2002.7.1(Mon)

人体鉄棒

 みこりんと向き合い、手と手を握り合うと、人体鉄棒の始まりだ。くるんと後回り。これはみこりんの得意技だ。日に日に切れ味鋭くなってゆく。ところが今日は続きがあった。後回りを終えた姿勢のまま、前回りに移ったのである。

 ちょうど逆回転映像を見ているように、みこりんの体はくるりんと回り、再び向き合う姿勢に戻った。にぱっと笑うみこりん。会心の笑みだ。いったいどこで練習してきたのだろう。そういえば保育園の教室の中に、室内用の鉄棒が設置されていたような。あれで日々特訓を重ねたに違いあるまい。3月頃には、まだ前回りはできていなかったというのに。

 その後みこりんは、後回り前回りのサイクルを何度も繰り返し披露してみせてくれた。時々バランスを崩して前回りの途中で元に戻ってしまうこともあったが、そんな時には私が腕をちょいと回転方向と逆向きに動かしてやればよかった。人体鉄棒ならではの技である。
 それにしてもみこりんの腕の力は強くなった。自転車に乗っても、ちょっと前なら下り坂でうまくブレーキを操れなかったのが、最近では自力で減速も思いのままだ。気温の急速な上昇と共にぐんと育つ植物と同じように、みこりんも日々逞しくなってゆくのだろう。さぞや養分が必要だろうと思うに、食事量の方はあまり目立った増加はみられない。ひそかに光合成でもしてるんだろうか。


2002.7.2(Tue)

夜に似合う本

 岩崎るりは著『水琴館の惨劇』という本を、先週の金曜日に買ってきてからというもの、夜更かしの日々が続いている。“書下し耽美ミステリー”と銘打たれたこの本は、たぶん帯の『波津彬子さんお薦め』という煽り文句がなければけして手に取ることはなかったであろう。ミステリーは私の守備範囲にはほとんど入ってはいない。ほんの気紛れで立ち寄った未知の本屋でこその出会いといえる。なじみの本屋ではどんな分野の本がどこにあるのか知り尽くしてしまっているため、自分の興味の中心にある棚にしか滅多に近寄らないからだ。
 こういう出会いのためにも、たまには違った本屋に足を運ぶのも悪くない。

 さて本の中身について少々。たぶん“ミステリー”というには物足りない人が出てきそうだなと思いつつも(かなり都合良すぎるところが目立つ)、猫のいる情景が妙にリアルなのと、わかりやすい人物設定で眠い頭にもOKなところが私には気に入った。文章を読む楽しみというよりは、どっちかというと“雰囲気”を楽しんでいるといったところ。薄暗い白熱電球の灯りで読むにはうってつけだ。窓の外から雨垂れの音でもしていればなおよい。
 続巻が出たら、たぶんまた買ってしまうことだろう。


2002.7.3(Wed)

ボウフラと謎の生物

 ぎらぎらと太陽の照りつける朝だった。まるっきり真夏の雰囲気だ。むわっと熱気の籠もった庭に出ると、チコリの水色した花が、じつに爽快に感じた。
 続いてみこりんがウッドデッキに現れてきた。ペットのボウフラ達の様子が気になるのか、3個並んだプリンケースの前にしゃがみこんでいる。どれどれと私も覗きに行くと、まさにその瞬間、水面から何ものかが飛び立った。近くのカゴにとまったそれは、まさしくヤブ蚊であった。黒白のまだら模様が、異様にくっきりと見える。今朝羽化したものにちがいない。水面には、他にもまだ抜け殻がぷかぷかと浮いていた。

 プリンケースの中に、何か丸いモノがいると最初に指摘したのは、みこりんだった。ゴマ粒ほどの大きさで、全体が焦茶色をした生物が、ちょこまかと泳ぎ回っているのだ。10匹以上はいる。みこりんはおおいに嫌悪感を示していた。この丸い生物は、みこりんの趣味には合わなかったらしい。
 最初は卵形をしているのかと思ったその生物だったが、じっと観察しているうちに、ひょうたん型をしているらしいことが判明してきた。どうやら頭部と胴体とに分かれているようだ。頭部を通常は体にくっつけるようにしているため、卵型に見えていたらしい。脚もありそうだったが、小さすぎて確認できず。ミジンコの仲間かもしれない。ボウフラをすくったときに、卵形態か非常に小さいサイズで一緒に入ってきたのだろう。数日でここまで大きく育つとは。

 ちょいと目を離している隙に、みこりんが何かを庭にぽぃしたようだ。何を捨てたのかと聞くと、さっきのひょうたん型の生物という答えが返ってきた。ママごとセットのスプーンですくったらしい。1匹や2匹取り除いたところで、どうにもならないような…。いやいやそんなことより、捨てるならちゃんと元の鉢皿の水の中に戻してくるように。
 みこりんは時にひどく几帳面になるときもあるが、時に面倒くさがりでもある。鉢皿のところまで何度も往復するよりは、ボウフラとの共存を許容したみこりんであった。


2002.7.4(Thr)

妖怪っぽい

 『怪異・妖怪伝承データベース』が、国際日本文化研究センターのWebサイト上で公開されたというので、さっそく覗きに行って来た。いざ検索しようと指を構えてみたのだが、こういう時に限ってなぜか知りたい妖怪の名前が思い浮かばない。たしか以前から気になっていた妖怪がいたはずなのに…。

 しばし固まったのち、諦めた。どうも丑三つ時には、脳みその働きも鈍るようだ。また思い出したら調べてみよう。………“とんからりん”、だったかな?んんー


2002.7.5(Fri)

バケツをあさるもの

 生ゴミを裏庭の堆肥置き場に埋めてくるのは、おもに私の仕事である。しかし、平日は夜遅くなることがほとんどなので、なかなか埋めることが出来ない(躾の行き届いていない犬が近所に飼われていて、ひどく吠えられてしまうからだ)。かといってそのままにしておいたのでは、台所の三角コーナーは生ゴミで溢れかえってしまうだろう。そこでLicが考えたのが、台所と裏庭との中間地点となるサンルームに、テンポラリなバケツを設置することだった。

 こうして平日の生ゴミは、いったんサンルームのバケツに入れて、土を被せておくことになった。昨夜もLicはそうしたのだという。虫がわかないように丁寧に土で覆い、さらにその上からグレープフルーツの皮をひと並べしていたらしい。
 ところが今朝になって、バケツに異変があった。埋めておいたはずのレタスの切れっ端が、ぴょこんと顔を出していたというのである。レタスが自分で這い出してきたのでなければ、何者かが掘り出したにちがいあるまい。

 じつは裏庭の生ゴミ堆肥置き場でも、よく土が掘り返されていることがある。野菜屑などをあさる何ものかがいるのだ。おそらくこちらのはカラスがやってるのだろう。『完璧な防壁』により、外部から翼を持たない野生動物が侵入してくることは、まず不可能だから。
 でも、サンルームのバケツからレタスを持っていこうとしたのは、カラスではなさそうな予感がする。バケツは軽いので、カラスが縁にとまることはまずできない。縁にとまらずにバケツの中をほじるのも、かなり困難だと思われた。バケツの縁は、カラスの胸の位置よりも上にあるからだ。しかもサンルームは天井が遮光されており、上空から中の様子を窺い知ることはできないようになっている。カラスがこのバケツの存在を知るのは困難だ。

 では何モノだろうか。サンルームに巣くっている生物といえば、例のネズミ(と思われる)が思い浮かぶが、もしそうだとすれば、このネズミ(と思われる齧歯類)の体長は20cm以上はあることになる(尻尾除く)。なぜなら、バケツの中にはまだそれほど生ゴミが溜まっていなかったので、バケツに入ることはできても(隣接するステンレス棚からダイブ!)出ていくことは困難を極めるはずだからだ。

 サンルームにいったい何が暮らしているのか、本格的な調査が必要かもしれない。

短冊に願いを

 我が家でも、数年ぶりに七夕飾りを作ることにした。短冊セットを物置から召還し、皆で思い思いの願い事を書き記す。みこりんは先日、保育園用の短冊に、『さっかーせんしゅになれますように』と書いていたが、今夜は「じてんしゃにじょうずにのれますように』を筆頭に、鏡文字やら逆さ文字を交えつつも自力で書き連ねている。だが、『ね』と『れ』と『わ』が、みこりんの鬼門らしい。その文字のところだけ、私が代筆してやった。

 続いて紙細工を切り貼りする。小さい頃の記憶を呼び起こしつつ、“天の川”を作り、びょ〜んと開くと、これがみこりんのツボに直撃。たちまちみこりんも“天の川”作りにはまってしまった。折って、交互に切れ目を入れて、開いて、“べん”…。切れ目の間隔が不揃いで、全般的に大きいため、いまひとつ滑らかに開かない。みこりんはそのたびに私のと見比べて再度挑戦するのだが、どうしても細かな切れ目が難しいとみえて、何度やっても“びょーん”とはいかなかった。それがちょっと不満気なみこりんだったが、面白さは十分伝わったようである。みこりんオリジナルの紙細工(折り紙を適当に折って平らにし、その表面にメタリック系の折り紙を小さく切ってスパンコールのように貼り付ける)も、着々と出来上がってゆく。

 すべての短冊、飾りをぶらさげた笹は、重そうに頭を垂れて、どうみても装飾過剰だった。1mくらいしかないのに、飾りの数が二十個以上もあるのだ。来年はもう少し長いのを用意せねばなるまい。
 雨の予報もあるので、サンルームに飾っておくことにする。夜空は分厚い雲に覆われ、星の灯りもまったく見えない。みこりんを抱っこして、しばらく田舎の夜景を見渡してみる。街の灯りはほぼ皆無、あるのは山頂に明滅する灯りと、夜間飛行中の航空機の表示灯くらい。じつにシンプルだ。願わくば、七夕の夜にはこの分厚い雲がいなくなっていますように。夜空が晴れたからといっても、このあたりじゃ天の川を肉眼で見ることは至難の業ではあるのだが…、まぁ気分の問題だ。


2002.7.6(Sat)

消えた球根

 なんとはなしに、ウッドデッキのスチールラックで干しておいた球根ネットに目が留まっていた。オレンジ色の百合咲きチューリップ“バレリーナ”と、紫色のヒヤシンスの球根が、そのネットにはぎっしりと詰まっているはずだった。しかし見よ、その穴を。ネットには、荒々しくかき破られた穴が、数ヶ所も開いていたのだった。

 またしてもヤツなのか。豆をほじり干し柿を喰らい、そして球根にまで手を出すとは大胆なヤツ。破られたネットを調べてみると、チューリップの球根だけがキレイさっぱりなくなっているのが確認できた。ヒヤシンスはいずれも無傷だった。な、何故ゆえに。

