスムード満点な封筒である。宛名を指でなぞりながら「みこりんへ、って書いてる」と手渡してやると、「わぁ〜!」と嬉しそう。さっそく開封作業にとりかかるみこりん。びりびりに破くかなと見ていたが、じつに器用に丁寧に、傷つけないで開封しているもよう。やるなぁ、みこりん。
 封筒から出てきたのは、段ボールで梱包された絵本。先月、私が注文しておいた絵本だった。送りたい相手の名前や、お友達の名前などを、絵本本文にカスタマイズしてくれるところに惹かれたのだ。

 さっそく自力で読もうとしたみこりんだが、そのまま固まってしまった。文字を読もうと努力していたようなのだが、まだそれは無理というもの。やがて、挿し絵の部分が天地逆転していることに気が付いて、「あー、まちがえた」と言いながら、絵本の位置を正しく直し、「おとーさん、読んで」ときた。よしよし、読んであげよう。
 扉絵の部分には、みこりんへのメッセージとして私が指定した『おかたづけできるようになったかな?』の一文が、ちゃんと印刷されてあった。音読してやると、みこりんは「うん」なんて答える。「ほんまかぃ!」と思わずつっこみを入れそうになるが、お返事だけは達者なみこりんである。

 本文のほうには、たしかにみこりんの名前や、お友達の名前などが入っていて、親しみやすい感じがした。絵本というより、お手紙の雰囲気に近い。ただ、話の途中でみこりんは、別のことに気を取られて行ってしまったのだった。絵本としての面白みには、やや欠けるのかもしれないなぁ。ちょっと直球勝負な内容かも(だからよけいお手紙のように感じられる)。

今日の雑感

 臨界事故で死者1名となったことについて、“ヒバクシャ”なる珍妙なカタカタ語がまたもや蠢いているようである。事の本質が、ここでもイデオロギー論争ですり替えられてゆく。

 京都で小学生が校庭で殺害された。どうやら犯人はガキの可能性が強い。加害者、あるいは少年凶悪犯罪者の人権とやらを異様に護ってきた結果が、これだ。したり顔で、「社会が悪い、彼をここまで追いつめた大人の責任だ」などと言い出すヤツが、またぞろ大量生産されようとしている。どうしようもない偽善者たち。殺人が好きでたまらない異常者は、確実に存在するというのに、事実から目を背けていればそんな異常者はいなくなると思っている馬鹿者ども。くだらない。じつにくだらない。そんな自分勝手なイデオロギーのために、いったい何人の子供達が犠牲にならねばならないのか。


1999.12.23(Thr)

再会

 今朝の冷え込みも、なかなかである。でも、お日様の機嫌はいいらしく、太陽光発電装置のモニターが、ぎゅんぎゅん上昇、1.7kWに達していた。さっそく電力メーターを確認しに外に出た。
 おぉ!!“買い電力メータ”ーが、ぴくりとも動いていない。最初、メーターが故障してるのかと思ったが、そうではない。これは太陽光だけで、我が家の電気消費量のすべてをまかなっていることを意味する。その証拠に、ほらっ!“売り電力メーター”が、ゆるやかに回転しているではないか。余剰電力を、こうして外部に供給しているのだ。こういうのを見ると、ちっこくても“発電所”なのだなぁと実感する。

 庭に出たついでに、これからが花盛りのパンジー達に液肥をやっておいた。地植えにしたシクラメンは、花芽が2〜3上がってきたのだが、開花にはなかなか至らない。最近の日光不足が影響しているのだろうか。先日の雪でも平気なところをみると、こいつが屋外越冬可能を売り文句にしていたのは誇大広告ではなかったみたいだが、たっぷりと開花させるには、暖かな室内でなければ無理なのかも。
 巨大シシトウ“ユニコーン”は、さすがに寒さで立ち枯れつつあった。種取り用に残しておいた赤い実も、しわしわになって乾燥しつつある。もうちょいからからにしてみよう。

