2002.8.31(Sat)

廃盤とβ

 『ブレードランナー』と『ライトスタッフ』のDVDを買った。いずれも期間限定特価1500円也。安かっただけでなく、『ブレードランナー』は廃盤が決定しているので、このチャンスを逃せば入手できなくなるおそれが非常に高い。保護は必然であった。『ライトスタッフ』の方も、なんとなく消えて無くなりそうな予感があったので同様に。1983年の作品だけに油断禁物だ。

 じつは両作品ともに、学生時代にダビングしたビデオテープは持っている。が、そのテープというのがβなのだった。βの行く末も消滅ということが決定してしまった今、もはやβの資産はないものと思わねばなるまい。なにしろ我が家にはβのデッキが何年も前から不在なのだから。しかしこうして買い直しのきくやつはまだいい。心残りなのは、オリジナル作品やら友人が撮った8ミリ作品のコピーだ。それらのためだけに、新規にβのデッキを購入するというのも豪勢すぎるような気もするし悩ましいところだ。さて、なんとしよう。
 どこかにβのデッキ落ちてないかな…

 ところで、こういうのを見つけた。こんな使い方ができるらしい。たぶん30代の人には癖になっちゃいそうな人いるのではなかろうか(PCにサウンドボードとスピーカーがついてないと楽しさ半減だけど)。

 ここも楽しい。
 『ふたつでじゅうぶんですよ研究所


2002.8.11(Sun)

モザイク

 温泉宿より帰還した午後、二人のお姉ちゃんが交互にお昼寝する中、みこりんは一人元気だった。一緒にお昼寝してくれればと期待したのだが、みこりんは一時も無駄にしないと固く心に決めているかのように、手近な相手を見つけては遊びに興じている。

 夜、駅前の盆踊りをみんなで見に行った。みこりんはやはりここでも夜店狙い。すっかり私とLicのことなど眼中にないようである。機は熟した。計画通り、みこりんに「買い物に行ってくる」と告げてみたが、まったく付いて来たがる気配なし。それではと、Licと二人、そろって抜けだし駅に入る。時刻は午後7時ちょっと過ぎ。午後8時半からの映画には、十分間に合うタイミング。

 *

 映画館に足を運ぶのは、じつに6年、いや7年ぶりかもしれない。全席指定な映画館だったので、チケットを買った後はしばらく周囲を散策してみる。初期のWebブラウザと同じ名称をもつこの一帯は、夜ともなればカップルだらけ、まれに観光の親子連れがいるくらいで、雰囲気も妖しくなってくる。インテリア雑貨の店を数軒ひやかしに覗いてみたが、ここにも苔玉健在。それにしても苔だけを玉にして売ってみても面白かろうと思うのだが、何故にないのか。

 定刻が近づいてきたので、映画館へと戻る。まだ宵の口だというのに、異様に閑散としていた。5分前、もぎり開始。館内から出てくる人波も、拍子抜けするほどに少ない。こいつはいい。ほぼ貸し切り状態かもしれん。そんなことを考えつつ扉を開け、着席する。案の定、客の数は両手で足りるほどだった。

 『STAR WARS EPISODE II』は、やがて懐かしいテーマと共に始まった。

 きっと観た人は多かれ少なかれ、同じようなことを思ったに違いあるまい。「ヨーダに杖はいらんなぁ」と。それにしてもあのクローン兵達は、その後みーんな殺されてしまうんだろうかと、ちょっと気になってしまったりしつつ、エンディングを迎えた。
 スタッフロールを最後まで見届けたのは、私たちの他は、一名だけだった。外はすっかり人の気配が失せている。店もとうに閉店時間を迎え、灯りも消えていた。そこへ小さな影が、ちょろちょろっとやってきた。仔猫だ。今がもっとも愛くるしい時期の仔猫が1匹、きょとんとこちらを見つめている。しかし、Licが近寄ろうとすると、そそくさと隠れてしまった。じつに用心深い。だからこそ生き残ってきたのかも知れないが。

 *

 みこりんは、おとなしく眠ったらしい。大好きなお姉ちゃん達が帰るときにも、あっさりと見送ったという。人への執着が、以前よりも薄くなってきているような?たしか去年はお姉ちゃんと一緒に帰るといって、しばらく駄々こねていたはずなのだが。心境の変化が何によるものか、今はそれが少し気になっているところである。


2002.4.7(Sun)

開かずの間より

 まだ少しぼぅっとする頭で、気分転換に庭へと出てみる。枝垂染井吉野は、花弁をはらはらと散らしていた。雨は、明け方まで続いたらしい。

 みこりんとスパロボ・インパクトなど嗜みつつ、やっぱり布団が恋しくなったので午後は再び寝倒すことに。思いっきり、寝た。もはや思い残すこともないほどに。延々眠り続ける私の耳元で、なんだか囁くものがある。何だ、復活の呪文か?
 目覚めると、Licがいた。

 ビデオテープが出てこなくなったと訴えていた。みこりん用に図書館から借りてきた『14匹シリーズ』を飲み込んだまま、ビデオデッキは沈黙してしまったらしい。じつはこのデッキ、まだ以前のヤツを使い続けていたのだ(2002年2月3日に新しいのを買ったはずなのに)。新しく買ってきたのは、まだ二階の開かずの間に未開封のままで置いてある。とくに理由はなくて、単に取り替えるタイミングを逸していただけなのだけれど…

 潮時らしい。交換だ。

 ラックから抜き出したビデオデッキに、最後にもう一度だけ火を入れる。イジェクトボタンを「ぽちっとな!」重々しい響きと共に、飲み込まれていたテープが吐き出されてきた。分解の気配を察知したとでもいうのか。でも今更言うことを聞いても、手遅れだ。新しいデッキと入れ替えに、開かずの間へと消えてもらおう。あぁこうしてまた、がらくたが溜まってゆく…


2002.3.1(Fri)

『ザ・セル』

 珍しくLicが真夜中のTV画面に引き込まれていた。怖がりなのに、目が離せなくなってしまっているらしい。放映されているのは、映画『ザ・セル』。
 犯罪者(に限らず)の脳内世界に入ってしまえるというテクノロジーに、なんとなく“サイコダイバー・シリーズ”(by 夢枕獏)を思い出しつつ、私もちらちらと意識を画面のほうに向けている。

 脳内世界のビジュアル表現は、なんだか音楽系PVのような雰囲気が強くあり、少し非現実的すぎるかなというのが第一印象。私個人の嗜好としては、リアルな中にこっそりと混じり込む狂気(不条理さ)というのがツボなんだけれど、映像は美しいので、真夜中のBGVとしては上等かもしれない。

 ところで肝心のストーリーはというと、つまみ食い的にしか意識を向けていなかったのであまり把握できていない。運良く次回チャンスがあれば、最初から観てみようかな、という気にはなっているのだが、激しく後悔しそうな予感もかなりあって、悩ましいところだ。なにしろ真夜中に読むべき、あるいは観るべき作品がありすぎて、有限な時間をいかに有効に配分するかが継続的かつ重要課題のままだから。おそらく多くの人が似たり寄ったりの悩みを抱いておられるだろう。死ぬまでに、読もう(あるいは観よう)と思った作品を、どれだけ読み切る(観きる)ことができるのか、と。