 いやいやそんなことより、もっと気になることがある。チューリップには毒があるのだ。もちろん球根にも。そんなものを十数個もまとめて一気食いして、ヤツは大丈夫なのだろうか。どこかで冷たくなってたりは…
 一度も姿を見たことはないが、なぜか気になるヤツだった。無事でいてくれればいいのだが。

みこりんのペットその2

 朝から熱帯低気圧が通過中のような、かなり激しい風に見舞われている。先週棒杭を打っておかなかったら、今頃大変なことになっていただろう。棒杭の威力は絶大だった。

 風の中、みこりんと近くをお散歩。アスファルトの上を、せかせかと歩いてゆく黒い虫がいた。オサムシの仲間ではないかと思ったが、みこりんは「かみきりむし!」と叫び、さっそく捕まえにかかっている。どうやら保育園ではこういう形態の昆虫を“カミキリムシ”と呼んでいるらしい。
 「おさむし、だよ」と訂正しつつ、みこりんが悪戦苦闘するさまを観察してみる。体長3cmほどの甲虫に、果敢に向かってゆくみこりんの図というのは、ちょっと前なら想像もできなかった。大きくて素早い虫には、とことん弱かったはずなのに。最近ではコクワガタも平気で触れるようになっているし、著しい進歩である。

 オサムシはなかなか素早かった。とてもみこりんの手におえるものではない。触れるようになったとはいえ、かさかさと動く脚には、まだびびり気味のみこりんだった。ついにみこりんが降参する。私が捕獲の手本を見せてやると、みこりんはさっそくプラケを持ってきて入れてくれと言った。飼うつもりのようだ。保育園で、よほど流行っているとみえる。

 さらに1時間後のこと。庭で草むしりをしている私のもとへ、みこりんが軽やかなステップで駆けてきた。その手には黒い虫の姿が、あった。とうとう自力で捕獲することに成功したらしい。
 さっきのプラケに大事そうに入れている。プラケには虫以外、何も入ってはいなかった。みこりんもそれではまずいと気がついたのか、いつも私がやっているように、土を入れ、隠れ家を入れ、葉っぱを入れた。葉っぱは餌にするのだという。何を食べるかわからない場合、みこりんはとりあえず葉っぱを試す。オサムシはたぶん葉っぱは食べないだろうが、しばらくは好きにさせておこう。

 しばらくして、プラケを見ていたみこりんが不思議そうな声をあげた。何か異変が起きたらしい。覗きに行ってみると、そこにはオサムシがオサムシをオンブしている姿があった。孝行息子と年老いた母、ではなく、むろん交尾に励んでいるのだ。プラケの中という非常時なのに…、いや、非常時だからこそなのかもしれないな。オサムシの入ったプラケは、ウッドデッキのボウフラ達のそばに置かれることになった。みこりんのペットはどんどん増えてゆくのであった。


2002.7.7(Sun)

スイカ三昧のはずが…

 市民農園にて。トマトがぽろぽろと落ちて転がっているのが目に留まった。しかも何ものかにつっつかれている。鋭利な刃物で突き刺したような切り口……、鳥か。上空を1羽のカラスが飛び去っていくのが見えた。まったく油断ならない。去年は鳥に食べられることなく収穫時期を迎えたのだが、場所を覚えられてしまったのかも。

 ところでスイカはどうなっただろうか、と見てみると、みこりんの頭サイズのヤツが1個、ででんと鎮座していた。す、素晴らしい。この時期にしてこの大きさ。これは期待できそうだ。もう1個はどこにいったかな、と視線を移動させていると、真っ黒に変色した物体が視界の中央に入ってきた。

 腐っとる。
 スイカは残り1個となってしまった。まったくスリリングである。

虫三昧

 辺りが黄昏色に染まる頃、庭で草むしりなどしていると、いきなり足首に“ちくり”と痛みがはしった。な、なにやつ!

 まったくそいつは見慣れない姿をしていた。大きさはわずか5ミリ角ほどのサイコロのよう。顔はセミみたいで、脚は6本。昆虫のようだが、なんだその宝塚みたいな羽は。あやしい。妖しすぎる。さっそく激写しておいた。

謎の虫

謎の虫

 ウンカの仲間、かな。

 *

 ところで今日はなんだか虫づいている。裏庭の堆肥置き場で、黒光りする変わった形の甲虫を発見した。前脚が薄っぺらくて幅広く、まるでシャベルのよう。頭部は、胸部の窪みに収まるような形状になっていて、一見すると、そう、なんとなくフンコロガシのようにも見えてくる。

 さっそくみこりんに見せてやると、手のひらに乗せてくれという。いつのまにこんなに甲虫好きになったのか。望み通りにしてやると、さわさわと虫の脚が触れたことがみこりんのハートに響いたようで、「かう!」と宣言。別のプラケへと入れられることになったのであった。

 またしても葉っぱを入れているみこりん。たぶん、葉っぱは食べないような気がするが、しばらく様子を見ておこうと思う。


2002.7.8(Mon)

暗い廊下から滑ってきたモノ

 暗い廊下を、にゃんちくんがぱたぱたと元気に行きつ戻りつ駆けている。いったい何にじゃれてるのかな?と、Licが廊下方面に顔を向けた時、にゃんちくんのシュートした物体は、まさにこちらに向けて滑走してくるところだったのだ。

 廊下からリビングへと、つつーっと滑ってきたモノ。それは、「ごきぶり!」だとLicが思うくらい、黒くてカタチも似ていたらしい。だがしかし、それはゴキブリではなかった。頭部にたくましい一対の大顎。クワガタムシだ。コクワガタのオスに、にゃんちくんはじゃれついていたのだ。

 もちろん大急ぎで保護してやった。しゃかしゃかと元気に脚を動かしている。どこにも怪我はないようだ。それにしても、いったいどこから…。なんとなくみこりんが飼ってるコクワガタに似てるような気もするが。
 一抹の不安があった。確かめるべく、玄関に向かう。靴箱の上に、コクワガタの夫婦が暮らすプラケが置いてあるのだ。

 蓋は閉まったままだった。しかし、蓋の穴を塞いでおいた厚紙が、ぺらっとめくれ上がっていた。どうやら、ここから脱出したらしい。厚紙をガムテープで貼り直し、クワガタをプラケに戻す。これで一安心。
 だがここで、Licが重要なことに気が付いていた。そう、このプラケにはコクワガタが“夫婦”で暮らしているのだ。オスが脱出できたなら、メスもそうしていないという保証はない。しかもこの厚紙がいつから剥がれていたのかも定かではなかった。

 そろりとプラケの土に手を潜り込ませ、メスを探した。木の周辺を念入りに。……感触は無かった。でも、なんとなくここにいるんじゃないかという“気”がする。だから、土をひっくり返すような探し方はしなかった。メスはよく土に潜るのだ。最近、餌を食べてる姿を見かけないといっても、まだまだ大丈夫、のはず。このままそっとしておこう。

 じっとこの様子を見上げているにゃんちくん。さすがにクワガタムシは食べない、んじゃないかなとは思うものの、ゴキブリと間違えて噛みついていたらという心配もなきにしもあらず。そうなのか、にゃんちくん。


2002.7.9(Tue)

みこりんの呪文

 夕食後のひととき、いきなりみこりんが奇怪な呪文を唱え始めたので、私とLicはひどく驚いた。「たってこあらのまーじん」たしかにそう聞こえた。
 みこりんは、我々にも唱和するよう求めたのだが、うかつに唱えてマズイものがやってきても困るので、呪文内容の究明に乗り出したのである。

 その間にもみこりんは、「こあらのまーじん」「たってこあらのまーじん」と繰り返している。どうやら“こあら”というのがポイントのようだ。“こあら”とは、あの可愛くもぬくぬくしい“コアラ”のことだろうか。すると「立ってコアラの魔神」か?巨大な石造りのコアラ魔神が、数万年の時を経て蘇るんだろうか。ぐぉぉぉぉとか咆吼を上げたりするんだろうか。コアラが?

 謎はますます深まったかに思えたその時である。付けっぱなしだったTVから、こんなフレーズが耳に届いてきた。「ロッテ コアラのマーチ!」

 謎は、すべて解けた。


2002.7.10(Wed)

台風接近

 台風6号接近中。というわけで、仕事場を15時に強制退去させられた私は、庭の台風対策に励んでいた。すっくと伸びたヒマワリ達に支柱を立て、飛んでいきそうな鉢植えやらみこりんのオモチャをサンルームに保護してと…。だがしかし、雨はもうほとんど落ちてこなくなっていた。しかも微風だ。嵐の前の静けさか、とも思ったが、なんだかどろどろしたものが感じられない。奇怪な。

 ニュースでは、堤防決壊の映像が繰り返し流され続けている。台風は、まさに今、接近中らしい。予定では、もうじき暴風圏内に入るはずなのだが、警報はいまだ出ず。
 みこりんは、さっきからしきりと台風を怖がっていた。台風はどこから来るのかと、TV画面で荒れ狂う波を見ながら私に問いかける。「あれがそうだよ。あの台風がもうじきこちらにやってくるのだよ」そういう私に、みこりんはおおいに恐怖したらしい。TV画面を指差して、「あそこからくるの?」と言う。「こわーい、たいふうこわーい」どうやらみこりん、TV画面から台風が抜け出してくると思ったようである。たしかにそりゃ恐い。貞子が出てくるのよりも恐いかもしれん。
 「大丈夫、台風はTVからは出てこないよ」という私の言葉に、ようやく落ち着いたらしい。でも今度は「あっちのたいふうはこないの?」と奇妙なことを言い始めた。“あっち”とは、TVの別のチャンネルで中継していた台風のことである。しばし考えた後、私は理解していた。みこりんの想像の世界では、“台風”という現象があちらこちらで発生しているらしい。まだ巨大な台風というものを把握できないのだろう。しかもこの時期、台風6号、7号、8号と、複数発生していたのもまずかった。台風とは、とてもともて大きなものなのだと説明したのだが、果たしてうまく理解してもらえただろうか。

 台風が来る前に、とっとと風呂入って寝よう。いつもは宵っ張りなみこりんも、台風への恐怖からか、何をするにも素早かった。
 いったん皆で床につく。もちろん、みこりんを寝かしつけたあとは、活動を再開する予定だった。ところが、昨日の睡眠不足が祟ったか、思いっきり熟睡してしまっていた。がばっと暗がりの部屋で起き上がった時には、日付も明日へとさしかかろうという時分。