 菜園のほうでは、大根、葱、人参がすくすくと育っているもよう。若干、育ちにブレーキがかかってきているような気もするが…。日当たり悪かったからなぁ。

 突然、古い記憶を呼び覚ますような鳥の声がした。はっとして振り返ると、そこには、鮮やかなオレンジが印象的な、スズメくらいの小鳥が一羽、きょとんとこちらを見つめていた。ジョウビタキのオスである。

 この鳥のことを知ったのは、私が中学生の頃だ。当時、科学部に所属していた私は、自然観察の一環として、仲間とバードウォッチングもやっていたのだが、近くの川辺や山ばかりをターゲットにしていた。そんなある日のこと、週末恒例のバードウォッチングに出かけようと、双眼鏡、望遠レンズ付きの一眼レフ、図鑑、ノートなどをチャリに積んでいたとき、ふいに彼は現れたのだった。庭に植わっていたキンモクセイの込み入った枝の中で、激しく尻尾を上下させながら囀っていた。住宅街には、あまりに不似合いなカラフルな色彩だった。オレンジ、黒、それに白だ。それまで、家のまわりではスズメ以外の小鳥だと、メジロかカワラヒワくらいしか見たことがなかったので、まるで川辺でカワセミを発見したときのような興奮を覚えたものだ。さっそく驚かさないようにカメラを構え、激写したのだった。ファインダーごしに、望遠レンズで拡大された小鳥の姿を、しっかり記憶に焼き付けながら。

 その小鳥が、ジョウビダキだったのだ。一度気になり出すと、その後は面白いくらい頻繁にその小鳥と遭遇するようになった。ツガイであることもわかった。鳥類の常として、メスは、オスよりも地味だったが、同種であることは一目瞭然だった。きっと昔から、彼らはそばにいたのだ。ただ、私が気づかなかっただけで。

 あれから15年近く経ち、私は実家を遠く離れてしまったが、再び出会ったジョウビタキは、昔のままの姿である。同じ種族なのだから当たり前のことなのだが、不思議となんだか心の奥で「ぽっ」と炎が上がったような気分になるのだ。みこりんが中学生になっても、この鳥は、我が家の庭にやってきてくれるだろうか。
 庭の木に、ミカンの輪切りでも挿しておこうと思った。


1999.12.24(Fri)

クリスマス・イブ

 今夜も午後8時半まで仕事なので、クリスマスモードの食卓は明日にしておこうと言っていたのだが、なんとLicは驚くべき超高速で準備を完了したらしい。Licの帰宅が午後6時半なので、実質1時間半。その間に、対クリスマス晩ご飯&クリスマス・ケーキを仕上げたのだという。しかもケーキは毎年恒例のブッシュ・ド・ノエル(ドライフルーツ入り)。す、素晴らしい。なんという手際の良さだろう。Licが加速装置を内蔵しているとは、今の今まで知らなかった。サイボーグLicだったとは…

 今宵のメニューで、ひときわ目立っているのが、オマールエビだ。ウミザリガニというだけあり、まさに外観はアメザリそのもの。ハサミがやや扁平なところが、アメザリではないことを静かに語っている。
 夕方の時点で、半額セールになっていたらしい。オマールエビを食うのは、去年だったか一昨日だったかの、知り合いの結婚関連パーティ以来だ。再会を胸の奥で喜びつつ、さっそく皿に盛られた肉片を、箸でつまみあげ、口中へと投入。ゆったりと噛みしめてみる。思わず頬の奥が痙攣するほど、うまかった。それにしても食える部分がほんのちょっとしかないっていうのが、こういう大型エビの泣き所。腹部が、全体の9割に達するような、それでいて味はウチワエビに匹敵するというような新種のエビが発見されないものだろうか。グロテスクな生物には事欠かない深海には、いてもおかしくないような気もするが(おらんと思うぞ)。