 夢の中で時たま起きる(あるいは現実世界でも希に発生するようだが)、時間感覚の消失現象を、意識的に発現することができたら、さぞや便利に違いあるまい。お腹いっぱいになるまでたらふく本を読み、映像を観、ふと気が付けばほんの数分しか経ってなかったなんてことがあったら素晴らしいのだが、果たしてこのようなテクノロジーが実現するのは何年後のことだろう。願わくば、寿命が尽きるまでに実現しますように。でも、恒星間宇宙船の実現との二者択一なら、宇宙船の方を優先してください(って誰にお願いしてるのやら)。


2002.1.12(Sat)

声の違い

 久しぶりにドン・ジョンソンの顔をTV画面で見たような気がしたので、しばらくチャンネルを変えずにおいた。『刑事ナッシュ・ブリッジス』、こちらでは真夜中にやっているらしい。
 あぁしかし、ドン・ジョンソン担当の声優は、野沢那智さんなのか。違和感ありまくり。私の中ではドン・ジョンソンといえば、『マイアミ・バイス』の時の隆大介さんと決まっているので、その激しすぎるギャップにどうしても馴染めそうにない(いや、野沢那智さんが下手とかそういう話ではなく、以前のイメージを払拭できないというお話だ)。

 結局、エンディングまで見届けても、やっぱり違和感は残ったままだった。でも、まだ望みはある。なぜならば、ドン・ジョンソンの“腹”が、やや出始めたように見えるからだ。恰幅の良い体型ならば、なんとなく野沢那智さんの声質の方が似合うかもしれない。

 青い海、輝く太陽…のマイアミを舞台にしつつ、どこかダークで泥臭いひたむきさがあって、妙に気に入っていた『マイアミ・バイス』。これよりも面白いかどうか、『刑事ナッシュ・ブリッジス』の方も、しばらく忘れないようにチェックしておこうかと思う(今更だが)。


2002.1.11(Fri)

似たもの同士

 たまたま地上波で『風の谷のナウシカ』をやっていたので、遅い夕食をとりながら聞き耳を立てていた。みこりんも何がそんなに気に入ったのか、歯ブラシを持つ手も止まるほどに真剣な見入りようだ。

 ふと、“王蟲”がいったい何に見えるか気になったので質問してみたのだが、明確な答えは得られなかった。ひそかにアレを期待していたのだが、みこりんもそこまでおこちゃまではなかったということか。

 ラスト目前。生き返ったナウシカの肩で、こそこそっと喜びを表現している小動物について、「あれは何か?」と問うてみた。するとみこりんは自信たっぷりにこう答えてくれたのだった。

「ぴかちゅう!」

 な、なるほど…


2001.12.16(Sun)

『ディープスペース・ナイン奪還作戦 パート1』

 夕方、なにげなくSkyPerfecTV!を流していると、スーパーチャンネルスタートレック・ディープスペースナイン(DS9)が今まさに始まろうとしていることに気付いたのだった。
 話数を確認すると……ひゃくにじゅう〜きゅう!?な、なんてこった。先々月の10月7〜8日にかけて一挙放送された第5シーズンが124話までだった。その後、第6シーズンが始まるまで間があったので、ついうっかり忘れていたようだ。ふ、不覚。

 第5シーズンのラストが“ディープスペース・ナイン撤退の日”。第6シーズンからは、いよいよ物語も佳境に入り、ドラマティックな展開が期待されていたというのに、すでに4話分も見逃してしまっているとは。だが、ツキに完全に見放されたわけではないらしい。今日の129話は、『ディープスペース・ナイン奪還作戦 パート1』。そう、パート1なのだ。前後編の前編である。しかも奪還作戦が始まる回だ。これがもし今週も見逃し、来週になってパート2であることに気付いたりした日には、悔やんでも悔やみきれなかったことだろう。そんなフラストレーションのたまることにならなかっただけでもめっけもの。

 さっそくビデオをセットして、と。鑑賞開始。
 おぉ、なんて濃いんだ。時間の進み方がやけに遅く感じられる。いよいよ連邦の大艦隊が進攻を始める。無数の戦艦が3次元的に配置されて発進する図というのに、私はとてつもなく弱い。こ、これや、これが見たかったんや、と思わず拳をふるふると固く握りしめたりなんかして。で、いいところで to be continued. そこで区切るか、そこで続くかと、しばらくのたうち回る。

 前編良かった場合、後編トーンダウンしてしまう例が過去には多かったような気がするので、ちょっと心配だが、次回を楽しみに待つとしよう。


2001.11.27(Tue)

意外にはまったもの

 押井守特集とやらで、SkyPerfecTV!のチャンネルNECOでは今月、彼の関係した作品が放送されている。そんな中にはもちろん“うる星やつら”映画版シリーズも入っているのだが、なぜか3作目以降も含まれているのはご愛敬。

 4作目(作品解説については、TKKさんの紹介文がよくまとまっていると思う)を夕方やってたそうなのだが、これにみこりんがはまったらしい。4作目にして初めてはまったというのではなく、たまたま4作目から見始めたら意外にツボにはまったようなのだ。この作品は私的にはエンディングしか評価していないのだが、みこりんにはどういったところが面白く感じたのかぜひとも確認してみたいところだ。…というか、みこりんがこういう映画版クラスの長編作品をじっと見るのは、ディスニー作品以外では初めてのことではなかろうか。

 続けて5作目(同じくTKKさんによる紹介文)に突入。やはりじっと見入っているみこりん。じつは原作も含めてこのエピソードは、やはり私にはあまりヒットしなかったのだが、みこりんは真剣な眼差しである。時折険しい表情を見せることもあり、面白がっているのか訝しがっているのか、だんだんわからなくなってきた。でも、一発芸的な、たとえば錯乱坊が竹馬に乗ってるシーンでは、声をたてて笑ってるので、みこりんによる評価はわりといいのだろう。

 さて、こうなってくると押井守監督作品である1作目(同じくTKKさんによる紹介文)、2作目(同じくTKKさんによる紹介文)を、みこりんに見せてみたくなってくる。果たしてみこりんの反応は如何に。


2001.10.8(Mon)

まるごと26時間

 昨夜から、SkyPerfecTV!のスーパーチャンネルで、恒例の『スタートレックDS9まるごと26時間!〜第5シーズン一挙放送〜』が始まっている。もちろん今回もすべて見る&録画している。
 だが、例年ならば夜明けに用意されていた2時間の休憩時間が、今回はない。つまり、本当に26時間ぶっ通しで流されているのだ。これではまったく寝る暇もない。2時間テープを使っているので、その間はなんとかなるが、テープが終わるまでに起きられる自信はない。

 だが、睡魔は容赦なく襲ってくる。明け方、ヘッドホンを装着し、毛布をかぶってTVの前で横になっていると、時々意識が遠くなっていた。はっと気がつくと、暗闇の中、エンディングロールが流れていたりして、どきっとしてしまう。危ない危ない。あやうくすっ飛ばしてしまうところだった。

 ビデオから取り出したテープが、猛烈に熱くなっている。願わくば、最後まで故障しませんように。


2001.10.2(Tue)