 外は奇妙に静かだった。のどかに夏虫の声が聞こえてくる。蒸し暑かった。
 とにかく台風情報をチェックする。進路予想の画面では、すっかりこの地域を離れつつあるのがわかった。結局、上陸はしなかったらしい。遙か洋上を北上していったのだ。万全の準備を整えて待っていたというのに、またしても逃げられたか。いや、来なくていいんだけど、ちょっと悔しい。


2002.7.11(Thr)

みこりんの能力

 夜、Licとみこりんが迎えに来てくれるまでの間、しばしメールでコミュニケーションをとる。Licとメールしているはずだったのだが、なんだか文体がヘンなのが届いて、不思議に思う。“そうだよ、おとうさん”と、メールには書いてあった。

 Licもたまにこんな芸風になるときもあるのだが、なんとなく雰囲気が違う。Licならば、末尾に句点を連ねるとか、顔文字あるいは絵文字が入るのではなかろうか。そんなことをちらっと思ったが、やがてLicの運転するクルマが到着したので思考を中断する。

 車中では、みこりんの顔が暗がりにぼぉっと浮き出て見えた。何やってるのかと思えば、ケータイで遊んでいるのだった。液晶のバックライトで顔がオレンジ色に照らされて、なんだか恐い。
 Licは言った。「さっきのメール、みこりんが打ったんやで」と。
 な、なんと!?さっきのアレは、みこりんだったのか?いつのまにケータイのユーザーインタフェースを覚えたのだ。たしかにPCでメールを打つことはできるようになったが、あれとこれとでは入力方法がぜんぜん違うではないか。5歳を目前にした幼児の能力に、私は驚愕していた。

 みこりんは着々と文章を入力している様子。時々Licの口頭サポートを受けつつ、確実にメール本文は完成へと近付いている。だが、あと一歩というところで、1行入力の字数制限にひっかかった。“メモリ”を押せばいいのだが、このボタンはバックライトがついていない。暗い夜の車内では、ボタンを探すのも困難だった。

 やがてみこりんが急に静かになった。後席を覗き込むと、ケータイを握り締めたまま、チャイルドシートにくるまるように寝入るみこりんの姿があった。みこりんに迷子対策用ケータイを持たせる日も、そう遠くないかもしれない。


2002.7.12(Fri)

ムカデの捕り方

 ふと見上げれば、ムカデがいた。リビングの天井に近い壁だ。高さにして約2m。ムカデの体長は10cmといったところ。
 こういう場合、どうやってムカデを退治すればよいだろうか(我が家には水槽があるのでスプレー式の殺虫剤は使用できない)。以前の私ならば、ムカデの下側に新聞等を広げてから、ムカデを落としたものだが、この方法には危険も伴った。もしもムカデが落ちた新聞上を高速移動し、飛びかかってきたら…、あるいは新聞に落ちずに、手の届かない隙間に落ち込んでしまったら…。そこで最近は、こんな方法でムカデを退治することにしている。

 使用するのはタモ網である。これでムカデを捕獲するのだ。先端が平らになっているタモ網ならば申し分ない。ムカデの下側から慎重に狙いを定めて、そらっ!
 網の中に入ったムカデは、わりと素早い動きを見せるので、間髪入れずにビニール袋の中に移してしまおう。袋に詰めたムカデは、できるだけ苦しまないように瞬殺してやるのが武士の情け(誰が武士や)。あとはそのままゴミ箱に、ぽぃっ。
 タモ網さまさまである。


2002.7.13(Sat)

図鑑で探そう

 週に一度のお楽しみ。本屋へとやって来ている。
 棚をひとめぐりしたあと、みこりんが腰を落ち着けている幼児向けコーナーに足を踏み入れる。みこりんは熱心に絵本を読んでいるようだ。その向こうの棚には、図鑑が並んでいた。図鑑、か…。私は、あることを思いついて、1冊の図鑑を手に取っていた。

 『昆虫図鑑』。目次をめくって、コガネムシの仲間のところまで一気にジャンプ。探しているのは、先週見つけたフンコロガシのようなヤツ。気が付けば、Licもいつのまにか隣に来ていて、別の昆虫図鑑を開いていた。そうか、競争というわけだな。無数に並んだコガネムシ達。だが、記憶にあるあの姿はなかなか発見できなかった。横目でLicの開いている図鑑をチェック。「そ、それだぁ!」思わず指差していた。エンマムシの仲間と書いてある。ヤマトエンマムシにコエンマムシ、いずれも甲乙付けがたく、迷ってしまうが、体の大きさからすればコエンマムシっぽい。

 これで謎の虫の正体が1つ、明らかになった。残るは、あの宝塚風の尻尾を立てたウンカのようなヤツだけだ。
 セミの仲間のページへと進む。ずらずらっと並んだ似たような虫達の図。だがしかし、あの極めて特徴的な尻尾を持ったものは、ついに発見することはできなかったのである。Licの開いている図鑑でも同様だった。もしかすると何かの幼生なのかもしれない。幼児向けの図鑑では、これが限界か。
 やはり図書館に出向かねばならないようだ。


2002.7.14(Sun)

山盛りブラックベリー

 びっしりと実ったブラックベリー、まだほとんどが褐色で未熟な果実だったが、中には艶々の“黒”に輝くものもある。黒というよりも、深い深い紫色というべきか。さっそくみこりんと二人で収穫にかかる。前回非常に酸っぱい思いをしたみこりんは、今回はかなり慎重だった。黒っぽくなっていても、触ってみて固さの残るものは採らずにそのまま残している。
 それでも小さなカゴは、またたくまにブラックベリーでいっぱいになった。今年はかなり豊作だ。

 朝食後、摘んだばかりのブラックベリーをそのままいただく。がぶりと噛み砕くと、ちょっと酸っぱく、素朴で甘い、懐かしい味が口の中いっぱいに拡がった。まだまだブラックベリーは余っている。ぽいぽいと続けざまに食べてみた。食べ惜しみする必要もないくらいカゴに盛られているというのは、じつに爽快だ。
 ただ、全般的にちょっと熟し方が足りないものが多かった。あと3日だ。でも、それを越えたら逆にべちゃべちゃになってしまいそう。第二弾、第三弾では、もう少し熟すのを待つとしよう。

自転車と鉄棒

 みこりんと公園に向かう。練習もかねて、自転車を自力で運ばせてみた。上り坂では、押すことになるのだが、補助輪が邪魔でなかなか苦労している様子。でも、買った当初よりは、ずいぶん慣れたようだ。そして下り坂。ブレーキの操作も、まぁまぁだ。ただ少し、道の凹凸があるとパニックになってしまうのが難点。

 公園では鉄棒をして遊んだ。みこりんに逆上がりと前回りを、繰り返し覚え込ませてやる。私も手本を見せるべく、二十年ぶりかで逆上がりと前回りを決めてみた。ぐるんと空が視界をよぎる。日頃使わない筋肉が、ぐぐっと伸びて気持ちいい。

 帰り道は、私が自転車を押してやった。ほとんどが上り坂なので、まだみこりんだけの力では無理がある。でも、押しているうちに、みこりんだけでもそこそこいけそうな場所があるのに気が付いてきた。そういうところまでサポートする必要はあるまい。そっと手を放す。みこりんは一心不乱にペダルを漕いでいたが、なんとか坂道を上れている。よしよし、その調子。そう思った時、ふいにみこりんが振り返っていた。私が押しているかどうか確認したのだ。私の手が自転車にかかっていないのを見たとたん、ひゅるるると減速、自転車は止まってしまった。

 再度、押す。でも、ある程度押したら、そっと手を放す。よし、いけるいける。みこりんは己の脚力だけで坂道を制覇しつつあった。が、またしてもここで背後を気にして振り返った。またまた減速、停止。やればできるんだが、まだ依存心の方が勝ってしまうようだ。練習あるのみ。

 やっとこさ帰宅。汗だくだった。二人してシャワーに興じる。すっかり、夏の日曜日であった。


2002.7.15(Mon)

台風とバス

 台風7号接近中。今回のはモロに直撃コース、しかも明日の未明に上陸の予感。夜、帰宅してから、せっせと台風準備を行う。午後10時、まだ雨も風もほとんどない。

 ところで今夜Licとみこりんは東へと旅立つ予定だった。夜行バスで、だ。しかし、予約していたバスが台風を理由にいきなり運休。そういうメールをLicから受け取ったのは、私がまだ仕事中のことだった。
 新幹線は動いていたのでそっちにするか(宿がとれなかったら大変だが)、あるいは明日、やはり新幹線で移動するか、選択肢は2つに1つ。と、私は予想していたのだが、Licは第三の方法に賭けていた。別の夜行バスが出るかも知れないというので、名古屋を目指していたのだ。恐るべき執念。

 午後10時過ぎ。もしもバスが動かなかったら、戻ってくるしかないが、そのための脚は電車しかない(タクシーは遠すぎて論外)。都会と違って、この時間帯になると、ほとんど列車の本数も限られる。ざくっとネットで調べたところによれば、2本しかないことがわかった。さっそくLicに時刻表をメールしておく。バスはまだ動いていない。はたしてLicとみこりんは、無事に旅立つことができるのか。あるいは名古屋で野宿となってしまうのか。はたまた帰りの電車に間に合うだろうか。そうしている間にも、台風は刻一刻と接近している。

 どきどきしながら遅い晩飯を食べていると、Licからメールが届いた。バスは動くらしい。これで野宿の心配はなくなった。あとは台風に追いつかれないようにバスが走ってくれれば大丈夫。運転手が酔っぱらってなければ、だが。


2002.7.16(Tue)

たまたまの偶然

 木枯らしのような寒々しい風の音で、目が覚めた。ばらばらと大粒の雨が窓ガラスを激しく叩いている。時計を確認すると、午前8時。台風は、まだこの辺りに残っていたらしい。

 しばらくぼぅっと物音に耳を澄ませていた。微妙な時間だ。このまま台風が居座るようなら、午前中は休みにしてしまおうか。そんなことを考えつつ、寝返りを打つ。なんだか体もしゃきっとしない。

 午前8時半を過ぎた頃、突然、空が明るく輝き始める。もはや雨音はどこにもなく、さっきまで木々の梢を揺らしていた風も、いずこかへと去っていた。休む口実を失った私は、心のスイッチをがちりと切り替え、すっくと布団の上に立ち上がった。起動完了。とっとと台風の後かたづけをしよう。

 サンルームを開け放ち、空気を入れる。台風一過で、今日からしばらくは鬼のように良い天気が続くだろう。鉢植えを枯らさないように、天井を遮光し、水をたっぷりとやっておいた。あとは部屋の中の生き物達にも、3日分の食料を与えておかねば。ハムスターがさっそく起き出してきて、どでかいキュウリの塊にかぶりついていた。