 さて、晩ご飯のあとはクリスマスケーキの登場となる。今年のブッシュ・ド・ノエルは、煙突状に刺さった部分が、斜め方向に傾いていた。自重で崩れたかと思ったが、Licによれば、これは“仕様”だという。形状を、若干アレンジしてみたのだろう。
 みこりんは、デコレーションが施されたケーキを前に、「はぴばーすでーとぅーゆー」と上機嫌である。誰の誕生日をお祝いしてくれているのだろう。ひととおり、お誕生日の歌を歌い終わるのを待ち、ケーキタイムである。今年はスポンジのレシピを変えてみたという。なるほど、いつもよりさっぱりしてて美味いかも。短時間で完成させたとは思えない仕上がりである。

 デコレーションの中に、トナカイに引かれたソリに乗ったサンタがいたのだが、サンタの部分はメレンゲでできているらしい。そこでみこりんに「サンタさん食べてみ?」と勧めてみたのだが、みこりんは「たべれん〜 サンタさんおにんぎょうだもん」と言う。食べられるから大丈夫と言っても、みこりんには信じられない様子。結局、私が手本を示して、ようやく納得してくれたのだった。親の言うことを無条件に信じるのではなく、己の判断を優先させたみこりん。成長の証だろうか。というか、もしや反抗期に入りつつあったりして。近頃、言うことを聞かないので叱ることが多くなってきたような気もするし。

 そして真夜中。Licがミシンを動かしている。自作第二段として、みこりんの保育園カバンを作製しているらしい。そして私は、イブの常として浜田省吾の『Club snowbound』に耳を傾けている。……だが、なんだろう、この感じは。以前なら、心の隅々まで染み渡る曲が、今夜はどうにも上滑りしてしまっているようだ。彼の歌いあげるドラマの中に、私がとけ込めなくなりつつあるのか。そんな馬鹿な。日を改めて、『Sand Castle』で勝負してみなくては。

 みこりんの枕元に、忘れないようにプレゼントを置き、眠りにつく。1999年も、あと1週間。


1999.12.25(Sat)

クリスマス

 朝、なにやら“びりびり”いう紙を破く音で、目が覚めた。そぉっと目を開けて、音のするほうを見てみると、みこりんが黙々とプレゼントの箱を開けようとしている真っ最中。昨夜、みこりんの枕元に置いておいたのだが、ちゃんと気づいてくれたようだ。

 Licも目覚めているようす。同じように、こっそりと、みこりんの様子を観察しているらしい。包装紙を剥がし終わったみこりんは、箱に手をかけている。開けようとしているのだが、貼られたテープに苦戦しているもよう。だんだん動作が乱暴になってきた。それでも開かない。ついにみこりんは言った。「あーけーて」
 私たちが起きたのを察知したのではないらしい。闇雲に、助けを求めている感じだ。もう少し観察してみよう。

 みこりんは、誰も起きてこないので、さらに独力で問題を解決しようとしたのだが、テープの壁は予想以上に大きかった。箱は、さっぱり開かないのである。ついに、最後の手段、“泣き”攻撃が始まると思えた瞬間、Licが起きあがった。みこりんに安堵の表情が浮かぶ。
 みこりんが抱えた箱を指して、Licが誰にもらったのかと聞いている。昨日からみこりんは、「サンタさん、プレゼントもってきてくれる」と楽しみにしていたのだ(保育園で、教わってきたらしい)。みこりんは、何と答えてくれるだろうか。私もわくわくしながら、みこりんの返事を待った。
 ところがみこりんは、「じぃじがくれた」のだと言う。たしかに『サンタがくれた』と考えるよりは、現実的な解である。Licが、プレゼントの主はサンタであることを告げても、いまひとつみこりんの理解が得られたようには見えなかったし。昨日あれほどサンタさんにプレゼントを貰えると言っていたことを考えれば、やや意外な感じもする。…と思ったが、もしやみこりんはサンタに手渡しでプレゼントを貰えると考えていたかもという可能性に気づいた。いちおう昨夜は、「ねんねしてたら、サンタさんがプレゼント持ってきてくれるよ」とは言っておいたのだが。保育園では、ちゃんとサンタの扮装をした人がプレゼントを配ってくれたようだし、もしそういうのをみこりんがイメージしていたのだとしたら、“朝、起きてみたら枕元にプレゼントがあった”図というのは、サンタに直結しない可能性は高い。プレゼントに、でっかく『サンタ参上!』のステッカーでも貼っておけばよかったかも。あるいはサンタからの手紙を添付しておくとか。来年への、課題である(来年は、サンタは枕元にプレゼント置いていくもんだと理解してるかもしれないけど)。