『エンタープライズ』

 スタートレックのTVシリーズといえば、第1シリーズがカーク船長とMr.スポックでおなじみの(初代) スタートレック、第2シリーズはピカピカなピカード艦長とアンドロイドのデータでおなじみの新スタートレック 、第3シリーズは流動生命体でおなじみの(?)ディープスペースナイン、そして第4シリーズはセブン・オブ・ナインでおなじみのヴォイジャーであることは、いうまでもない。だが、私はディープなファンというわけではないので、うかつにも今日まで新シリーズが始まったことを知らなかった。第5番目となる新シリーズの名は『エンタープライズ』。そのまんまである。

 時は22世紀、スタートレック映画版『ファーストコンタクト』から、連邦成立までの間の物語ということで、宇宙進出の黎明期が描かれるんだろうかと期待してしまう。早く見てみたいものだ。スーパーチャンネルが頑張って日米同時放映とかされたりしたらもう最高なんだけれど……、無理かな。


2001.7.11(Wed)

“映像”の魅力

 みこりんは最近ビデオをよく観る。以前も自分の映ったビデオを食い入るように見てたが、近頃は既成の映像作品が多い。特にディズニーの映画はかなりお気に入りらしい。『トイ・ストーリー』とか、『リトル・マーメイド』とか、朝起きては自分でビデオをセットするほどの入れ込みようだ。こういうストーリー性のある物語には、なかなか興味を示してくれなかったのだが、4歳を目前に控え、ある程度複雑な物語でも理解できるようになったのだろう。

 この状況でなら、平成のウルトラ・シリーズでもちゃんと観てくれそうな気がする。試してみなくては。


2001.3.4(Sun)

みこりんのヒーロー

 “荒れ模様”と言うには穏やかすぎるお天気だった。この先どんどん晴れてきそうな気配さえある。でも、一晩中降り続いた雨で、庭はすっかりぬかるんでいた。『完璧な防壁』のためにネットを張るには条件が悪すぎる。来週に延期だ。

 午後、みこりんのために録画しておいた『仮面ライダーアギト』を一緒に見る。クウガの時より、みこりんの食いつきはいいようだ。やはり3人もライダーが出てくると、それだけ変身後の姿を見る機会も増えるから退屈しないんだろう。特にベルトからぬぅっと出てくる長大な剣がツボにはまったみたいで、すかさず自分の持ってる“クウガ人形”と“バルタン星人”で遊び始めたのだった。もちろんクウガ人形の手には、付属の“長大な剣−タイタンソード”があったのは言うまでもない。みこりんにとって“クウガ”か“アギト”か“G3”か、はたまた“ギルス”かは特に重要ではないらしい。とにかく“ああいう形態”をしたものは、みんな“仮面ライダー”という1つの存在として認識しているようだ。

 ところで敵の“Unkown”が、みこりんにはちょっと怖かったらしく、しきりと「らいだーのほうがつよい?らいだーいたらやっつけてくれる?」と気にしていた。ここまでみこりんが思い入れたっぷりにライダーを気にするとは少々意外だったが、戦隊ヒーローやウルトラマンよりも、仮面ライダーはリアルに感じられるのだろう。想像するに戦隊ヒーローは数が5人以上と多いうえにラストは巨大ロボットでキメなもんでいまいちのめり込むには難しく(しかも色が全部違うというわかりやすい特徴のため、みこりんでも容易に識別できてしまうのが思わぬ落とし穴といえよう)、ウルトラマンもやっぱり巨大なので身近には感じられず、結局、しっかりした変身プロセスで生身のお兄ちゃんとの同一性をうまく保っている仮面ライダーが、もっともリアリティある存在として感じられるんじゃなかろうか。

 みこりんにはまだライダーの個体識別ができていなさそうだけれども、お父さん的にはギルス”にちょいと注目している。あのアマゾンライダーを彷彿とさせるワイルドさ、荒々しさ、生々しい造形などなどもいいが、なんといってもライダーの口が“ぐわっ”と開くのがたまらん。あれで噛みつき攻撃ってのはじつに説得力あり。最後まで己の肉体のみで攻撃したのもポイント高い。これでバイクが V-MAX タイプの黒いヤツだったらよかったんだが…オーソドックスにオフロードタイプ。今回はアギトとG3のバイクがオンロードの大きめタイプなので、バランス的にはちょっと弱いような。
 来週もみこりんのために、録画しといてやろうと思う。


2001.2.28(Wed)

DUNE

 さて今夜のスタートレック・ヴォイジャーは、第115話『憎しみはコロナの果てに』。マロン星人登場である。彼らの船は、放射性廃棄物の運搬船ということで、照明も薄暗く、水漏れとか蒸気漏れなんかが常に発生してそうな感じの生々しさがある。乗組員の服装も、なんとなく炭坑とか溶鉱炉付近の作業員をイメージするような、独特なものだ。そして放射線による被曝で、皮膚がところどころ“ただれ”ている。……ここまでの映像で、なんとなく記憶をくすぐるものがあったので、ちょっと気になっていたのだけれど、見終わったあとで、やっと何にひっかかっていたのか思い出すことが出来た。『DUNE 砂の惑星』に登場したハルコネンの“お殿様”に雰囲気が似てる。

 ちょっと太ってるところとか、汗くさそうなところとか、“ただれ”てるとことか、窮屈そうな服装とか。でも記憶の中の映像ってのは、なんだかんだと自分勝手に変貌してゆくものだから、じつはまったく似てなかったという可能性は、大いにあり得る。ところでアメリカでは Sci-Fi Channel で、DUNEの新作をやってたみたい(?)。このチャンネルが SkyPerfecTV!で流れるようになったら、なかなか面白そうなんだがなぁ…


2001.2.7(Wed)

『崩壊空間の恐怖』

 さて今夜のヴォイジャーは第112話『崩壊空間の恐怖』である。
 着々と地球への道のりを縮めているのに一瞬驚く。しかもクルーの階級に、なにやら不整合があるような…。と思っていたら、とんでもない事実が発覚するのだった(もしまだこの回を見ていないならば、この先は今読まないほうがいい)。

 なんと彼らはコピーだったのだ。ずっと以前のエピソードで、とある惑星に立ち寄った際、液状の生命体とヴォイジャーが遭遇し、ふとしたきっかけで知性を芽生えさせた液状生命体は、仲間を欲し、結果、ヴォイジャーとクルー達を丸ごとコピーした経緯がある(液状生命体は、接触した物体を、そっくりそのままコピる能力があったのだ)。
 その時のコピーヴォイジャーとコピークルーが、なぜか地球を目指しているのだった。どうやらコピーした記憶のほうが勝ってしまったらしい。でも、現在到達したこの空間は液状生命体にとって命に関わる問題をはらんでいる。物質結合が弱まり、崩壊の危機にあるのだった。
 艦長はじめ、クルー達は、顔面といわず身体がどろどろに溶けそうになりつつも、コピー記憶に従い地球を目指す。崩壊を留めるために、液状生命体の故郷に帰るべきだとする意見もあったものの、途中似たような星に立ち寄ることで妥協しようとするのだが、先住民の抵抗に遭い、艦隊の規則に従い撤退。コピーとはいえ律儀である。だがさすがに進退極まり、ついに母星への帰還を決意。反転180度、“拡張”ワープで急ぐ。
 だが結局、思いは叶わず。故郷へとたどり着ける可能性はゼロとなり、最後の希望を接近してくる一隻の船に託す…も、間に合わなかった。救難信号に気付いて船がやってきたときには、すべて崩壊しつくしたあとだけが広がっていた。この船こそが、オリジナルのヴォイジャーであった。