 そう、私も今夜、東に向かって旅立つのだ。仕事を終えたあと、家には戻らずそのままLicのあとを追う。向かうはあの“ねずみーらんど”…もとい、TDRである。今回、たまたま明後日、東京方面に出張が入っていたので、ついでだからと前日を有給休暇にすることにしたのだ。去年もたまたま東京出張があったので、お泊まりだけを共にしたが、今回はみこりんのたっての希望もあり、一日たっぷりとつきあうことにしている。ミッキーさんとかはどうでもいいのだが、いっぺんどんなもんか確かめてみたいと思ったからだ。
 今日、LicとみこりんはTDLを堪能している。明日はTDSだ。TDLよりはTDSの方が、お子様向け度が低いらしいのだが、さて…

 *

 21時30分、舞浜駅到着。Licとみこりんがお出迎えしてくれた。Licはそのまま再度TDLに向かい、みこりんと私はミッキーさんまみれのモノレールとバスを乗り継ぎ、ホテルへと向かった。まるで宇宙空母ギャラクティカの発進カタパルトのようにずらっと並んだ部屋部屋部屋。思わず部屋番号を間違えて、全然別の方角へと向かってしまう。みこりんがしきりと「あっちのはずなのになー」と呟くのをちゃんと聞いてやればよかった。

 ようやくみこりんの導きの元、部屋へとたどり着くことが出来た。じゃ、ロック解除、と。………、開かない。カードキーを差し込み、緑のランプがつくのを待ったが、なぜか赤いランプしか点灯しない。抜いてもうんともすんとも言わず。む?いったいどうなっているのか。やがて背後を通りかかった人に指摘される。「それ、逆さまですよ」…な、なんてこった。カードキーには上下があったのか。派手派手しい模様の入った方が、“裏”だったとは。しかも、挿して抜いたらロック解除とな。むー。

 ようやくロックを解除して、我々は部屋へと入った。ひ、広い。まるでラブホくらいに広い。しかもベッドが3つ並んでいた。みこりん用には柵まである。去年、みこりんがベッドから何度か落下した教訓が生かされているのだ。

 さて、明日は早い。とっとと寝よう。窓の向こうには、TDSのシンボルともいうべき“山”がそびえ立っているのが、闇夜にも浮かび上がって見えていた。


2002.7.17(Wed)

TDSの一日

 東京ディズニーシー、略してTDSというらしい。ホテルの窓から見えるTDSは、まだ開門前ということもあり、駐車場も閑散としている。夜には炎を吹くらしい人工の山が、奇妙に景色に溶け込んでいるのがなんとなく不気味。てかてかとしたオモチャ的色彩が、この辺り一帯がすべてミッキーさん的世界にあることを強く印象付けている。
 天気は良好。暑くなりそうだ。

 ミッキーさんのモノレールで門まで運ばれてゆくと、すでにゲートにはほどほどの人だかりがあった。休日などは、ここの待ち時間だけで大きくタイムロスしてしまうらしいが、さすがに平日だけあって比較的待たされることもなく、入場できた。ふむ、これがTDSなのか。ディズニー関連の施設に足を踏み入れるのは初めてだが、着ぐるみがいる以外はこれといった特長はないような…。あぁそうか、ディズニーファンの人にとっては、着ぐるみがいることがとても重要なのだな。

 Licが朝食の調達と、夕食のレストラン予約に駆け回っている頃、私とみこりんは波止場手前にシートを広げ、場所取りをしていた。背後から照りつける太陽に後頭部をがんがんと灼かれ、脳天がくらっとし始めている。帽子を忘れたのがとても痛い。おまけに黒いTシャツのため、汗が滝のように吹き出しているのを感じる。みこりんは深々とチューリップハットを被り頭部を保護してはいるものの、ワンピースから剥き出しの肌がちくちくとし始めたようで、なんだかんだとぐずり始めた。
 あぁもう限界だ…、と思い始めたころ、ようやくミッキーさんとその仲間達の登場だ。着ぐるみ達の中にあって、生身のアラジンとお姫様が際立って目立つ。二人とも、それぞれのキャラに異様に似ているのが気になった。あれは精巧な特殊メイクなのか、あるいは自顔なのか…。ところでみこりんの反応はいまひとつ。アギトショーの方が食いつきがよかったような。舞台も何もないため、着ぐるみの立ち位置が観客と同じというのもまずい。観客は皆座っているとはいっても、中には正座してる人とか、平気で日傘さしてる人とかいて、小さい子供の目線からはミッキーさん達がほとんど視認できないのである。かといって膝に乗せることもアナウンスにより禁止されていて、どうにもこうにも小さい子供には不親切な設定であった。TDSはオトナ用施設だからこれでいいのか?

 着ぐるみ達が帰っていくと、我々も移動を開始した。波止場からスペイン風の街並みを経て(なんとなくパルケ・エスパーニャを連想した)、トンネルをくぐると、そこはまさしく『RIVEN』のような空中回廊&岩山&内湾の世界があった。山腹にはRIVEN風メカが岩山に穴を穿とうと待機しているし、ドーム状建物には同じくRIVEN風メカがぶら下がっているし。デザインと色彩が、RIVEN世界を彷彿とさせるのだと思う(ディズニー映画版の『海底二万海里』を未見なので、どちらのイメージが先なのかは不明)。ところで内湾に停泊しているのはノーチラス号であった。艦内に入れたら評価したのだが、どうもただのハリボテらしい。なんともったいない。じつはどこかに入り口があったんだろうか…
 ここのやはりドーム型売店で、ノーチラス号グッズを買ってしまう。小学生時代に読んだ小説の印象は、今でも絶大だ。鋭い切っ先と、いかにも硬そうな船体がたまらない。ん?小説の挿絵に使われていたあの船体デザインは、ディズニー映画版のやつだったのか?ちょっと違うような気もするし、これだったような気もするし。…まぁいいか。雰囲気が似てるからどっちでもいいや。

 さて、RIVEN世界もどきを抜けると、リトル・マーメイドの世界。ここのアトラクションで、みこりんがスピードと加速度に耐性があるのではないかという予感が沸き起こる。遊園地でよくあるコーヒーカップ・アトラクションもどきに、みこりんがきゃっきゃと楽しんでいたのが発端だった。わりと高速に回転していたので遠心力もかなりのもの。てっきりみこりんは怖がるかと思ったのだが、さにあらず。何度でも乗ろうと言い出しかねない雰囲気だ。

 予感が確信へと変わるのに、さほど時間は必要ではなかった。身長制限のないジェットコースター(つまりお子様でも大丈夫な程度のタイプ)に、みこりんがはまったのである。お子様仕様とはいえ、まったく侮れない疾走感と遠心力だ。なのにみこりんはまるっきり平気な様子。去年までは見るだけでも怖がっていたジェットコースターを、いとも簡単に乗りこなしているのだった。
 結局、みこりんに所望されて3度乗った。うち一度は先頭車両だったが、まったく怖れる気配なし。これは将来有望だ。

 朝方の真夏のような日射しが嘘のように、途中何度か雨がぱらついた。台風一過で秋の空か。
 ところで、みこりんは岸壁に接岸していたガリオン船にもたいへんな興味を示した。動かせそうなモノには手を触れて、作動できるか確認していたし、階段があれば上ってみている。おそらくノーチラス号に乗船できたなら、さらにみこりんの興味は拡大したことだろう。そういえば昨年リトルワールドに遊びに行った時にも、みこりんは旧家の探検に余念がなかった。…単に珍しいモノが好きなだけかもしれないが、みこりんは探求心旺盛なような気がする。今回、着ぐるみにはあまり興味を示さなかったので、みこりん的にはTDSでなくともぜんぜんOKなのかもしれん。

 そして夜。プロメテウス火山が火を吹き、花火が夜空を染める。ミッキーさんの指揮者ぶりを遠目に見ながら、強風の中、みこりんは発光スティックをしっかと握りしめていた。2液を混ぜると燐光を発するタイプのスティックである。Lic的には電池式の長持ちタイプを買わせたがっていたのだが、そちらには“星”がついていなかった。みこりんは“星”が先端についたスティックが、どうしても欲しかったのだ。

 ホテル着。みこりんのスティックは、弱々しく最後の気力を振り絞っているように見える。でも、星がついてるから大丈夫。みこりんの夢の中には、星と共に、こんな光景があったのかもしれない。
 午後11時、やがて、TDSは夜の静けさに包まれていた。

アクア・スフィア


2002.7.18(Thr)

ワイヤレス・ジャパン2002

 ゆったりと起床。かさばる荷物を宅急便の箱に詰め、ホテルの受付で発送手続きを済ませ身軽になったあとは、私は当初の目的通り出張先へと向かい、Licとみこりんは保育園の夕涼み会の準備のため、帰宅することとなる。舞浜駅で二手に分かれたのは、Licが最後の最後に買い物をするためだ。

 本日の出張先は、例によって東京ビッグサイトである。ワイヤレス・ジャパン2002が開催されているのだが、事前の連絡メールには“カメラ小僧立ち入り禁止”と明記してあった。いったい中ではどんな衝撃的な光景が待っているのだろう。と、ほんのちょびっとだけ考えつつ、ゲートをくぐる。

 む、たしかに派手だ。コンパニオンの衣装も様々。バドガール・スタイルはすっかり消滅したようで、私的にはじつに好ましい限り。しかし何度体験しても、スーツ姿の群れの中に点在する、布きれのわずかなお姉さんの図というのは一種異様な空間である。これで質疑応答も完璧だったならば理想的だったのだが、さすがにそこまで要求するのは酷だったみたい。でも昔のような棒読みタイプが減っただけでもマシか。

 お仕事モードな目には、インターネットITSがかなり興味深く映った。要はクルマなどの移動体から、インターネットに接続可能な環境を構築し、それをITSでも活用しましょうという技術なのだが、これはじつに応用範囲が広い(ITSが何かはサーチエンジンで検索のこと)。個人的には、全てのクルマの車速やらハンドル回転角などの情報を吸い上げ、危険な運転してるヤツを即刻停車処分にできるようなシステムが欲しい。それと位置情報システムを事故防止に役立ててもらえれば言うことなし。希望する歩行者にも端末を持ってもらってれば、突っ込んでくるクルマをシステムが急停車させることも可能だろうし、利用価値はかなり高い。ただ、玉に瑕なのは、現在モバイルにおける常時接続環境の選択肢がほとんどないのと、まだ高価なのが難点。これで月1000円程度でモバイル常時接続OKになって、しかも高度1万メートルまで可とかになったら、そらもう最高なんだが、まだまだそこまでは……、なんていいつつ、来年の今頃はこんな感想言ってたのもアホらしくなるほど当たり前になってるかもしれないけれど。