1999.12.26(Sun)

行方不明車、発見できず

 冬休み前の、最後の週末ということで、大掃除にとりかかった。私の割り当ては“ガラス拭き”なのだが、庭の片づけがまだなので、先にそっちを片づけておくことにした。

 すでに花の終わった千日紅や、巨大シシトウ“ユニコーン”、青い実をたわわにつけたまま寒さで枯れたトマトなどを、ばっさり抜いて処分する。花壇に再び空き区画が戻ってきた。来年のために、よーく耕して、元肥も入れておかねばならないが、今日はちょっと気分が乗らないので止めておく。なんてことを言ってるうちに、春が来てしまう可能性は十分あるので、油断できないのだが。

 ところで、行方不明のままになっているミニカー達だが、みこりんの証言によれば、「おはなのなかに、ぽいした」のだという。外に向かって捨てる動作付きだったので、庭に落ちている可能性は高い。そう思って片づけたばかりの庭を、くまなく捜索したにもかかわらず、発見できなかった。まさに神隠しである。カラスがくわえていったんだろうか。カウンタック、二度と逢えないような予感。

ダイヤ・ブロック

 クリスマス・プレゼントということで、うちの実家からみこりんのために大量の絵本とともに、ダイヤ・ブロックが送られてきていたのが先週末。なかなかブロックには興味を示さなかったみこりんであるが、今夜は「いっしょにあそんで」とブロックの箱を持ってきた。よしよし、遊ぼうじゃないか。ブロック遊びは、私の幼稚園時代を代表する2大遊びの1つだったのだ(もう1つは、もちろん粘土遊びである)。みこりんにも、たっぷりブロック遊びの面白さを見せつけてやろう。

 ところで私の子供時代も、ダイヤブロックが与えられていたなぁ。みこりん用には、ちょっと趣向を変えて『LEGOブロック』をリクエストしていたのだが、じじばばにはハイカラすぎたのか。まぁ、ダイヤブロックが劣るわけじゃないので、いいんだけれど。それにしても、昔より形状の複雑なパーツが多いのに驚いてしまう。かわりに、基本形のパーツが少ないような感じだ。
 みこりんが「ショベルカーつくって!」と言うので、さっそくこしらえてやる。これは最初からパーツが揃っているので、難なく完成。みこりんがショベルカーで遊んでいるうちに、私は応用編である“大型トレーラー”を作りにかかった。高さの低いパーツが多いので、全体的にスマートで小形に仕上がる感じだ。最近の平均的居住空間を考慮してのことだろうか。

 そのうち、ライトなどの表現用パーツとして用意されているクリアカラーの円筒形ブロックに、みこりんがはまってしまった。トレーラー用に埋め込んでしまった部品まで、「タイヤちょうだい!タイヤ」と奪われてしまったのだ。あるだけのクリアブロックを、縦につないでいるもよう。私も覚えがあるが、こういったクリアカラーのブロックには、独特の魅力があるのだ。キラキラしてて綺麗だし、小さいし、カタチも変わっているので、収集欲に駆られてしまう。私も、今みこりんがやってるように、クリアブロックだけを積み重ねては、その姿に魅了されていたものだ。
 クリアブロックで遊ぶみこりんの横で、私の作業は佳境に入った。蝶番パーツに、後部ドアを取り付けて、ついに完成。なんだかブロックで作ったとは思えない、滑らかな仕上がりである。表面加工した特殊部品が多いためだろう。
 トレーラーを走らせてやると、みこりんの瞳がきらりんと輝いた。さっそく自分で動かし始めたのだった。