 全編、重苦しい陰鬱な雰囲気のダークさが、妙に心地イイ作品であった。とりたてて“良い”わけではないと思うのに、なぜか惹かれてしまう。存在したという痕跡をどこにも残すことなく、また、残せなかったと知り絶望のまま消滅するという、潜在的恐怖が描かれていたからだろうか。たしかにそれは怖い。誰の記憶にも残らず、どんな痕跡も残せず、存在したこと一切の証明が消え去ってしまう…あまりに孤独すぎる死だ。でも、宇宙じゃそんなことのほうが普遍的で当たり前なのかもなぁ…とか思ってみたり。


2001.1.31(Wed)

『自由は愛をも越えて』

 さて今日のヴォイジャーは、第111話『自由は愛をも越えて』だった。えらくどでかい宇宙船が登場したなと思ったら、世代宇宙船という設定。“住民達”には宇宙船内部で生活しているという自覚があるので、古典的“世代宇宙船”モノとはやや雰囲気が違う(世代宇宙船といえば、宇宙船内部で生活してると思ってない住民達が、ある日、真実を知ってしまう…というパターンが私の場合は連想されるのだが)。

 物語は、世代宇宙船で暮らす一人の女性と、ヴォイジャーの男性士官とが、離れがたい恋仲になったものの、それぞれの掟により引き裂かれようとするのだが、異星人の特殊能力(機能といったほうがいいかも)により一度くっついたらどんどん離れ難くなっていってしまう……という感じに進んでいく。男性士官は艦長から、きっつーく叱られ、二度と会うことはまかりならんと懲戒処分まで食らってしまうも、シャトルを無断使用して彼女を転送でさらい、ちゃっかり“宇宙デート”としゃれこむのであった。このへん、シャトルの“ぴーぴー”いう警戒音とともに、どこからともなく敵対勢力が登場してさらわれやしないかと“ドキドキ”したのは、おそらく私だけではないと思う。その後、味方の戦闘機が現れ『ひゃっほぅ〜』と歓声あげつつミサイルの乱舞……なんてことにはならず、冷静沈着物静かなバルカン人の上司に連れ戻されてしまうのだった。

 世代宇宙船は、数多くのユニットを結合したものになっていて、その大人数を乗せたまま旅をしている。異星人とのトラブルを避けるためか、リーダーが単に人間不信なだけなのかは不明だが、とにかく僻地へ僻地へと行くので、中には『もっと自由を!』と怨念を募らせる方々もいたりする。そんな不満分子がついに実力行使に出た。ユニットの結合部分を破壊し、人とは違う道を歩もうというのである。あの恋仲の片割れであるところの女性も、そんな不満分子の一人だったのだ。

 ところで、私にはどうにも腑に落ちない点が最後まで残ってしまった。結局、ユニット構造がバラけてしまい、世代宇宙船は1つのまとまりを失って、自由にそれぞれのユニットごとに行きたいところへ行けるようになったのだが、そこでどうして彼女は彼氏と行動を共にしなかったのだろうか。互いに規則を破ってまで“宇宙デート”に出かけてしまうほど“離れがたい”存在となっていたはずなのに。私には“別離”がどうにも唐突に見えてしまう(心変わりを示すような演出を見逃している可能性もあるのだが)。

 閉塞感からくる気まぐれが、彼女に一時の迷いを与えた…と思うしかない。男性士官がみょーにマジだったので、ちょっとそれは可哀想、という気がしないでもないが。日本語タイトル『自由は愛をも越えて』にはぴったりな展開だけども、何か重大なコトが抜けてるような。


2001.1.16(Tue)

セブン・オブ・ナイン

 さて先週録画したままだったヴォイジャー『第108話 夢を食う謎のワームホール』を、ようやく見ることができた。

 突如ボイジャーの前に出現したワームホール。60年近くかかる地球帰還への航海も、これを使えばあっというまに帰り着けるとあって、一同興奮。探査機を送り込み、遙か連邦との交信にも成功する。ますます帰還熱に浮かれるクルー達。でも、そんな中、連邦での記憶のないセブン・オブ・ナイン(と、艦内で生まれた子供)だけは冷静だった。そして気付く。これは罠だと。操られるようにワームホールを目指すクルー達は、やがてセブンを機能停止させようと…

 こういう展開はかなり好きなので、手に汗握って見入ってしまった。…が、ワームホール(と見せかけて、じつは巨大な宇宙生物。テレパシーでクルーを操っていたらしい)に突入してしまってからは、なんだか落胆。ワームホールからの脱出は、いかにもありがちな展開だった。それよりも、もっとセブンの苦闘を見たかった。その持てる知識と能力をフル活用する姿が爽快なのに。

 今回もセブンがいなかったらヴォイジャーは食われてたところだ。これまで何回セブンに救われた事だろう。そのあおりを食って、毎回その他のクルーの活躍が目立たなくなってきているような気がしないでもない。特に、みこりんが贔屓にしているチャコティ副長の影が薄い。もったいなさすぎる。


2000.11.25(Sat)

みこりん、ヴォイジャーにはまる

 ヴォイジャーを見ていると、みこりんも一緒になって集中していることがある。その甲斐あって、いまでは主要登場人物も憶えてしまったらしい。キャサリン・ジェインウェイ艦長のことは「ぼりじゃのおばさん」と言ってるし、キムもニーリックスもトゥボックもパリスも、ひととおり顔と名前は一致しているらしい。中でもお気に入りは、チャコティ副長。誰が一番好きなのか?と聞くと、たいてい彼の名前が出てくるのだ。みこりんは、ああいう渋いおじさまが好みなのかもしれない。

 で、今日、昼間Licとスーパーで買い物していたみこりん。ずぅっとこのフレーズを連呼していたのだという。そのフレーズとはこうだ。

 「ぼじゃ ちゃこてぃ!」

 チャコティ副長の、何がそんなにみこりんを惹きつけるのか。ぜひともみこりんに聞いてみなくては。


2000.11.23(Thr)

ヴォイジャーの謎

 水曜に録画しておいたヴォイジャー『第101話 過去を救いに来た男』を見る。
 例によってネタバレありなので、地上波を楽しみにしている人はこれ以降読まないほうがいい。

 最後に艦長が「タイムパラドックスの解決法」について「考えないこと」と、さらっと答えたのもすごかったが、私にはどうしてもわからないことがある。それは、あのスリップストリームなんたらいう新型エンジンが、始動から17秒後(14秒後だったかな?)に必ず変調を起こしてしまうのならば、16秒間だけ使っては停止、ってのを繰り返せなかったのか?ということだ。なにしろ17秒間だけでも通常のワープで進む10年分の移動距離を稼げるのだ。6回ほど繰り返せば、地球に帰り着けそうに思うのだが…。なにか重要な設定を聞き逃しているのかもしれない。このエンジンは1回きりしか使えないとか(いかにもありそう)。


2000.11.19(Sun)