 いろんなブースで名刺と引き替えにパンフレットを頂戴していたのだが、迂闊にも名刺のストックが途中で心許なくなってしまった。もっと補充しておくのだったと悔やんでもあとのまつり。重要そうなところを慎重にチョイスしつつ、名刺を配る。ついでにみこりんのお土産にできそうなアイテムをおまけにつけてくれるところも重点的に。

 夕方、会場をあとにする。名刺は完全に底をついてしまっていた。おかげでというか、手持ちのパンフ類は宅急便のお世話になることなく自力で持ち帰ることができそうである。こうして火曜日からの東京滞在は終わりを告げたのだった。


2002.7.19(Fri)

背番号

 全国民に11桁の番号を割当てることで、何か不都合があるのだろうか?
 番号を割り振ってなくても、管理されるときゃ管理されるんだし(この“管理”という言葉もじつに曖昧だが)、いったい何がどう困るというのか私にはまったく理解不能である。あえて不都合があるとすれば、違法に税金対策してるやつが困ることになるかな。そりゃおおいに結構(でも納税者番号には使わないらしいので、困ることはないか。じつにもったいないことだが)。

 コンピュータで管理されるからダメとかいう人たちがいるらしい。じゃぁファイルやノートで管理されるのはいいのか?。管理するのは人であって、コンピュータやらノートやらはただの道具でしょう。それをあたかも擬人化して恐怖感を煽るのは、なにか別な意図を感じざるを得ない。あるいはコンピュータになんか過剰な幻想(恐怖)を抱いてるとしか思えないけど、もしかしてコンピュータとは皆狂ったHAL9000みたいなイメージなんだろうか。

 問題なのは情報漏洩に対する処罰と対策が曖昧なままなことだろうに。すべてのアクセスログを完全に残し、なおかつそれを公開すると同時に、認証を徹底することで、誰がいつどこからアクセスしたのかを監視するようにしておく必要あり。

 個人的にはそっちの情報よりも、銀行員に個人の通帳内容を勝手に覗かれてしまう現状のほうがよっぽど不愉快だ。金貸してやるんだから“無断”で調べても当然という傲慢さがあるようだが、考え違いも甚だしい。こっちの個人情報保護もきっちりやってもらわないといかんね。


2002.7.20(Sat)

花火より食い気

 近くの花火大会へと家族揃って出掛ける。これまで一度も本格的に参加したことのない花火大会だったが、今年はうまい具合に駐車スペースが確保できたので出向くことにしたわけである。

 出発前から、みこりんは「かきごおりたべる!」と宣言していた。どうやら花火は二の次、どころか念頭にはないらしい。花火よりも、その周辺に出店しているであろう夜店が気になって仕方がない様子。去年の今頃は、打ち上げ花火を遠くで見るのも怖がっていたみこりんだというのに、えらい変わりようである。

 現地の歩行者天国に一歩足を踏み入れると、否が応でも祭りムードは高まってくるわけだが、みこりんの視覚もやはり通常よりも高性能化していた。人混みで前方視界も非常に悪い状況の中、遙か遠方にある『かき氷屋』を発見、それを我々に指摘したのだ。どうもあの独得な“氷”と染め抜いた暖簾を識別したようなのだが、あれが“かき氷”と関連ありといつのまに学習していたのか。幼児の観察眼侮りがたし。

 かき氷屋さんは、それ以降もどんどん見つかった。そろそろみこりんの我慢の限界も近そうだったので、ホコ天の真ん中あたりで腰を落ち着けることにする。その間にも、打ち上げ花火は派手に夜空を煌めかせていた。射場が近いので、音もなかなか迫力があり、腹にずしんと響く。みこりんは、しかし、どのかき氷にするかで真剣に悩んでいる最中だった。まったく怖れる気配なし。

 結局、赤い蜜をかけてもらったみこりんを連れて、人気の少ない藤棚の下へと移動する。ここならば落ち着いて食すことができるだろう。なにしろ藤棚で夜空の半分以上が遮られているため、見物客もここにはまったくいないのだ。人混みの苦手な私にとっては、快適この上ない。みこりんもかき氷に夢中で、花火がほとんど見えないことにも気付いていない様子。Licは…、ちょいと体を藤棚からはみ出させて、今年の新作花火を見ようと構えていた。新作、か。それは私も気になるな。

 Licの隣に、私も身を乗り出すようにして夜空を見上げてみる。赤い光点が、しゅぱっと開いた。何かの絵を描いたような気がしたが、それがなんなのか、すぐには見当がつかない。蝶ネクタイのようにも見えたが、そんなものをわざわざ夜空に描く必然性もなさそうだし、と思っていたところ、マイクによる解説が聞こえてくる。それによれば“ワイングラス”が正解だった。なぜにワインなのか考える間もなく、第二弾がやってくる。今度のは緑の光点。花模様か?それにしては一部の花弁が奇妙に歪んでいるような……。正解は“亀”だった。池の畔の花火大会だから、らしい。な、なるほど。

 みこりんがかき氷を食べ終わった。時間もそろそろフィナーレ一歩手前。今が撤収には最適だ。そろそろと移動を開始する。みこりんは抱っこしてないと押しつぶされそうで危なかしい。それにしても袖を肩のあたりまでぐるぐるっとまくってる浴衣姿がやけに目に付いた。どうせなら袖全部切ってしまえばいいのに。などと思いつつ、花火大会をあとにしたのだった。


2002.7.21(Sun)

長良川へGO

 体の奥底から“夏”を満喫できそうな晴天に感謝しつつ、長良川へと向かう。トランクルームには、ビーチパラソルに銀ピカマット、それに釣り道具と川遊びグッズが満載してある。海が遠い分、川を海代わりに遊ぶのがこの辺りの習わしだ(たぶん)。

 いつもの橋のたもとへと到着する。先客が5組ほど確認できる。川の水が、えらく増水しているのに気付いたのは、河原まで降りてからのことだった。台風2連発の影響だろうか。流れもけっこう速い。とはいえ岸辺付近はそこそこ水もぬるく、流速もおとなしかったので、そのまま荷物を広げることにする。
 幸い風はほとんどなく、青天に白雲をプリントしたビーチパラソルは、ぐらりともせず立ってくれた。ぐるぐる巻きにしていた銀ピカマットを伸ばし、荷物を乗っけて巻き癖をとってやってから、みこりんにキティちゃんの浮き輪(もちろん両脚をつっこんで乗るタイプだ)を持たせて川へとじゃぶじゃぶ入ってゆく。

 岸から2mほどは、お湯のようだった水も、深みを増すにつれて急激に温度を低下させつつあった。おそらく20度を切っているものと思われる。まずこの辺りで水温に慣れておく必要があるようだ。すでにみこりんはキティちゃんに装着完了しており、下半身はすっぽりと水の中。「冷たくない?」と聞いてみたが、特に違和感はないらしい。保育園のプールもだいたいこんな感じなのだろうか。あるいは若さ故か。
 しばらくキティちゃんの紐を引っ張って、遊覧モード。深みにもちょろっと足を踏み出しかけたが、あまりに冷たいのでとっとと引き返してきた。冷水だ。まるで上流の氷河が溶け出してきたかのような。しかも水量が圧倒的で、流れに逆らって進むのにも全力が必要だった。
 Licは浅瀬で網をふるっている。何か小魚がいるらしい。

 約30分。そろそろ脚がふやけてきそうだ。みこりんともども岸辺に上がることにする。
 Licが捕まえていたのはハゼ子だった。体長1cmほどの、小さい小さいハゼ子達。

 増水しているので、去年まであったような流れのゆるやかな深みがないことから、釣りは難しいかとも思ったが、せっかく装備を持ってきたので試してみることにする。仕掛けはオランダ仕掛け、カゴ釣りだ。餌を練り、カゴに詰めて、流れの中にちゃぷんと投じる。ある程度深さがないと仕掛けは有効に機能しない。膝くらいまで川の中に入っていった。
 みこりんは今度はLicに引っ張られて岸辺付近を遊覧中。浮遊感がたまらないらしい。

 竿に反応があったのは、それからほどなくしてからのことだった。くくっという軽い引き。ちょいとためてから、ひゅっと抜くように引き上げる。手応えアリ。針の1つに、ぴちぴちと銀色した魚型が跳ねている。生け簀を岸に置いてあったので、そこまで戻るのに十数秒。魚は落ちることなく針にかかったままでいてくれた。慎重に針を外し、生け簀に泳がせる。体表にうっすら浮き出しつつある模様から、オイカワの幼魚と思われた。体長およそ7cm。飼うには少々大きいが、不可能なサイズでもない(が、この魚はあとで生け簀からジャンプし、川へと戻っていった)。

 その後も、次々に釣果はあった。ほぼ入れ食いに近い。飼うのが目的なので、5cm以下のサイズが多いというのはかえって嬉しい。針の返しを削り落としている部分が多いので、手元にたぐり寄せてからも結構逃げられてしまったが、まぁ仕方あるまい。逃げられたことを後悔する必要のないほど、魚は面白いように針にかかってくれるのだから。
 みこりんとLicもやってきた。一緒に釣りたいらしい。竿をもう1本準備する。仕掛けは同じだ。キティちゃんに餌と生け簀を乗っけて、紐を脚にかけ、釣り続行。

 なんだか辺りが騒がしくなってきた。救急車両のサイレンが遠くに近くに届いてくる。そして頭上には低空をゆるやかに川に沿って移動してくるヘリが1機。県警のヘリだ。橋を越えて上流まで行ったあたりで、ホバリングし、方向転換。再びこちら方面へと戻ってくる。別に私が何が大それた事をしでかしたわけではない。おそらく誰かが川に流されたのだ。
 やがて川岸へと消防のトラックが降りてきて、簡易ボートを組み立て始めた。どうもこの周辺を重点的に捜索している様子。ギャラリーもいつのまにか増えているし。しかし、流されたのならもうとっくに下流のほうに行ってしまったのでは…。なにしろ川の中央では、エンジン付きのボートが川をさかのぼれないほどの水流があるのだ。あるいはここで網をはっているのかもしれないが。

 頭上に新たな機影が登場する。県防災のヘリだった。隊員が機体から身を乗り出して、下を覗き込んでいる。本当に“網”で川を遮断してしまえば確実に確保できそうな気もしつつ、どんどん増えてゆく捜索隊の数に、我々もついに撤収を決意する。すでに時刻は夕方、黄昏時だ。釣って手元に残った魚は全部で9匹。あとハゼ子を3匹ほど残して、生け簀の蓋を閉める。水温が低いのが幸いしたようで、釣って落ちた魚はいなかった。

 陽光と、水圧にさらされ、ほどよく疲れた体をクルマに乗せると、川縁を徐々に離脱する。川岸では、消防団と思しき方々が整列を始めていた。その数およそ百数十名。無事に遭難者が発見されるとよいのだが。

 帰宅後の魚達の様子は、お魚日記へと続く。


2002.7.22(Mon)

水のこと

 こんな文章に目が留まった。

 最近では、除菌効果、防臭、防かびの効力著しい上に肌にやさしい洗剤も出回るようになりました。これは使用することで排水管も下水道、河川も浄化してくれるというスグレものです。

小泉内閣メールマガジン 第54号
私の危機意識(主婦の視点からの環境問題)
(環の国くらし会議メンバー 長島亜希子)

 す、凄すぎる。いったいなんていう洗剤なのか気になってしょうがない。そんな良いことずくめの洗剤が存在していたとは。なんか特殊なバクテリアを使ってそうな?

