U's aquarium.
〜水のある生活〜
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Diary お魚日記くらげ日記
Essay #1 #2 #3 #4 #5 #6 #7
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− E S S A Y −

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第1話  はじまりは突然に
第2話  トロピカル・マリン・アクアリウム
第3話  崩壊
第4話  飽くなき欲望
第5話  再始動
第6話  またもや崩壊
第7話  新型登場


 12月も中旬、街がクリスマスムード漂う季節、すべてが順調と思われた。
  ブルーライトに浮かび上がるグリーンの蛍光色。ショップで釘付けになったナガレハナサンゴの群体。これを自分の部屋に再現したい・・・彼は、無脊椎用に、また60cm水槽を1つセットした。部屋の真ん中、コンクリートブロックを積み上げ土台にして、その水槽を置いた。もはや水槽を置くスペースは、そこしか残っていなかったのだ。
 海水3本、淡水1本の計4本の水槽が、狭い6畳のワンルームに詰め込まれていた。真夜中、周囲の静寂とともに、水槽から届く水音が心地好い。穏やかな眠りへと誘う甘美な調べ。

 水槽が安定してくると、ちょっと冒険したくなる。タテジマキンチャクダイ成魚(通称タテキン)を取り寄せてもらうことを決意していた。値段にしておよそ2万円弱。大型ヤッコのなかでも、まだ安価な部類だ。それでも彼にしてみれば、生き物にこれだけの金額をつぎ込むのは初めてのこと。少し緊張する。
 ショップから入荷の連絡があり、現物を確認。まさに望んでいた大きさ、色、形。肝心の状態は・・・これも良好。さっそく購入し、90cm水槽に入れた。貫禄十分。大型ヤッコが入っただけで、一気にトロピカルムードが倍増した感じだ。
 シライトイソギンの中でクマノミが戯れ、ホワイトソックスの鮮やかな赤が、敷砂の白と絶妙のコントラストを見せ、そして中層にサザナミ幼魚とフレームエンゼル、表層にデバの群泳、ゆったりとタテキンが岩組みを出入りする・・・まさに生きた芸術品だ。これ以上、求めるもとなどないと思わせる、至極の組み合わせ。しかし、悪夢は突然訪れる。

 メインタンクの90cm水槽。上部濾過槽からの落水が妙に弱いような気がして、彼は濾過槽を覗いて見た。そこにはシャワーパイプが水没しようかというほど、水位の上がった光景があった。飼育本からの知識によれば、それは濾材の目詰まりを示していた。しかもかなり重傷である。水槽設置からわずか3ヶ月の出来事に、彼は驚きを隠せなかった。本によれば濾材の掃除は半年単位程度で十分のはずだった。それがなぜ?・・・後で知ることになるのだが、その濾材であるサンゴ砂は、少し細かすぎたのだ。
 海水用濾材の正しい掃除方法は、飼育水や海水で軽く洗い、汚れた水を本水槽には入れない事だ。が、この時、彼の頭にあったのは、目詰まりを早くほぐさねば!という焦りだけだった。そして、絶対にやってはならないことをしてしまった。
 濾過槽に手を入れ、そのまま濾材をかき混ぜたのだ。たしかに目詰まりはこれで治る、しかし・・・。当然のごとく、汚水が本水槽に流れ込む。赤茶色の濁った水。有毒な水。一瞬、彼も水槽の水が濁った事を心配した。けれども、数時間のうちにもとの透明な水に戻ったので、安心してしまった。しかも、悪いことは重なるものである。彼はその翌日から、親不知の抜歯のため1週間、入院することになっていたのだ。

 高熱が続いていた。夢。終わりのない堂々巡り。ぼんやりした頭の隅に、寮に残してきた水槽からの悲鳴を聞いたような気がした。
 親不知4本同時抜歯の結果、39度の熱を出し、彼は病室で痛みに耐えていた。
 奇妙な胸騒ぎを感じる。この冷や汗は、熱だけのせいか?

 クリスマス前日、彼は退院した。熱はまだ残っていたが、どうしても帰らなければならない気がして、予定より早く帰宅させてもらったのだ。
 水槽だ。水槽がとても気になる。何度も夢に出てきた。悪い前兆だ。

 部屋のドアを開ける。水槽は?
 水槽は、そこにあった。あぁしかし・・・受け入れたくない現実が次々に飛び込んでくる。メインタンクのタテキンが、すっかり退色してしまっていた。素人目にも、瀕死とわかるほどに。シライトイソギンが、逆さまにひっくりかえっていた。触手は縮こまり、もはやぴくりとも動かない。ホワイトソックスは、殻だけになっていた。
 さらに彼を落胆させたのは、部屋の真ん中に置いてあった無脊椎水槽の惨状だ。
 水がドブ色に染まっていた。手探りで中の珊瑚を取り出し、確認してみる。トランペットコーラルが1つ、完全に腐っていた。これが原因だ。他の珊瑚は、腐ってはいないものの、ポリプを引っ込め、骨格だけの状態になっている。ただちに全換水を行った。
 次にメインタンク。こちらも全換水。

 翌朝、タテキンが水底に横たわっていた。奇麗だったブルーとイエローのストライプ模様は、もはや見る影もなく、あせた茶色が全身を覆っていた。
 次の日の朝。フレームエンゼルが消えた。飾りサンゴをどかしてみると、下に死骸を見つけた。
 サザナミ幼魚も落ちた。クマノミも落ちた。デバも落ちた。全滅だった。
 無脊椎水槽は、なんとか持ち直した。しかし、一番良好だったメインタンクが崩壊したことは、彼に大きな失望をもたらした。


第4話 飽くなき欲望 に続く...


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