タイミングの悪いことに

 歯磨きを終えたみこりんが、台所方面のLicに向かって歩いていたときのこと。
 なにげにTVを見上げたみこりんの動きがそのまま固まってしまっていた。29インチのブラウン管には、まさに今、悪魔憑き少女リーガンが、階段を蜘蛛歩きしている真っ最中。まるで悪魔に魅入られたかのように動けないみこりん…
 CMが終わり、はっと我に返ったように振り返ったみこりんの首が、そのままくるぅりと360度回転…したらかなり怖いが、幸いそういうこともなく、ただ沈黙が流れるのみ。やがてみこりんは、ようやく自分が何をすべきなのか思い出したらしい。顔をゆがめながら怖さをアッピールしつつ、私の元へと戻ってきた。寝る前には少し刺激が強すぎたかな。

 私が『エクソシスト』を初めて見たのが中学生のころ。日曜の昼間、TVの洋画劇場かなにかで見たんだったと思う。あの当時は他にも『オーメン』とか『サスペリア』とか、似たようなのがけっこうあって、怖いシーンの記憶などはもはやどれがどの映画のものだったか曖昧ですらある。ただ、『エクソシスト』の音楽だけは、今でも耳の奥に棲み憑いたままだ。不気味なんだけれども、もの悲しい旋律とリフレインがどうにもこうにも離れ難くて、たしかテープにも録ってたような。

 みこりんが今夜、怖い夢を見ませんように…。


2000.11.15(Wed)

都合のいい“良心”

 たしか私が中学生くらいのころの社会科の授業の時のことだ。授業担当は教育実習で来ていた学生で、テーマは当時問題になっていたイルカ漁のことなど自然保護関係だった。
 二十年近く昔、日本のイルカ漁に激しく抗議する外国人団体がいて(今もいるようだが)、網に捕まえられていたイルカ達を、その網を勝手に切断して逃がしてしまった事件があった。そのことに関する問いを、教育実習の学生は行ったのだ。彼は我々生徒達に挙手を求めた。「(網を切った)外国人の行動に共感するか、否か」と。
 私の席はかなり後ろのほうにあったので、大部分が「否」と手を挙げるのを見て、いちいち挙手するのも面倒くさいので放っておいた(第一印象の良くない相手に対しては、徹底的に冷淡に振る舞う癖があったのだ)。むろん私の答えも「否」である。

 どうやらクラスメートは全員(私を除いて)「否」と手を挙げたらしい。私が挙手していないのを見つけだした彼は、妙ににこやかな顔で近づいてきて、私に理由を求めたのだった。もちろん彼は私が「共感する」から挙手しなかったのだと思っている。その雰囲気から彼の思想は「共感する」なのであろうと推測できた。
 こうなっては仕方がないので、うっかり手を挙げ損なったのだと答えておいた。もちろん「否」の理由も添えてだ。明らかに彼は動揺していた。自分の賛同者がただの一人もいなかったことにショックを受けたからだろうか。その後、彼はひとしきりイルカを逃がした外国人の弁明に一生懸命だったように記憶している。その内容がどんなだったかは、もはや覚えていないのだが。

 それにしてもだ。中学生が“自分の主義主張を通すためには、他人のモノを勝手に破壊すること”を善しとすると、彼は本気で考えていたのだろうか。そうした独善こそが、あらゆる戦争などの原因になっていることを、社会科で教育実習を受けようかという学生ならば当然知っていなければならないはずだろうに。
 動物保護の観点からはどうかといえば、たしかに私も小さいころから動物や生き物は大好きで、それは今も変わってはいないが、絶滅危惧種でもなく、また保護対象でもない生物を、食べるために捕獲することにはまったく違和感はなかった。我々が生きるためには他の生物を食らわねばならない。それは正当化も否定もできない自然現象というべきものだから。逆に、彼らイルカ/クジラ保護論者のいう「知能が高いから云々」の論法には、言いしれぬ傲慢さを奥底で感じていた。では知能の低い生物はどうでもいいのか、と。より正確に言うならば、私が飼っていた犬や小鳥や魚達の観察を通して、彼ら生き物にもかなり繊細な“心”があると感じていたからこそ、知能の高低という切り分けには納得できなかったのだ。そして今でも私は“知能”と“心”は同義ではないと信じている。“知能が遅れているから”その生物は食ってもよくて、“知能が進んでいるから”保護すべきなのか?
 イルカの網を切ったのと同じように、彼らが牛や豚、七面鳥などの養殖場にも侵入し、同様な破壊工作を行っていたとしたら、過激ではあるが“動物愛”の心意気くらいは認めてもいい。しかしそうではないところが曲者である。彼らの言う“知能”を境界条件にするにしても、イルカがダメで犬はいいことの理由が不明瞭だ。猿も然り。その判定基準には、なにか後ろ暗いものを感じてしまう。

 なぜこんな話を思い出したかといえば、今夜のSuperChannelで放送された『ヴォイジャー』がきっかけだった。
 第100話“寄生生命体の恐怖”(以下、ネタバレなので地上波で見ている人は要注意。結末を今知りたくなければ読まないほうがいい)

 瀕死のヒューマノイドタイプではない生命体をヴォイジャーに保護したことから物語は始まる。生命体は、クルーの一人に突然取り憑き、身体機能を横取りする。船のドクターではこのタイプの生命体に関する知見が不足しているため有効な処置がとれず、このままでは両方が衰弱死する危険があった。そこでデータバンクから、一人の有能な科学者を“再生(生物学的にではなく、ソフトウェアによるもの)”することで対処することになる。彼は非ヒューマノイドタイプ生命体の権威であった。
 ところが再生した科学者は昔、戦時下で非道な人体実験を行っていたことが発覚する。彼の知識・業績には、そのような人体実験の成果から得られたものも含まれるのだ。その力を借りるということは、結果的に人体実験を肯定することになりはしないか。いや、現実に今、死に瀕しているクルーを救うことこそが重要なのだ。士官達の対立は深まるも、艦長の権限により治療は続行、クルーと生命体は助けられた。
 再生された科学者をどうすべきか。艦長はドクターに一任する。ドクターは、結局その科学者の全データを削除することに決めたのだった…。

 消される直前に科学者の言った台詞が重い。ドクターが、良心に照らして人体実験の成果は使えないと告げたことへの返答である。すでに人体実験の成果、つまり自分の手を借りてクルーの命を助けたことを指摘し、以下のように言う。

「ベラナが死にかけていたとき、君の良心はどこにあったんだ?
 倫理、道徳、良心、都合のいいときには(“悪いときには”のほうがいいような?)エアロックの向こうに飛んでいってしまうものらしいな。」

『ヴォイジャー』第100話“寄生生命体の恐怖”より

 もし今後、同じような場面でクルーが死に瀕したとき、その時にはいったいどうするのだろうか。たしかに科学者の指摘には一理ある。科学者の所業が認められないならば、人体実験の過去が発覚した時点で削除すべきであった。あとから“良心”を持ち出すくらいならば、最初からそうしておくべきだった。
 この場合、削除の理由として“良心”を挙げているのが、日記の前半で書いたような“後ろ暗さ”と似たものを感じる理由だった。一貫していない良心ほどタチの悪いものはない。とはいえ、そうした“表と裏”“本音と建て前”“それはそれこれはこれ”なんて場面は現実にはけっこう多いのもまた事実。ただ、無意識に“都合の悪さ”を忘却する愚は避けたいものである。


2000.11.4(Sat)