 ところで洗剤等の家庭排水に意識を向けさせる重要性は、私も同意するところが多いけれど、万人に一定以上のモラルを期待するのも、なんだか不安だ。いっそ各家庭の排水口に“汚物センサ”を装着することを義務づけ、“汚物メーター”で汚染度を明らかとし、基準値をオーバーした場合には罰則規定を設ける…とか。クルマの排ガス規制がOKなのだから、こういうのもアリでは。問題は何をもって“汚染”されているか、とすることだな。そんなに都合の良いセンサがあるのかというのも問題か。

 あるいは下水道普及率100%をとっとと実現して、高性能な濾過槽で汚染をたちどころに浄化してしまうというのが、個人的には理想的。そのために下水道使用料が3000円アップしてもかまわん。でもこれをやってしまうと、ほんとに無頓着になってしまいそうで、怖い。……水だけでなく、何事についても。


2002.7.23(Tue)

レジ袋の裏技

 ビニールシートをお湯(水)に浮かべ、その上に普通なら水に沈むものを乗せても、じつは簡単には沈まない(限度はあるけど)。今夜はこの裏技にみこりんがハマっている。お風呂にレジ袋を持参して、お風呂用オモチャを様々に乗っけてみては「ういた〜!」と歓声を上げていた。
 でもみこりん、そのお風呂用オモチャ、ぜんぶ水に浮くやつばかりのような。レジ袋がなくても、浮かぶぞきっと。実際、レジ袋に水が被り、半ば水中に没しつつも、カエル人形はぷかりと浮いている。やはりここはひとつ、本当に沈むヤツで実演してやらねばなるまい。比較実験してこそ、感動も深まるというものだ。

 と思って何かいいアイテムはないかと風呂場の中を探してみたのだが……、これがなかなか見つからない。シャンプーボトルにしても、イスにしても、洗面器にしても、スーパーボールにしても、髭剃りにしても、たいていのものが単独で浮いてしまうのだった。いかん。このままではいかん。

 困っている私に、みこりんが助け船を出してくれた。洗面器にお湯をはってみてはどうかと言うのだ。そこで大きな洗面器に湯をなみなみと注ぎ、そろぉっとレジ袋に乗せてみた。洗面器の形に沿ってシートが沈む、が、洗面器は水面ぎりぎりのところで、浮いた。みこりんが目玉を大きく見開いて驚いてくれている。やったかと思われたその時、レジ袋の上に湯がかかって、溶けゆくクラゲのように、レジ袋は風呂釜の底へと沈んでいったのだった。だが、洗面器は、微動だにせず水面にある。浮力が勝っているのだ。
 縁をわずかにでも水没させれば、洗面器はあっというまに沈んでゆくだろう。しかし、それではレジ袋の上で実験ができない。先に洗面器が沈んでいてはいけないのだ。何かもっといいのはないのか。さらに沈むアイテムを探す私に、みこりんが「これは?」と手渡してくれたものがあった。

 それはみこりんの髪飾りだった。ゴム紐に、小さな小さなプラスティック製の花が2つ咲いたものだ。とても軽い。
 まず単独で水に浮くか試してみた。すると…、髪飾りは沈んでいった。水を吸ったゴム紐の勝利だった。続いてレジ袋の上に乗せてみる。…浮いた。当たり前のようにレジ袋の上に髪飾りは乗っかったままだ。
 実験は成功だ。みこりんを見る。喜んでくれていた。でも、なんだか口元がひきつっているような気もする。もしやみこりんにはすべてお見通しだったりして。


2002.7.24(Wed)

帰省前、収穫

 朝から素晴らしい真夏日である。帽子被らずに戸外に出たら、即気絶しそうなほどに熱気がすごい。そんな灼熱の世界で、私とみこりんは野良仕事に励んでいる。明日からちょいと帰省するので、その前に市民農園で借りている畑を見ておこうと思ったからだ。なにしろ台風が通過してから一度もチェックしていなかったのだ。このまま週末を迎えるのは危なすぎた。

 ナスがわらわらと成っている。ちょっと小さめのも含めて収穫収穫。キュウリも収穫。トマトは……、なんだかどれもイマイチだった。立ち枯れているのも1本ある。天候不順がたたったかな。
 ところで、スイカだ。畑に着くなり、みこりんが田園に木霊する声で「すっごいすいかができてる〜!!!」と叫んだ通り、ごろりと敷き藁に寝ころんだ姿は立派だった。ぽんぽんと叩くと、じつにいい音が返ってくる。大きさもほぼ申し分なし。おまけにツルが良い具合に枯れ始めていた。収穫時期かもしれない。だがしかし、今収穫してしまうと、帰省から戻ってくるまで食べられない。かといってこのまま週末まで放置してしまうと、収穫時期を逸してしまいそうである。おぉぉ、悩ましい。じつに悩ましいではないか。きっちり5分は迷った。このスイカを如何にすべきか。…ふと気になって、スイカを持ち上げ、裏側を、見た。「む!」なにやら切り傷が数ヶ所にある。古傷だ。スイカの生長に従って、亀裂が拡大しつつあった。
 これで心は決まった。収穫だ。そう告げると、みこりんは嬉々としてハサミを入れてくれている。「すいかげっとー」みこりんが高らかに宣言していた。

 *

 畑から戻ると、今度は庭での収穫である。キイチゴ(ブラックベリー)が熟れすぎていて、ぼたぼたと落ち始めているのだ。これを放置していては、もったいない。さっそくザルにもぎりはじめる。
 軽く触れただけで、ぽろっといくようなもの続出。甘そうである。だが、ふっとその実の内部に目をやった時、私は敗北を悟る。すでに先客がいたのだ。うにうにうねうねの方々が。これも、あれも、それも。先を越されていないものも、あるにはあったが、完熟にはちょっと早いような気がする。でも週末まではもちそうにないので収穫した。
 これらは全部タッパに詰めて、持参する。収穫物はお裾分けせねば。

帰省中、そして帰省後

 今回はすべて電車、しかも指定席。平日とはいえ夏休みなので、油断禁物。なにしろ全行程で5時間半はかかる。もしも座れなかったら悲劇である。自分だけなら大丈夫だが、みこりんは耐えられまい。

 すっかり日も暮れて、夜真っ盛りの頃、実家に着いた。みこりんは、もはや黒猫におびえることはなかった。成長の証か。


2002.7.25(Thr)

砂地の海底

 日頃海と接していない暮らしをしていると、実家に戻った時でもなければ海水浴もままならない。というわけで、一年ぶりの海に来ている。夏休みとはいえ、ド平日のためか、浜辺に人影はまばらだった。
 これでのどかな波の音が満喫できれば最高なのだが、浜辺には“やかましい”音楽が鳴り響いている。隣のLicと会話するのも困難なほどの大音量だ。発生源は、浜辺の管理事務所を兼ねているらしい売店のスピーカー。ホーンスピーカーが海方向を向いているため、その反対側に位置する建物で聞くにはちょうどいいらしいのだが…、会話もままならないほどの騒音に満ちた海では、もし誰かが溺れたとしてもその助けを求める声はかき消されてしまうだろう。地元でこんな無神経なヤツを雇っていたら即行抗議するところだが、ここは他県、無駄にエネルギーを使うこともない。騒音は聞こえない振りをして、さっそく波間に足を踏み入れてゆく。

 みこりんが装着しているのはドーナツ型の浮き輪である。ちょうどいい具合に紐がついているので、そいつを引っ張って、ぐいぐいと沖に向かって歩いてやった。遠浅なので、いつまでたっても足が着く。とはいえみこりんの足が着くほどには浅くないため、ほどほどのところで引き返そう。浮き輪の紐からちょっとでも私の手が離れると、みこりんは虚空に放り出されたかのような顔をした。水が怖いというよりも、海という得体の知れない領域への恐怖が沸き起こるのかもしれない。

 いったん上陸し、水分補給をしてから、海に戻った。今度はみこりんを直に抱っこしている。さらさらの砂地が足裏に心地よい。水中メガネで覗いてみると、くすんだエメラルドグリーンの水中世界が視界いっぱいに広がった。海水の透明度は3〜4mといったところか。岩場もなく砂地だけの水底。きらめく陽光が、不定形の陰影をゆらゆらと映し出している。
 最近造成し直したばかりの海水浴場ということもあり、あまり生物の姿は確認できない。それでも時折、タイの仲間やらボラやらキスやらが群れ泳いでいるのが見える。砂ごと吸い込み、ばふばふと何かを食べている様子。
 さっそくみこりんにも教えてやると、慌てたようにキティちゃんの水中メガネ(ついさっき買ったばかりの新品だ)を装着し、ちゃぷんと顔を水中につけている。みこりんの水中での息止め時間は、最長でも5秒程度なので、それほどじっくり眺めていられるわけではない。けれども、私が“絶景ポイント”を指示するたびに、一生懸命水中を覗き込んでいる姿から、みこりんの興奮具合がうかがえる。なにしろ、こうして野生の海水魚を水中メガネで間近に見るのは初めてなのだ。「あのおさかなつかまえて」と、みこりんに何度もお願いされてしまったが、さすがに素手で捕獲するには場所が悪い。たぶん網があってもかなり困難を極めるだろう。代わりと言ってはなんだが、輪郭だけで水中を漂っていたクラゲを捕獲してやった。