 しばらくみこりんの遊びを観察していたが、後部ドアが開くことを発見したようで、余っていたブロックをせっせと積み込み始めたのだった。そうそう、そうやって最初はただ部品を積むだけだが、いまに小型飛行機とか組み立てて、収納し始めるに違いない。
 ブロック遊びの楽しさは、ここからである。「羽根つけようね」と、後部両サイドに水平翼を追加。さらに立体形状の三角翼にするため、パワーローダー用部品から流用して、縦にもブロックをつなぐ。そのカタチを見ているうちに、赤いパイロン用の部品があったのを思い出し、それをロケットノズルに見立てて、後部に装着した。なんだか思った以上にメカメカしい、本格的バーニアができてしまった。みこりんも、「うわぁ!」と感動してくれた。かなりうれしい。

 もっと改造したかったが、基本パーツが底をついてしまったので断念。たくさんのカタチを作るには、やはりあと3箱ほどは買ってこないとダメだ。それにしても、オトナになっても十分楽しいブロックって、やっぱりすごいと思う。基本パーツで骨格を作り、特殊パーツで装飾するという、2段構えの効用も素晴らしい。久しぶりにダイヤブロックを堪能してしまったのだが、LEGOブロックはどんな感じなのかが、とても気になってきたのだった。LEGO MINDSTROMSの存在も、どんどん魅力的に見えてくるし、これはもう買うしかないかも。


1999.12.27(Mon)

リンクの一人歩き

 “無断リンク禁止”とか、,“無断リンク禁止を禁止する”とか、いろいろあるようだ。私の立場は、こういう見解を支持しているので、当然このサイトのどのページにリンクされようが自由である。もちろん連絡なども不要だ。

 ところで、“無断リンク禁止”を主張する人というのは、どうやら自分の知らないところで自分の批評をされたくないということらしい。悪口をこそこそやるなって思ってるのかもしれない。しかし、それはリンクとは全然次元の違う問題だろうになぁ。“無断批評禁止”と、素直に言ってみてはどうか。中には、手紙を勝手に回し読みされてる気分と表現する人もいたが、私信である手紙と、万人に公開されているウェブ上の文章とを同列に扱ってる段階で、すでに間違っている。最初から公開を目的に書いてある文章が、どこでどう批評されようが、そんなことは覚悟しておくべきなのに。

 著作権侵害と主張する人も中にはいるようだが、そう言う人も含めて、リンクってのを特別視しすぎてるんではないかと思うのだ。指定ページに飛べる機能を提供する以外は、参照ページを明らかにしているだけのことが、そんなに変わったことか?クリック1発で飛べることが、そんなに重大事項なのか?だいたい、タグ使わなくても、クリッカブルURLの機能を搭載したブラウザが一般的になれば、リンクをことさら目の敵にする意味なぞ消滅するってのにな。リンクを使わずにただURLを記述するだけでも反対するのだろうか、彼らは。

 批評する場合に、対象が何かを示すのは、あらゆる文書情報では当たり前の行為だろう。世に出ているあらゆる書物、コピー本、読者コーナーなどなど、何かを評した文章で溢れ返っているではないか。彼らはいちいち批評対象の著作権保持者に、断りなぞ入れずに自由に書いているし、それが当然のこととされているのはご承知のとおり。

 どうしてリンクだけを特別視するのか、私にはまったく理解不能である。


1999.12.28(Tue)

かきむしる指

 会社に迎えに来てくれたクルマの中で、すでにみこりんは眠たかったらしい。ほどなくすぅすぅ寝入ってしまったのだった。
 帰宅して、そのままリビングのホットカーペットに寝かせ、私はそのまま晩飯タイム。最近帰りが遅いので、Licやみこりんと一緒に晩ご飯が食べられないのが、哀しいところ。

 今宵のメニューは、カレイのフライとインゲンのマヨネーズ和え、それに大根とサツマイモのとろとろスープ生姜風味である。どんどん食が進む。すでに寒い冬だというのに、秋にも勝る食欲かもしれない。
 すっかり平らげ満足していると、ふいに傍らで寝ていたみこりんが、うなり声と共に目を覚ましたのだった。なっ、何ごと!?