まるごと2000

 先月に引き続き、SkyPerfecTV!のSuperChannelで『スタートレック/ヴォイジャー まるごと2000〜第2弾22時間』が始まった。今回は第76話から第97話まで。そしていよいよ来週からは第98話からレギュラー放送の再開となる。
 『まるごと』で放送されるものは、次にいつ再放送があるのかわからないので録り逃しはできない。緊張の瞬間だ。第76話、第77話、第78話。順調に話数を重ねる。ところが…
 第78話が終わり、次のテープに入れ替えようとしたときにそれは起きた。なんとデッキがテープを噛んでしまったのだ。取り出そうにも取り出せず、しかも次の放送まであと残り3分ほど。加速装置が欲しい。そう思う瞬間が人生では3度あるという。まさに今がその瞬間であった。
 すかさずLicに二階から別のビデオデッキを持ってくるように言う。あれはSの録画に難があるので使っていなかったのだが、この際贅沢はいってはおれまい。そして私はテープをなんとかして取り出そうと試みたが、どうにもならないので結局、ハサミで切断した。これはあとで修復すればなんとかなる。メカ部分にこれ以上ストレスをかけて損傷しては元も子もない。

 残り2分。デッキが到着。私はオーディオラックの背後に潜り込み、結線を外そうと試みていた。BSアンテナのねじ込みが予想外に手間取る。その他BS系の制御信号が多数、アンプへのライン、CSからのライン、LDからのライン、TVへのライン、すべて外す。そしてデッキを抜き、二階から降ろしてきたやつを突っ込み、再び結線。CSとTVだけを繋ぎ終わったときには、すでに時刻は3分オーバー。それでも心を落ち着け録画を始める。

 でも結局、この回は録画を中断した。結線を直していた時、誤って電源を抜いてしまったのもあるが、その後のチェックでやはりS-VHSでは異様に暗く録れてしまうしまうことがわかったからだ。これでは録画しておく意味がない。すべてをライブで見ておくしかないようだ。そう思ったときであった。Licがテープを噛んでたやつが、エラー表示しなくなったことを発見していた。さっき私が試したときには依然、エラーコードを点灯させてテープの受け付けを拒否していたというのに…。
 テープを試しに食わせてみると、何ごともなく作動する。取り出しも順調だった。私は再びデッキを元に戻す作業に取り掛かっていた。次の回が始まるまであと10分。犠牲は最小限に留めておかねば。

 *

 こうして最初こそトラブってしまったが、あとは怖いくらいに快調だった。私は座椅子に寝そべりヴォイジャーを堪能する。どのお話も、ほとんどハズレがない。プレデターもどきの設定に少々ベタさを感じたものの、うまくヴォイジャーの世界に取り込んでいたと思う。
 それにしてもセブン・オブ・ナインだ。何かにつけて艦長と対立するわけなのだが、その主張には理があることも多く、それゆえ艦長側の頑迷さが浮き彫りになったりするあたりがじつにどろどろしていて面白い。

 ところで連邦の3機に合体分離可能な戦艦、もっと分離シーケンスをはっきり見せて欲しかった。今後登場する機会は、なさそうな予感もするだけに、惜しまれる。でも分離後の形態美では、やはりウルトラホーク1号の勝ちだ。次の挑戦を期待する。


2000.10.28(Sat)

『ウルトラマンティガ THE FINAL ODYSSEY』

 SkyPerfecTV!のPowerMovie2で『ウルトラマンティガ THE FINAL ODYSSEY』を見る。
 Licとみこりんは、毎年恒例の会社&労組共催行事『遊園地遊び放題』に出かけていっていない。あとで見せてやろうと録画用テープもセットしておいた。

 そしていよいよ始まり。
 TV最終回から2年後という設定で物語りは進む。三体の石像、闇の巨人達。そのポーズが禍々しくて気色良い。特に青い方は、動きが“北斗の拳”を連想させるしなやかさでけっこういい感じ。マスクの造形がいかにも悪人面なのはベタすぎる気もしたが、良い子達も見る作品なので仕方ないのかもしれない。
 内容は“お約束”を踏襲しており、新鮮味は感じられないものの、懐かしく見ることが出来た。昔、子供の頃読んだコミック版のウルトラマンの世界観などもつい思い浮かべたりして(M78星雲の巨人達と、平成の光の巨人達の直接的な関連性はないのだけど)。
 で、今回のキーとなるダイゴとレナのラブストーリーは、視聴対象からお子さまを切ってしまえなかった中途半端さが、いかにも残念に思える。って、もともとそういう作品じゃないと思うから、切ってしまってはいかんのだけど。闇のお姉さん(というには少々トウが立ってる芳本美代子)とのドロドロした三角関係がもうちょい入ってればなぁと思ってしまうのだった。まぁダークヒーローじゃないティガにそんな真似はさせられなかったんだろうなぁ。

 それでも個人的にはけっこうOKな感じで、満足しつつラスト付近にさしかかる。さしかかる。……おそらくもっとも見せ場であろうシーンのはずだった。それなのにそれなのに……長野 博(V6)、そこで照れが入ってどうする。その片足重心かけーの抱きしめは、見ているこっちがこそばゆいぞ。やるならもっと本気で“がしっ”と抱くこと。
 でもあとで録画を見たLicは、そのシーンには特に違和感を感じなかったらしい。なので私の気のせいかもしれん。が、ん〜、でもあの立ち位置は、どうもひっかかる…。

 それはそれとして、今回の作品は伏線が多かったように思う。きっと“次”があるに違いない。できれば“次”は、アダルト向けにもう少しシフトしてもいいんじゃなかろうか。でないと、伏線を活かしきれないような。三角関係もそうだが、あの赤いヤツとのからみが特に見たい。かなりの因縁ありそうで、想像するだにぞくぞくする。『Good bye,Dear my friend…』って言わせといて、フォローなしってことはあるまい。期待して待とう。


2000.10.25(Wed)

着ぐるみ

 いつも布団を蹴飛ばして冷え冷えになってしまうみこりんのために、去年Licが夜なべして縫いあげたフリースの着ぐるみを、今年も使うことにしたらしい。だいぶサイズを大きめに作ってあったのが幸いしたようで、まるであつらえたかのようにぴったりはまっていた。
 それを着た状態で、てけてけ家の中を駆け回っているのを見ると、やっぱり熊か何かのぬいぐるみを連想してしまう。さらに去年よりも背が伸びていることから、映画『ブレードランナー』に描かれていたセバスチャンの人造人間達にまで連想の発火は及んだ。なんということだ。もっと可愛らしいやつを想像せねば…と、ふっと我に返ると、ちょうどTVでは例によってミュージックビデオが流れていて、そこに映し出されていたのはあの柄の女だった。

 みこりんもそれをじっと見つめていた。幼児にもこういうのがわかるのだろうか?と思ったらみこりんが言った。「ねこさん!」と。
 たしかに猫科だ。

 みこりんには猫の着ぐるみを着ているように見えたらしい。「みこりんもきたい!」、そうも言った。これはぜひとも変身スーツを着せてやらねばなるまい。Licにリクエストしておかねば。

--------------
 豹柄の女………“SURREAL"で浜崎あゆみが扮してるやつ


2000.10.9(Mon)