 そのクラゲは、ちょうどテニスボールを輪切りにしたようなカタチで、色は無色透明、海水につけると光学迷彩を使用したかのようにかき消える。わずかな屈折率の違いがなければ、見つけることもできなかっただろう。
 傘の内側に、脚はなかった。溶け落ちたように、わずかな痕跡が見られるのみ。つまり、このクラゲは死んでいるのだ。でもみこりんにとって、クラゲが生きているのか死んでいるのかはたいして重要なことではなかった。この風変わりな物体を握りしめ、水に浸けては出し、を繰り返している。気に入ってくれたようだ。

 もしもいたら、連れて帰ろうと思っていた生物がいる。ヤドカリだ。海の中を漂い泳ぐこと十数分。貝殻直径8ミリほどの可愛いサイズを4〜5匹捕獲した。Licも岸壁のあたりで苔取り貝と共にヤドカリを1匹連れて戻ってきていた。こちらのヤドカリは倍くらいのサイズがある。貝殻のフジツボがチャームポイント。
 みこりんは海藻にいたく興味を惹かれていた。ついでなので2〜3枚拾っておく。苔取り貝の餌にもなるだろうし、思わぬ生物が発生してくるかもしれない。その後もヤドカリを発見するごとに、バケツの中に入れておいた。

 帰る間際に生物達を厳選する。ヤドカリは小さいの2匹、大きいの2匹を残して、あとは海に帰してやった。海藻にくっついて離れない苔取り貝2匹は連れて帰ろう。入れ物をバケツからペットボトルへと移し替える。これで天然海水も、わずかながら持ち帰ることが出来るようになった。我が家のライブロックに、新たな生物の発生が期待できる。

 海から戻ると、そのまま布団に倒れ込むように、寝た。みこりんはずっと起きていたらしい。これが、若さというものか。

呼称問題

 弟夫婦のことを、みこりんは“おじちゃん”と“おねえちゃん”と呼ぶ。たまに“おじちゃん”が“おにいちゃん”に化ける時もあるのだが、すぐに元に戻っているので、基本形は“おじちゃん”なのだろう。まぁこっちはいい。今後が心配なのは“おねえちゃん”の方である。いずれ“おねえちゃん”から“おばちゃん”へと呼称が変化せざるを得ない時期が来る。三十代はいいとしても、四十代、五十代で“おねえちゃん”はさすがにまずかろう。その切り替えのタイミングは、みこりんが大きくなればなるほど困難を極めるのではあるまいか。なんとなくそんな予感がする。それぞれの言葉の意味するところを、みこりんが意識しはじめてしまう年頃になれば、急に“おねえちゃん”から“おばちゃん”に切り替えるのは躊躇うに違いない。私だったらきっと迷う。迷った挙げ句、呼びかけるのを止めてしまうかもしれん。

 “おばちゃん”に切り替えるのは今が絶好のタイミングなのかも…。あるいは義妹がずっと“おねえちゃん”でもよいというなら問題ないんだけど。さて。


2002.7.26(Fri)

乾きの土

 鼓膜に突き刺さる無数の蝉の声で目が覚める。クマゼミの声だ。この辺りにはまだまだクマゼミが多いらしい(ちなみに我が家ではアブラゼミが多い)。朝から汗にまみれつつ起きあがり、リビングの窓からそっと庭木を覗いてみると、そろりと木肌を移動中のクマゼミの姿が確認できた。
 暑い一日になりそうだ。

 午後、来たときと同じルートを逆にたどって、いよいよ帰還。約6時間の道中を、ペットボトルのヤドカリ達は無事に切り抜けてくれた。
 鉢植えなどの確認のために庭に出てみると、花壇の土が異様なほど乾燥しているのが見て取れる。霜柱でもないのに、土が浮き上がっているのだ。乾きすぎて塊となったものが、露出してそう見えるらしい。さすがに植物達も辛そうである。地植には基本的に水やりはしないことにしているのだが、限界だ。ホースで直接散水する。
 いくらやってもたちどころに表面で蒸発してるんじゃないかという錯覚にとらわれてしまうほど、乾きは深刻だった。どうりで白菜もくたっとしてるしニンジンの葉っぱも枯れそうなわけだ。
 それにしても、と思う。夏の風物詩であったはずの“夕立”はいったいどうしてしまったのか。何故に降らない。もはや“夕立”現象は過去のモノとなってしまったのだろうか。あぁ、夕立よ降りたまえ。


2002.7.27(Sat)

ハムスターの瞬間芸

 久しぶりにジャンガリアン・ハムスターの“ことりさん”が暮らすケージの、チップを交換することにした。その間、いつもならば蓋付きのプラケに“ことりさん”を一時収容するのだが、今回はあいにくすべて塞がってしまっている。仕方がないのでティッシュボックスの空き箱を利用することにした。
 古いチップを空き箱に適度に敷き詰めていると、“ことりさん”がひょこっと巣穴から顔を出し、「ん?」とこちらを見上げている。おいでおいでと手の平に誘い、そのまま空き箱へと直行させた。ことりさんはなんだか落ち着かないらしく、かさこそと動き回っている。取り出し口から出ないように重しを乗せて、さっそく作業に取りかかった。手早くやってしまわねば。

 古いチップをばさばさと袋に移し、ケージをざざざと丸洗い。ことりさんの存在証明たる“音”を確認しつつ、水滴をティッシュで拭いていたときのことだ。なんだか急にティッシュボックスが静かになったような気がした。ここはウッドデッキなので、もしもことりさんが抜け出しでもしたら大変だ。カラスが今この瞬間にもどこかで狙いを定めているかもしれん。さっそく確かめに行ってみると、重しの隙間からことりさんの姿が見え隠れしている。ところが、ほっとしたのも束の間、次の瞬間には、箱の外にことりさんの姿があった。
 いったいどうやって出たというのか。まるで瞬間移動したかのような……。アンドロー梅田のイメージが脳内にわき起こる。ま、まさか。…いいや騙されるものか。どこか囓って穴を開けたのだろう。そうに違いない。なにしろ紙の箱だ。ハムスターにとっては何の障害にもなるまい。そう思って箱を子細に調べてみたが、どこにもそんな穴はなく。………深く追及するのは止めておこう。とりあえず今はチップ交換の作業中なのだ。ことりさんは、みこりんのオモチャの容器にでも入ってもらって、と。念のため、上からケージの金網部分を被せておいた。これなら万一脱出しても大丈夫。

 でも、ことりさんの瞬間芸は、二度とは発動しなかったようである。無事、チップ交換は終了してしまった。ちょっと残念。

 さて古いチップをどうしよう。これまでは燃えるゴミにしていたが、広葉樹チップなので、みすみす捨てるのも勿体ない。やはり堆肥にするのがいいだろう。というわけで裏庭の生ゴミ堆肥置き場へと古いチップを詰めた袋を持っていく。
 すると私を出迎えてくれたかのように、もぞりと動いた姿があった。堆肥の表面に這い出してきたのは黒光りする甲虫だった。コクワガタのメスである。こんなところで何をしていたのだろう。もしや産卵……とか?いくらなんでもそれはないか。コクワガタのメスは、そのまま壁によじのぼってじっとしていたので、近くのプラムの木に止まらせてやった。やはりクワガタムシは木肌がよく似合う。いつか庭木でクワガタ採りができたらいいのにと思いつつ、チップに土を被せてゆくのであった。


2002.7.28(Sun)

田んぼで背泳ぎする生き物

 午後、市民農園へと出掛ける。用水路を覗き込んでいたみこりんが、小魚の姿を認めて慌ててクルマへと駆け戻っている。トランクに常備しているタモ網とプラケを取りに行ったのだ。魚の数はおよそ5〜6。体型からしてタナゴかフナの類と思われた。
 みこりんがタモ網とプラケをそれぞれ両手に持って、戻ってきた。さっそく網ですくおうとしたのだが、みこりんの手の長さではちょっと足りない。魚達のはるか前方で網をゆするものだから、魚の姿はやがてどこかへと消えていってしまった。

 収穫へと移る。ナスが鈴生りであった。でも、皮の表面がなんだか艶消しになっている。樹の勢いもいまひとつ。暑すぎるんだろうか。近頃はさっぱり雨も降らないし、ナスにとっては厳しい時期かもしれない。Licがさっきの用水路から水をじょうろで汲んできて、てっぺんからざばざばとかけてやってくれている。これで少しはマシかな。焼け石に水かもしれないけれど。
 ところでナスの葉っぱには、なぜかアマガエルが休憩していることが多い。さっそくみこりんが捕まえて、しっかと手で握りしめている。アマガエル独得の、ひんやりとしたしっとり餅肌の感触を楽しんでいるかのようだ。たしかのあの手触りは癖になる。
 みこりんは連れて帰りたかったようだが、ここにいてくれるから大丈夫というと、わかってくれたらしい。アマガエルは無事、畑に帰っていった。みこりんがアマガエルと戯れている間に、私はスイカ苗を1本、畝に植え付けていた。天候不順で発芽が遅れていたものが、やっと地植にできる程度に大きくなったのだ。果たして無事に実が成るのかどうか、じつに微妙である。

 トマトの調子が悪い。実は成るのだけれど、熟し始めると尻から徐々に腐ってしまう。去年もこんな実はあったとはいえ、今年のはこうなる数が多すぎる。しかも熟す時期がやや遅いような。Licの観察によれば、他の区画のトマトも総じて出来はよくないらしい。天候の影響なのか。庭に植えたトマトも、たしかに似たような状況だ。

 さて、すべての作業を終えて、洗い場に向かっていたときのこと。隣の田んぼの水が、怖いくらいに透き通っていたので目を留める。その視線の先に、何やら緑色した細長い生物の姿があることに気付くのは、必然だったともいえる。その生物は、ホウネンエビだった。
 子供の頃にはよく見かけたものだが、実物にこうして出会うのは、二十数年ぶりのことになる。なんとも懐かしいその背泳ぎに、しばし釘付け状態に。みこりんにも教えてやった。まだまだ“初めて”が多いみこりんのことなので、私のような感慨はなかっただろうが、そのコミカルな泳ぎには注目したようである。さっそく捕まえたい衝動に駆られたらしい。でも、この生物はここで暮らすのが一番良い。連れて帰っても、うまく飼う自信は私にはなかった。その思いはみこりんにも伝わったらしい。来週もまたこの場所で会えるといいのだが。

心変わり

 メフィラス星人やらミクラスやらゼットンやらバルタン星人やらが入っているガチャガチャ発見。こういうのが大好きなはずのみこりんにやってもらったのだが、なんとなくノリが悪い。