 みこりんは、寝ぼけているらしい。うつぶせになると、意味不明の言葉を吐き出しつつ、両手でホットカーペットを激しくかきむしり始めたのだった。まるで断末魔の妖怪が、地獄へと戻ろうとしているかのように。

 怖い夢でも見ていたのだろう。必死でカーペットをむしり続けるみこりんである。きっとそこに何かがいたのだ。やがてみこりんが、手を止めたのを見計らって、抱っこしてやった。泣きやまないが、縦抱きしているうちに、またうとうとし始めるみこりん。悪夢は去っていっただろうか。平和そうな寝顔である。しばらくそうやってから、そぉっと置こうとしたとたん、はっと目を開け、両手をばたばたさせて寝かすなと主張する。
 もうしばらく抱っこしておこう。人肌に暖かいみこりんを抱っこするのは、なかなかに気持ちよいのであった。

育児文化研究所

 育児文化研究所という団体が主催するセミナーに参加した(もしくは会員の)夫婦が、セミナーでの教えどおり医師等の介助なしに自宅出産を行った結果、少なくとも7人の赤ん坊が死産もしくは生後まくなく死亡したということである。先月だったかに、24時間風呂での水中出産を実行して、レジオネラ菌による感染症で赤ん坊が死んだのも、この団体が原因だった。胡散臭い。非常に胡散臭いではないか。

 そこで、育児文化研究所を Infoseek で検索してみたところ、16のサイトがヒットした。公式サイトも存在するようだが、それよりも会員が開設している個人ページを読んでみて、一発で謎が解けた思いである。

 昔、己の信仰により、子供の手術で輸血が必要だったにも関わらず拒否し、死亡させた親ってのがいたが、今回の育児文化研究所の事件も同じことのようである。親がどんな思想・信仰を持つのかは自由で結構だが、無関係の我が子を犠牲にすんなよってことに、なぜ会員の親達は気づかないのか。だいたい、育児文化研究所の教えには、“子供は親の所有物ではなく、一己の人格を持った人間です”ってのがあると自分で自画自賛しとるではないか。自己矛盾も甚だしいのだが、信仰に目がくらむと、冷静な判断力を失ってしまうのであろう。

 彼らは、子供は親を選んで産まれてくるのだと信じているようなのだが、自分を殺すかもしれない親のもとに産まれてきたい子供なぞ、どこにいるか。子供は親を選べない。親が護ってやらねば、いったい誰が護るというのか。自分の責任を信仰なり研究所なりにぜんぶおんぶさせときゃ、そりゃ子育てもラクだろう。だが、逃げてばかりで、いいのか?すべての責任を自分で負う覚悟を決めないまま、ずるずる生きていくことに迷いはないのか?親がどうなろうが知ったこっちゃないが、そういう親に育てられる子供のことを考えると、信仰の自由、思想・信条の自由なんてのも、虚しく見えてくるのである。
 生きるべきだった子供達の、冥福を祈る。


1999.12.29(Wed)

仕事納め

 今年もあとわずかとなったところで、仕事で使ってるハードウェアに故障が連続で発生。パルスレーダーのT型コネクタが死んだのも痛いが(今から発注かけても納品まで1ヶ月はかかる)、今日のPCがらみの故障もまずい。予算がないというのに、よりによってCPUカードで不具合発生とは。このPCは工業用PCなので、容易に別のやつに取り替えるわけにもいかず、頭の痛い問題を抱えてしまった。それでも今日は仕事納めの日である。午後からは大掃除をせねばならず、仕事にならない。ま、来年まで仕事のことはすっぱり忘れてしまえってことだろう。片づけ開始だ。

 午後4時、毎年恒例の茶話会が始まった。
 本社あたりだと、アルコールなども振る舞われて、相当派手にやるそうだが、現場の工場を抱えている関係からか、うちの事業部はわりと控えめだ。きっちり午後5時、定時でおしまいとなる。労働者たちは、皆、家族のもとへと急ぎ足で帰ってゆくのである。