秋の夜長は『ヴォイジャー』で

 昨日から始まっている SuperChannelの『スタートレックまるごと2000』、今回も『ヴォイジャー』だ。これで75話までの補完が完了する……はずだったのに、2話ほど失敗してしまった。1つは昨日の運動会の時間帯にかぶってしまったためだが、もう1つは意外なアクシデントで録り損ねてしまったのだった。

 あと4時間ほどですべてが終わるという時のこと。ニュースの時間となったので、TVの入力を切り替え、地上波へ。そこで50分ほど世界情勢のおさらいをしたあと、再び SkyPerfecTV!に戻ってくると、画面にはSuperChannel とは全然別のチャンネルが映っていた…。な、な、な、なんじゃこりゃぁ!
 ちょうどみこりんの手元に SkyPerfecTV! のリモコンがあったので、咄嗟に「みこりん、チャンネルいじった?」と聞いてしまったが、普段からみこりんはあまりチャンネルはいじらないのだ。お気に入りは赤い電源ボタンなので、もしみこりんが触っていたら、もっと違う光景となっていただろう。では誰か?Licも違うと言っている。もしや私が自分で触れてしまったとか…と考え始めたころ、じじが白状した。じじにとって不幸だったのは、実家には SkyPerfecTV! なるものは導入されていないので、それ用のリモコンは初めてだったということだ。地上波のリモコンと同じように数字ボタンを適当に押してしまったらしい。
 普通なら録画予約をかけるので SkyPerfecTV! 側は大丈夫なのだが、今回は丸一日以上という長時間のため、いちいちセットしていなかったのもまずかった。さらに、うかつにリモコンを放置してしまったことが主たる原因。
 気長に再放送を待つしかないが、何年後になることやら。こういうときに限ってレギュラー放送で録画していないっていうのは、ある種の法則に従っているのかもしれん。

 来月には76話以降の、一挙放送がある。録り逃さないようにせねば。


2000.9.28(Thr)

『Year of Hell− 時空侵略戦争(前編)』

 今日は地上波でスタートレック・ヴォイジャーの放送がある。丑三つ時なのでそうそう毎週見ることもできないのだが、起きていれば見るようにしている。ビデオで録画予約しないのは何故かといえば、CSのSkyPerfecTV!でレギュラー放送をやってるからだった。ただ地上波のほうが先行してるので、ついつい見てしまうという次第。でもCSでは毎週2話放送なので、来週には追い越してしまうだろう。……あ、来週は、というか来月は恒例の“まるごとスタートレック30時間”があるので、レギュラー放送がないのだった。30時間分は、今年前期放送分を一気放送なので話数は変化なし。ということで、まだしばらくは地上波のほうが先に放送されることになる。
 さて、今夜のお話は、第76話『Year of Hell− 時空侵略戦争(前編)』だった。導入部からして“ぞくっ”ときたので、本腰入れて見てやろうとTVの真ん前に椅子をセットし、リクライニングを調整して微妙に見上げる位置に寝そべり、耳にはヘッドフォン装備で没入する。

 シールドを突破してくる敵魚雷。遭遇戦のたびにズタボロになってゆくヴォイジャー。敵魚雷を防ぐ方法を発見するセブン・オブ・ナインが、まるでTNGのデータのように見えてくる。さらなる敵の出現に、脱出を余儀なくされるクルー達。残った上級士官と半壊状態のヴォイジャーは、如何にして危機を乗り越えるだろう。
 こういう悲壮感溢れるお話は、私のツボにえぐり込むように突き刺さる。素晴らしい。次回は来週火曜日深夜に放送日が変更だ。忘れないようにしなければ。


2000.5.30(Tue)

『完全なる飼育』

 を見た。レンタルビデオ屋で見かけるたび、気になっていたところ、今月WOWOWでも放送されたので録っておいたものだ。
 竹中直人と小島聖というキャストのうち、予測がつかないのが女の方だった。女子校生役にしては、そんな年齢だったか記憶があやふやだ。二十歳やそこらじゃなくて、もっと歳食ってたような気もしないではない。(調べてみたところ、生年月日は1976年3月1日とのことだった。今年24歳か。 /2000.6.2追記)

 中年の男が、女子高生を監禁するというシチュエーションは、官能小説ではありがちな設定だが、はたしてこの作品はどんな風に“調教”してゆくのかと、少々期待したのがまずかった。これは、そういう映画ではなかったらしい。“調教”ということなら、たとえば黒木瞳の『化身』のほうが、圧倒的にエロティックである。では、この作品では何が描かれるのだろうということになるわけだが、結局、私にはよくわからなかった。“完全なる愛”のために女子高生を“飼育”するという非日常において、互いの心がいかにして惹かれ合うか、という重要な部分がほとんど描かれていないからではなかろうか。いつのまにか女は男に心を許してしまっていて、温泉旅行のあとは、ひたすらやりまくるという唐突さに、かなり面食らった。やりまくるのは別にいいんだけど、それに至る心理描写が絶対的に不足していては、ただのアダルトビデオである。キャスティングの巧さと、小島聖のナイスバディがなければ、救いようがなかったかもしれない。
 真夜中、家族が寝静まったあと、ぼぉぉぉっとBGVにするにはちょうどいいかな。


2000.5.14(Sun)

記憶の蓄積

 午後、WOWOWで『(ハル)』を流しながら、水槽のメンテ作業。この映画が公開される前から、私の周囲にはネットカップルが結構いたので、結構共感できる部分もあり。その後のドラマ『with love』で、ネットカップルは一般に認知されたように思う。で、今やネットは色恋沙汰に満ちている。
 さらに5年後。その頃には、ネットのあちらこちらで墓標が建つようになっているかもしれない。生前の履歴を、あますところなく記述して(一昔前に流行った自分史のように)。あるいは、今は電波系な人がたまにやってる自殺日記系も、もっと一般的に拡張されるかもしれない。たとえばウェブ日記の作者が、不慮の事故で死んでしまった場合などだ。家族が故人の記念にと、プロバイダ契約を継続する可能性はある。

 TNGなどSFではよくあるアイテム、記憶の保存とは多少ニュアンスは違うが、それほど方向が外れているわけでもなく、こういった記憶・生前の記録をネットに保存するビジネスは、“あり”かもしれない。すでにアメリカでは、ネットでの葬儀と自分史関連のビジネスが興っているらしいし。
 今はまだ、私も若いから“死”をリアルに感じることはできないが、年老いて、自分と関わった連中が一人、また一人とこの世から消え去っていく時が来る。たまたまネットの中で、そいつの“生きていた残滓”を発見することもあるだろう。さらに、自分も土に帰ったとして、その孫や曾孫が私の記録をどこかで偶然見つけるかもしれない。そういうのが百年も続けば、ネットの中でひょっこりネットゴーストが生まれていても、不思議じゃないかもしれないなぁ。ゴーストというより、伝説(都市伝説)に近いかもしれないけれど。


2000.4.14(Fri)

『StarWars Episode1-The phantom Menace』

 出演:Liam Neeson,Ewan McGregor,Natalie Portman,Jake Lloyd,Ray Park
 監督:George Lucas
 脚本:George Lucas
 製作:George Lucas
 配給:Lucas Film
 1999年 THX ドルビーデジタル 133分