 がちゃり、ころん。

 出てきたカプセルを取り出し、みこりんは言った。「いやーーーー!」
 中に入っていたのはミクラスである。ウルトラセブンのカプセル怪獣、ウインダム、アギラ、ミクラスの、あのミクラスだ。いったい何がいけなかったのか。あんな可愛らしい怪獣なのに。

 みこりんはカプセルを私の手にぐいと押しつけると、不機嫌モードに突入してしまったらしい。聞けば「かわいらしいのがやりたかった」という。「バルタン星人可愛いやん」と同意を求めたのだが、「こわい」と切って捨てられた。

 みこりんがまだ2歳か3歳のころ、一緒にバルタン星人遊びをしたあの日々は、もはや遠い過去のものになってしまったようである。

夜の焚き火

 夕食は庭でのバーベキュー。すでに午後6時を回っているので、炭の着火を急ぐ。粉々の炭ばかりしか残っていなくて、どうもうまくいかない。みこりんも何か手伝わなくちゃと思ってくれているようで、私の回りをうろうろと駆け回っている。その甲斐あってか、ようやく炭は赤々と怒り始めた。

 夕闇迫る庭で、焼き網に乗った肉が徐々に焼かれてゆく。例によって縁台を庭に持ち込んでいるのだが、その上にみこりんが長々と横たわり、空を見上げていた。
 夕焼けだ。夏の夕焼けは駆け足で通り過ぎてゆく。オレンジ色から黄金色を経て、セピアに、そして徐々に色彩は闇に溶けてゆく。炭火の色だけが、鮮やかに残った。
 みこりんがしみじみとした口調で「そらがきもちい〜」なんて言っている。たしかに絶好の焚き火タイムだ。焚き火するなら絶対夏の夜に限る。空の開放感と、炭の匂い、炎の色。どれをとっても心が騒ぐ。みこりんにもこの良さがわかってもらえると思うと、じつにうれしい。

 いよいよ焼きも佳境に入ったころ、庭はすっかり夜に覆われていた。炭火だけといのも悪くはないが、何か灯りがあってもいい。物置から携帯型のハロゲンランプを持ち出してきて、スイッチを入れる。色温度はわりと低めなので、いい具合にしなびた光芒が照射されていた。

 ところがしばらくすると、突然に灯りが消える。そう、このライト、動体検知型のセンサライトなのである。何か動くモノがなければ、一定時間経過後に消灯してしまう仕組みになっている。ゆえに誰かがランプの前で踊らなければならない(両手を挙げてアッピールしてもいいんだが)。
 みこりんはそんなライトのことを、こう呼んだ。「おどるーらいとさん?」
 灯りが消えるたびに、みこりんは縁台に立ち上がって踊ろうとしてくれたのだが、センサが敏感すぎて、立ち上がる仕草だけで点灯してしまっていた。それがちょっと残念そう。

 あらかた食材を平らげた頃、私は部屋に戻り、冷蔵庫からある物体を取り出していた。丸くて緑色してて、黒い縞模様の入った、スイカだ。いよいよこれを食すのである。まな板に乗っけて、包丁の切っ先を、さくっと入れた。小気味よい音を立て、刃よりも先に亀裂がはしる。隙間から中の様子がちらっと見えた瞬間、私の手は止まっていた。「な、なんで!?」思わず声に出てしまう。黄玉西瓜だったのだ。今の今まで赤玉西瓜だと思いこんでいたので、驚きも大。……でも、まぁいいか。黄色くても熟れてれば。

 味は、可もなく不可もなく、といったところだった。西瓜は当たり外れが大きいので食べるまではドキドキだったが、許容範囲に安心する。
 みこりんがLicのマネをして種をぶぶっと地面に飛ばしていた。そして時折、夜空を見上げては何事か納得している。今夜が曇なのがじつに惜しい。これで満天の星空でもあれば………。みこりんをキャンプに連れ出すには今が好機なのかも。


2002.7.29(Mon)

自家製“肉”

 自家製の野菜を使った夕食を食べ終えたあと、みこりんがふいに気が付いたように言った。「おやさいいっぱいつくったら、かわなくてもいいやん」そうだね、その通りだよ。さらにみこりんが続ける。「でも、おにくはかわんといかんけどー」

 お肉…、タンパク質か。たしかに自家製はやっかいかもしれない。でも、ウズラなどを飼えば卵は確保できる。そうみこりんに教えてやろうとしたのだが、なぜか「お肉もなんとかなるかもしれないぞ」ということになってしまっていた。“卵”と言うべきところで“肉”と間違えてしまったのだ。

 さて、肉をどうやって調達すればよいのか。驚きの表情でこちらを見上げるみこりんに、私は2秒ほど考えた結果を伝えてやる。「みこりんが大きくなったらね、ほらこうしてここのお肉を…」と、みこりんの柔らかそうな二の腕あたりを指差し「切り切りして食べればいいんだよ」

 みこりんの表情はといえば、最初ぽかんとあっけにとられていたのだが、徐々に半信半疑の眼差しへと変わっていった。いちおう「そんなんいやー」と声に出して言ってはみているものの、私の話を頭から信じてのものではなさそう。ちょいと前なら、まず間違いなく本気にしてくれていたのに…。
 みこりんをからかって遊ぶのも、だんだん高度な技が必要になってきたようである(当たり前か)。


2002.7.30(Tue)

早朝の電話

 微睡みの中で、電話の呼び出し音を聞いたような気がした。Licが応対しているらしい。瞼を透かして届いてくる光は、朝というには少々弱々しいような。そっと薄目を開けて、枕元の目覚まし時計を確認した。午前6時30分。たしか寝たのが午前2時過ぎだから、まだ4時間ちょっとしか寝てないらしい。道理で瞼が重いわけだ。

 受話器を持ったまま、Licがカーテンを開け、窓の向こうを見下ろしている。何か道路にいるらしい。電話の中身が気になりだした頃、私が呼ばれた。
 ふらつく脚で窓辺へとたどり着き、外を見る。黒いアスファルトの上に、長々と寝そべるように猫がいた。頭の下あたりに、絵の具の“赤”を溶いてぶちまけたような染みが広がっている。すでに事切れているのは明らかだった。ぴくりとも動かない。
 お向かいの奥さんからの電話だった。死体の処理は市役所に、と教えてあげる。でも、その前に猫をどかさないと、不注意なクルマに猫煎餅にでもされたら後始末がもっと大変。こっちは私が対処することになった。どうやらお向かいのご主人はすでに出勤してしまっているらしい。

 着替えて、顔を洗い、髪もきっちり整えてから、玄関を開けた。Licが段ボール箱を持ってきてくれたので、それ片手に猫の死体へと近づいてみる。雉虎猫だ。このへんではよく見かける野良猫だった。たしか先月だったか、仔猫を2匹連れ歩いていたような記憶もある。
 右後頭部を強打したらしい。おそらく即死。暴れた様子が見られない。頭部以外に損傷はなかった。そっと体をさすってみる。地熱で温められてはいるが、猫の体温よりはぜんぜん低い。鼓動もなく、完全なる死体にちがいあるまい。不思議なのは、猫の傍に、スズメバチの死体もあったことだ。こちらは半ば潰れるように胸部が圧迫されてひしゃげている。猫とスズメバチの死体。まさかハチに猫パンチをくらわしているところをクルマに撥ねられてしまった…とか。

 体の下に手を差し入れ、持ち上げた。はや死後硬直しているようで、期待したような“くたっ”とはならなかった。段ボール箱に入れようとしたが、硬直した四肢が大きくはみ出してしまう。これより大きな段ボール箱のあてもないので、箱から脚がはみ出したまま隣の空き地へと移動させた。

 家に戻る。手をごしごしと石鹸で念入りに何度も洗った。外では、Licとみこりん、それにお向かいの奥さんがホースで水を撒き、血糊を洗い流しているらしい。

 仔猫を見守っていた母猫の姿が、ずっと頭の中に残っている。
 今朝は、いつもより1時間早く仕事に出掛けた。


2002.7.31(Wed)

目玉の異変

 真夜中、Licに起こされた。ねばりつく瞼をこじ開け、起きあがると、Licが目玉を見てくれという。左目だ。じっと見る。「ん?」強烈な違和感が込み上げてきた。な、なんだこれは。Licの白目が、ぶよぶよと盛り上がっていたのだ。

 黒目の部分を押し包むかのように、外側の白目部分がまるで水ぶくれにでもなったかのように腫れている。目玉が破れたんじゃないかと怖い想像になってしまったが、黒目が正常そうなのと、視力はあるようなので、安心する。とはいえこれは異常だ。白目のぶよぶよの元が、とても気になった。
 しかし今は深夜である。急を要するものでもなさそうなので、朝まで待つことにした。再び眠りの世界へと入ってゆく。はたしてLicは眠れたろうか。

 *

 朝。Licの目玉はやはり白目部分が水膨れ状態だった。病院に行こう。まずはみこりんを保育園に送っていって、と。クルマのワイパーに、トノサマバッタがつかまっているのをみこりんが指摘している。トノサマバッタをワイパーにくっつけたまま保育園までたどり着き、みこりんを教室まで連れて行って戻ってきても、やっぱりバッタはワイパーにいたのでそのまま家に連れ帰ってきた。でも、Licが玄関から姿を見せたときには、バッタはどこかに消えていた。さすがに身の危険を感じたのか。野生の勘、恐るべし。

 眼科を探している余裕がなかったので、総合病院へと向かった。眼科はさほど混んではいなかったが、やはり午前休暇だけでは片づきそうにない。
 診察室に呼ばれたLicが、やがて戻ってきた。診察の結果や如何に。気になる白目のぶよぶよの正体は…

 何らかの“感染症”ということだった。その結果、白目が腫れてしまったらしい。昨夜よりも腫れはひいているとは言っても、まだコンタクトレンズが白目にくっついているような感じにぷくっと盛り上がっているのが、なかなか怖い。そう、例えば蚊に目玉を刺されたらこんな感じになるかな…
 目薬で治るという。大事に至ることはなさそうで、一安心。でも今日一日は目玉を酷使すること禁止、とLicに告げる。

ナンバンキセルの鉢植え 午後、ふってわいた休日を、庭で過ごした。ぎちぎちに根がはっていたステビアの鉢替えをしてみたり、買ってきたナンバンキセルの置き場所に悩んでみたり。それにしてもナンバンキセルを売っているとは意外だった。しかも500円。ついつい手が出てしまっていた。
 Licは最近ブームらしい苔玉を1つ買ってきていた。植わっているのはアジアンタム。もともと食虫系の変わった植物を好むLicなので、苔にも惹かれるものがあったのだろう。

 夜、Licの白目の腫れは、無事に終息していた。


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