 帰宅ラッシュでごった返す時間帯を避け、やや遅れて駐車場からクルマを出し、私も家路を急ぐ。ふいに、「あぁ今年も、もう終わりなのだな」という思いに捕らわれ、やや感傷的になってしまう。今夜はLicとみこりんがいない。今日明日の予定でLicの実家に帰っているのだ。今夜は独り…。ちょこっと寂しいかも。

 帰宅後、予定通りWOWOWで『エイリアン4』を見る。気持ち悪いグロさが気になったが、全体的に予想よりはデキが良い。もっと悲惨な仕上がりだと思ってたが、これならば合格としよう。H.R.ギーガーの創り上げたエイリアンの造形美は、ラストの人類型エイリアンでぶち壊されているのだが、生々しい怖さを与えてくれたことで評価したい。リプリーが結局どうしたかったのかという、かなり重大なテーマが描かれなかったというマイナスポイントはあるのだが(って、単に私が見逃してるだけかもしれん)、救いのある終わり方だったと思う(でも、地表に激突した船から、エイリアンが復活しそうな予感もするんだけど…)。

 続けて『L.A.コンフィデンシャル』を見る。見ていてどうも違和感というか、記憶をくすぐるシーンが多いのに気がついた。最初、それが何なのかわからなかったが、突然に思い出したのだった。私はこの作品を以前にも見たことがある。しかもかなり昔に。
 でも、この作品は1997年製作である。時期が合わない気がする。…ただの既視感かもしれないが、なんだか気になってしょうがない。お話のほうは、かなり面白く感じた。最初、見ようと思っていたわけではなかったのだが、どんどん引き込まれて、結局最後まで見てしまったのだ。落ち着いた感じの満足感がある。

 そして真夜中。『CUBE』を見る。すっ、すごい。こいつはSFだ。巨大なキューブ状の物体と、同じくキューブ状の部屋、罠の数々、数字の謎、用意された登場人物、どれもこれも素晴らしい。ラストで、キューブから脱出する場面がとてつもなく印象的である。外の世界には生きる価値がないと、キューブに残る男。いったい外界はどうなってしまっているのか。想像力をかき立てる。ただ独り外界に出てゆく精神障害の男。真っ白に輝く外の光景が、普通なら明るい夢や希望を感じさせるところなのに、ひどくもの悲しく冷たく感じられた。「怖い」という思いを、猛烈に呼び覚まされた感覚である。
 まったく見せないことで、怖さを無限大に引き出しているのだろう。こんな寒い夜に見るにはうってつけの作品だった。何年たっても、この映画のワンシーンを、唐突に思いだしそうである。

 そろそろ睡魔が、辛抱たまらないくらいはいずってきている。寝よう。明日は冬休み初日、有意義に過ごさねば。


1999.12.30(Thr)

あと1日

 Licからいつお迎えコールがあってもいいように、自宅の電話を私の携帯に転送するよう設定してから買い物に出かけた。まずはホームセンターから。

 玄関脇の花壇に植える花を、ついに買った。結局、ジュリアンにしたのだった。このまま悩んで、花のないまま春を迎えるよりは、ずっといいと思ったからだ。黄色と赤を3株ずつ。やはり寒い季節は、これくらい派手なほうがいい。セールで1株148円というのも、魅力的。

 続いてレンタルビデオ屋に寄る。新古CDで、倉木麻衣の『Love,day after tomorrow』があるのでは?と思ったからだ。彼女の全米デビューシングル『Baby I Like』は、Webで注文を受けてくれるアサヒレコードに発注済みである。日本でのデビューシングルも、ぜひとも揃えておきたいところ。がしかし、ここには置いてないようだった。しょうがないので、普通のCD屋へと出向く。ほどなく目的のCDを発見、ついにゲットに成功する。

 諸々の買い物を終え、帰宅。さっそくCDをセット、サラウンドは JAZZ CLUB で再生開始。ん、この声、やっぱり最高だ。

 夕方、Licとみこりんを駅まで迎えに行く。みこりんが大きな声で「おとーさん!」と言ってくれるのが、なにやらこそばゆい感じ。「どこにおったの?」と言うので、「ずっとここにおったよ」と答えておく。みこりんは、昨日から私がいないのをいちおう気にはしてくれていたようである。
 実家のほうでは、なんとみこりん、食事に出された“なまこ”を、食べたという。「おいしぃねーこれ」と好評だったとか。ほんとにみこりんは好き嫌いがないというか、何でも食うというか。いいことである。