 今夜、ビデオとCDを返しに行ったら、だいぶ戻ってきていたので借りてきた。なんといってもレンタル料金99円っていうのが、うれしい。一泊二日なので、さっそくLicと二人で鑑賞する。

 ストーリーがどうこういうより、登場人物がこれからどうなってしまうのか、というのがとても気になる作品だった。そういう意味では、過去の蓄積に相当助けられていると言えるかもしれない。今回が初登場のクワイ=ガン・ジン、アミダラ女王についても、善人すぎるという弱点はあったものの、まぁ拒否反応が出るほどではなかったので、良しとする。特にアミダラ女王役のNatalie Portmanは、まさに今が旬な肌の艶で、妖しい魅力が悩ましい。今後、EpisodeIIIに至るまで、この雰囲気を維持してくれれば言うこと無しだ(EpisodeV以降のレイア姫のようになってしまったら、かなりショック)。

 ダース・モールの凶悪さ加減がぜんぜん足りないのは、大きな減点。身震いするほどの“悪”を出せないのは、何か理由でもあるのだろうか。惑星一個をいとも簡単に破壊したダース・ベイダーのふてぶてしさを、ぜひとも超えて欲しいものだが。
 とはいえ、たぶんLDを買ってしまうほどには、気に入った作品であった。


2000.4.13(Thr)

『ドーベルマン刑事』

 出演:竹内力、吉野真弓、宮坂ひろし
 監督:後藤大輔
 脚本:森岡利行
 原作:武論尊、平松伸二
 製作:
 配給:ギャガ・プロダクション
 1996年 カラー ステレオ 81分

 やはり竹内力にはバイクが似合う、と思ったのだが、なんか今回の革ジャンと革パン、きつすぎない??いや、彼の脚が細すぎるのかな?でも、『彼のオートバイ・彼女の島』のときは、もっと普通に着こなしてたと思うんだけど。まぁ10年の歳月が流れれば、どうなっててもおかしくはないなぁ。
 さて、内容の方はといえば、こじんまりとまとまってて、週末の夜、深夜映画で見るにはちょうどいい具合の脱力さ加減なところがよい。力むことなく、分をわきまえた感じの作品。私は原作を知らないので、もしかすると原作ファンには受け入れがたい作品になってる可能性はあるけれど。
 現実に銀座のクラブで皆殺しの惨殺事件があったら、『凶悪犯罪』ってことになるんだろうけど、作中の描かれ方はどうにもチープさがぬぐい切れずに、緊迫感や緊張感は皆無だった。これはひとえに、犯人達にインテリジェンスが感じられなかったことに尽きると思う。設定によれば、某国特殊部隊の連中のはずなのに、ただのゴロツキにしか見えなかったなぁ。最初から皆殺しにするつもりなのに、マスクかぶってるのは不自然すぎるし、縛り上げる必要もないし。やたら異国語でどなってるのも安っぽい。無口なままで殺るシーンに替えれば、ぐぐっと迫力は出たかも知れない。ま、この犯人たちがメインの悪党じゃないので、それほど気合い入れる必要はないか。
 ただ、ラストの山小屋で狙撃されるシーンは、もうちょい捻ってほしかった。黒幕が誰かわかってたのに、あまりに無防備というか…。子供にデリンジャー持たせてたから、狙撃されることもすべて折り込み済みだった可能性はあるけども。


2000.4.12(Wed)

『THE MATRIX』

 出演:Keanu Reeves,Laurence Fishburne,Carrie-Anne Moss,Joe Pantoliano
 監督:Larry & Andy Wachowski
 脚本:Larry & Andy Wachowski
 製作:Joel Silver
 配給:WARNER BROS.
 1999. 2時間16分 ドルビー SRD/SDDS/DTS

 先日の土曜、深夜に鑑賞した。友人が、去年、映画館で見てきて、「なんというか、すごかった」と誉めていたので、期待しつつ(この友人とは、けっこう趣味が合っているもので)。
 ところが、見ているうちに、どんどん違和感が増大し、「うーん、こんなはずでは」と“ガッカリ感”に支配されていたのだった。何がいけなかったって、マトリックスの存在意義の説得力のなさに尽きる。コンピュータのエネルギー供給のため、人間を発電所として使用するというが、ではなぜ他の哺乳動物ではいけないのか?豚や牛なら人間よりも、効率的に量産可能だし、飼育も容易だ。どうして人間でなければならないのか。人間のほうがお話が面白いからっていうのは、私にとっては答えになってないので、この時点で“SF”として見るのを諦めた。作品の根幹をなす設定だけに、思わず信じてしまうくらいの“はったり”がなけりゃ、ダメ。あるいは、“おばか映画”路線をひたすら邁進するくらいの、開き直りがないといかん。変に気取ってるとこが嫌らしい。
 1000歩ゆずって、人間が栽培されることを許容したとしても、まだ問題が残る。マトリックスにおける人間の行動や思考に、他からの干渉がほとんどされていない状態にもかかわらず、『抑圧に立ち向かい、自由を!』と力まれても、いまひとつ共感できないのだ。『ダーク・シティ』のように、記憶操作までされて作りモノの世界で生活することを強要されているのならば、まだ話もわかるのだが…。逆に裏切ったサイファーの方に、「うん、おまえの言うことのほうが説得力あるわい」と同感してしまったし。勧善懲悪モノとしては、これは致命的欠陥じゃないのかな。
 というわけで、あとはアクションモノとして、どこまで見せてくれるかが勝負。

 格闘にカンフーを使用するのは、まぁいいとして、気になったのは重量感のなさ。同じカンフー系アクションを駆使した最近の米国映画としては、『ブレイド』のほうが圧倒的に見せ方はうまかった。筋肉の躍動感が、びしびし伝わってきたものだ。
 で、最後は結局、銃弾の雨霰っていうのに、うんざりしてしまう。銃器などに細かいこだわりは散見されるものの、今となっては当たり前のシーンの連続で、とくに目を惹くところもない。たしかに“弾丸避け”は新しかったが、日本においては弾丸をよけるシーンは昔から結構ある(私がさっと思いつくだけでも、8マンを筆頭に平井和正の作品に出てくるサイボーグ達、キリコ・キュービィ、ルパン3世に出てきた弾丸が見えるオトコなど)。これをアクションの目玉に持ってきても(CMで繰り返し流してたことから、ウリだったろうことは予想できる)、なんだか肩すかしを食った気分だ。
 せっかくサイバー空間という場所を与えられているのだから、物理的攻撃ばっかりではもったいない。空間形状を自力で変動するとか、実体化せずに内部攻撃するとか、いろいろ手があるのに。なんのための凄腕ハッカーなの?接続するだけなら、ハッカーである必要ぜんぜんないやん。(まさか覚醒後のやつが、“ハッカー”としての真の発現とか?うーん、それじゃ遅すぎ)

 ネオが覚醒したシーンについても、そうだ。『アキラ』系のパクリというかなんというか。パクるのはいいけど、元ネタを超えるアレンジがいるだろう。演出のほうも、せめて『イクサー1』における“初シンクロ”のシーン程度には、盛り上げてもらわないと。
 完全に私にとっては外した作品だった。これを形容して古の“サイバーパンク”という言葉を、“売る側”じゃなくて、“見る側”がけっこう使ってるってのにも驚いたなぁ。


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