 WOWOWで『フェイス/オフ』を見る。銃弾の雨霰。さすがジョン・ウー監督。
 顔が入れ替わったままのほうが、うまくいったりして?なんて思わせてしまうあたりが心憎い。ぎりぎりまで引いておいて、最後は存分にストレス発散。うーん、堪能したなぁ。

 ようやく年賀状を書き終えた。いったい来年のいつごろ届くやら。

 妃殿下、流産されたとの報道。だから言わんこっちゃない。煽りまくって、最悪の結果。この時期は、何が起きるかわからないから一番慎重に見守らないといけない。そんなことは常識なのに。ストレスが原因じゃないとか、そんなことは問題じゃない。どうおとしまえつけるつもりか。ま、なんの責任も感じちゃないんだろうけど。

 1999年も、あと1日。


1999.12.31(Fri)

何ごともなく暮れてゆく

 穏やかな朝である。みこりんが「うん○出たい」と枕元でささやいているのを、夢見心地で聞きつけ、跳ね起きた。オマルまで、ダッシュダッシュ。みこりんを抱っこして、リビングまで急ぐ。ぎりぎりセーフ、なんとか間に合ったようである。

 今日の予定は、2m水槽の水換えなのだが、そのまえに細々とやっておかねばならないことがあるようだ。まず、ピーコの鳥かごを掃除しよう。それからワーディアンケースの植物達に水やりをする。心残りは一掃しておくのに限る。

 お昼は、Licの作ってくれた梅肉のソースでパスタを食す。ワサビを少々混ぜながら。意外にこの組み合わせはイケる。

 リビングで、巨大なバケツを2つ並べて水換えをやっている間、Licは玄関回りの大掃除。約1時間ちょっとで水換えを完了し、玄関がどうなったか覗きにゆくと、まるで新築当時のようにすっきりと片づいていたのだった。しめ飾りが、ほどよい緊張感を醸し出している。これで今年やるべき作業はほぼ終了。いつでも新年を迎えられる。

 夕方、今年最後の買い物に行く。Y2K問題対策。とりあえず灯油を満タンに。

 大晦日の夜は、刻一刻と更けてゆき、お風呂から上がればあと10分で2000年。百八つの鐘の音でも聞くかと思ったが、みこりんが寝室でビデオを見ると言う。英語の教材ビデオで、みこりんのお気に入り。ちょっとだけ迷ったが、みこりんを起こしたままにするのもまずいと思ったので、布団に寝かしつつビデオを再生、お眠りモードへと移行中。やがてLicが風呂から出て来て、「もうじき2000年だよ」と告げた。
 みこりんのビデオを一時中断して、TVのチャンネルを地上波へ。カウントダウンの場面が映る。「18……、17……」。なんだかあまり実感がわかない。「……2、……1、……0」。今、西暦2000年を迎えた。

 電気、通信網は、とりあえず大丈夫そうである。その時、みこりんが「おなかいたい」と訴えはじめたので、急いでリビングのオマルに直行した。
 「おなかきもちわるい。いたい」と苦しそうに泣く、みこりん。なんとなく頭が熱っぽいような気もする。眠いのと痛いのがまざりあって、みこりんはオマルに座ったままこっくりこっくりしては、はっと気がついては泣くという感じで、10分ほどが過ぎた。
 激しい痛みではなさそうだが、危険な症状ではなさそうな予感。今夜みこりんは、お菓子をたくさん食べていた。大晦日の夜なので、多少の暴飲暴食もいいかと思ったのだが、やはりまずかったか。
 出るモノが出てしまうとラクになったのか、みこりんは眠りについた。ほっと安心。やはり食べ過ぎだったようである。なんだか慌ただしい新年の始まりだった。


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